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時戻りのアネモネは、風の精霊と愛を知る  作者: 神野咲音


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第19話 宝物の暴走

 シャイラが教会に行くと、どこか棘のある笑顔を湛えたアロシアに、フィスクが待っていると告げられた。礼拝堂にいる人々もいつもと違う雰囲気に気づいているのか、アロシアをどこか遠巻きにしている。


 それを知ってか知らずか、アロシアはすれ違いざまにシャイラをじろりと一瞥した。常に浮かんでいた穏やかな表情は既になく、もはや敵意を隠そうともしていない。



「……この泥棒猫」



 肩をぶつけられそうになり、直前でするりと避ける。再び睨みつけられて、シャイラは首をすくめた。


 本格的に嫌われたようだった。分かっていたことだが、アロシアにあからさまな態度を取られると、他の祭官たちにも不審がられてしまう。


 そのままアロシアは立ち去り、シャイラは向けられる視線から逃げるように礼拝堂を抜けた。


 足早に回廊を進み、裏庭に出る。昨日フィスクが、司祭が出入りしていると言っていた塔を、遠目に確認した。あまり背は高くないが、かなりの広さを持つずんぐりとした塔だ。高さを競って作られた他の尖塔と違い、石の壁には蔦を模した装飾が施されている。ここには、かつてシーレシアを訪れた精霊が置いていった宝物ほうもつが保管されているのだという。


 時間が戻る前、コーニから宝物について聞いたことがある。その宝物は常に強い風を発生させており、誰も近寄ることができない。ただ、近づける距離には個人差があり、この街で一番近くまで行けるのがコーニだった。だから、定期的に異変が無いかをチェックする役目を請け負っていると。


 その宝物庫ほうもつこに、司祭や数人の祭官、それからコーニが向かっているのが見えた。



(あれ、もしかして今日って)



 見覚えのある面々だった。教会に入ったばかりの、十二歳の少年がいるから確かだ。少年はコーニを質問攻めにしているようで、幼馴染は困ったように笑いながらそれに答えている。


 司祭が厳重に閉ざされた宝物庫の扉を開けようとしているのを見て、シャイラはその場にバスケットを落とした。後先構わず走り出す。



(私の馬鹿! フィスクのことで頭がいっぱいだったからって!)



 今日だ。この日、この場所で、宝物が暴走する。ただ人を遠ざけるだけだった風の壁が、何故か近づいた者たちに襲い掛かるのだ。


 古びた鍵を外し、さらに閂を外そうとする司祭。シャイラは声を張り上げた。



「コーニ!!」


「え……、シャイラ?」



 コーニと、閂に手をかけた司祭が不思議そうに振り返る。



「待って、開けちゃ駄目!」


「どうしたの? 何か……」



 コーニと司祭がこちらに来ようとして、どうやら間に合ったらしいと走る速度を緩めたところで。



「いいじゃないですか、開けますよ!」



 じれったそうに待っていた少年祭官が、司祭の目を盗むようにして閂を外した。


 瞬間、中から噴き出した突風が牙を剥いた。


 距離のあったシャイラは踏みとどまったが、すぐ近くにいた祭官たちは次々に飛ばされた。地面に叩きつけられた彼らの悲鳴や呻きが、ガラガラと壁が崩れ始める音にかき消される。



(石が……!)



 塔の半分が弾ける。飛散する瓦礫。


 重なり合って倒れたコーニたちが団子状態で動けないことを見て取り、シャイラは思い浮かんだ呪文を唱えた。



「悠久の空を吹き渡る主なる力よ、風の唄よ! 無限の広がり、数多の力! 雄を誇る風よ、乱れ舞い、我が敵を打ち落としたまえ!」



 宝物庫から溢れ出す暴風と、魔法で起こした風がぶつかり合う。風が凪いだ一瞬の空白に、飛び交う瓦礫を掻い潜り、コーニたちの前に滑り込んだ。


 彼らを、守らなければ。



(詠唱っ、は遅い!)



 飛来する石の塊を視認する。反射的に手が出た。石を叩き落とした左腕に、鈍い音と共に激痛が走る。



「ぐ……っ!」



 しくじった。負傷した腕を抱え込み、体勢を立て直す。頭上を飛び越えようとする瓦礫。体を捻り、跳び上がり、今度こそ空中で蹴り落とす。


 司祭の詠唱が聞こえ、同時に音を立てて地面が高く盛り上がった。体を激しく打ち付けていた風が遮られ、石礫の雨も止む。



「シャイラ!!」



 もつれあっていた団子の中からようやく抜け出したコーニが、シャイラの体を後ろへ引っ張った。



「もういいよ、下がって! 距離を取れば風は止まるはず!」



 動けるようになった祭官たちに囲まれるようにして、宝物庫から離れる。回廊まで戻ったところで、ようやく風は収まったようだった。一息ついたところで、腕の痛みを思い出してしゃがみこむ。



「ごめん……っ、ごめんシャイラ! きっと僕のせいだ、腕を、」



 大きな目に涙をこれでもかと溜めたコーニは、ブラウスの袖を慎重に捲り上げて息を呑んだ。前腕の中心近くが少しずつ腫れ始めている。



「お、折れてる、と思う。動かさないで、固定して……、誰か、し、診療所に人を、薬とか道具、っとか」



 コーニがしゃくり上げながら出す指示を聞いて、祭官の一人が飛び上がって走って行く。


 額に汗を滲ませつつ、シャイラは痛みを堪えて微笑んだ。



「大丈夫……。コーニたちは、怪我無い?」


「僕たちよりもシャイラの方が重傷だよ!」


「あはは……、うっ」



 こういう時、当事者よりも周囲の方が狼狽えるのは何故だろうか。泣きじゃくっているコーニの頭を無事な右手で撫でると、その手をぎゅうっと握られた。



「ごめんね、本当にごめん。〈精霊の子〉の僕がなんとかしなきゃいけなかったのに。庇ってもらうなんて……」


「咄嗟に動いちゃっただけだよ。私は遠くにいたから、最初の突風は受けてないし……」


「それでも! シャイラが怪我するなら、僕は……っ」



 祭官と話していた司祭が近づいてきて、コーニの肩を慰めるように軽く叩いた。そしてシャイラの傍に膝をつく。



「シャイラ、ありがとうございました。とても素晴らしい身のこなしでしたよ。さすがは風の子です。判断も早かった」


「いえ、そんな」


「それから、巻き込んでしまって申し訳ありません。こちらの管理が甘かった」



 深く頭を下げられて、シャイラは慌ててしまった。



「司祭様、顔を上げてください」


「君は我々を守るべく勇を示してくれた。風の信仰者にとって、これほど大切なことはありません」



 力強く言い切った司祭は、目元を緩ませてシャイラを立たせる。



「さあ、一度中へ。落ち着いた場所で治療を受けた方がよろしいでしょう」



 絶え間なく鼻をすするコーニに付き添われ、シャイラは裏庭を後にした。


 ちらりと振り向いた先、半壊した宝物庫の中。剥き出しの土に突き刺さる、一本の槍が見えた。

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