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第6話 巫女の申し出

 アロシアは私室で待っていた。教会の関係者が生活するエリアは、本来なら一般の礼拝者が入ることができない場所だ。


 一体どんな話をされるのかと、背中に冷や汗が伝う。フィスクと関わらないで済むのならそれでいいが、その可能性は恐らく低い。



「お待ちしておりました、シャイラさん」


「アロシア様」



 ここまで案内してくれた司祭が静かに部屋を出ていった。部屋の隅にはアロシア専属の従者が静かに立っていて、シャイラを警戒するように睨んでいた。シャイラが深く頭を下げると、アロシアは穏やかに目を細める。



「そんなにかしこまらないで、楽になさってください。今日は、シャイラさんにお願いがありまして」



 もう嫌な予感しかしない。


 アロシアに椅子を勧められ、目の前にお茶を出される。促されるままに口を付けたが、味などほとんど分からなかった。



「先日はちゃんとした挨拶ができず、申し訳ございません。ご存じかと思いますが、名乗らせてくださいませ。アロシアと申します」



 美しく口元を綻ばせるアロシア。



「お願いというのは、予想しておられるでしょうが、フィスク様に関することですわ。シャイラさんには、あの方の世話係をしていただきたいのです」



 やはりこうなった。だが、前と対応が違う理由が分からない。前回は強制的に決められてしまい、シャイラの意思など気にもされなかった。


 シャイラはなんと返事をしていいか迷い、口ごもる。それを、驚いたからだと取ったのだろう。アロシアは少し身を乗り出して、シャイラの手を包み込んだ。



「急な話ですから、驚かれるのも無理はありませんわ。説明いたしますわね。今回シャイラさんに世話係をお願いすることになったのは、フィスク様が直々にあなたを指名なさったからですの」


「え? 私を……、ですか?」


「ええ。この三日間、わたくしどもはあなたをフィスク様のお傍に置いて良いか、見極めさせていただきました。シャイラさんはあの出来事を誰にも漏らさず、教会にも極力近寄らないようにされていましたね? 何より、あなたならば信頼に値すると、コーニ様のお墨付きもいただきましたの」



(コーニ!!)



 後で八つ当たりしてやろうと決めた瞬間である。今度、コーニの苦手な薬草クッキーを食べさせてやる。


 一瞬だけ現実逃避をしてから、シャイラは大きく息を吸った。



「でも……、私にそんな大事な役目が、務まるかどうか」


「心配になるのも仕方ありません。ですがわたくしは、シャイラさんならきっと見事に務め上げてくださると信じております」



 アロシアは笑顔を崩さない。自分の申し出を拒否されるなどありえないと、心から思っているようだった。


 ここは信仰の街。人々の生活と教会は切っても切れない関係にある。アロシアほどの立場があれば、従わない人間などいなかっただろう。何より、フィスクのあの容姿を見れば、誰も断ろうとは思わないはずだ。


 だが、彼女に言われるがまま、フィスクの世話係になる訳にはいかないのだ。



「その……。すごく光栄ですけど、お断りさせてください」



 シャイラがそう告げると、アロシアはゆっくりと目を見開いた。



「私みたいなただの花屋の娘が、教会の重要な仕事をするなんて……。やっぱり荷が重いし、何か粗相をしないとも限りません」



 できる限りの低姿勢を心掛けて、あたかも恐れ多いのだと言わんばかりに。これが一番無難な断り方だろう。


 アロシアはふうっと息を吐いて、頬に手を当てた。



「なるほど……。その気持ちはよく理解できますわ。分かりました、一度こちらでも考えます」


「申し訳ありません」



 何があっても、アロシアに優しく提案されても、本当にフィスクがシャイラを指名しているのだとしても。


 その彼が、言ったのだ。「出会わなければ」と。


 だからもう、これ以上関わりを持ちたくない。



(これで……、大丈夫だよね?)



 脳裏にちらつく赤い血だまりを、シャイラは目を閉じて振り払った。


 ――決して逃れられないのだと知ったのは、その次の日だった。

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