1ー6
「何から話せばいいか…まあまずはやっぱりお前らの事だろうな」
「でしょうねぇ」
ドリさんはうーんと唸りながら頭の中で話の構成を練っている。するとさっきまで一緒にいた黒髪の美女がお茶を出してくれた。
「どうぞ」
「す、すみません」
とりあえず落ち着かなければダメだ、と福松の頭の中にはそればかりであった。けれども黒髪の美女のお茶の差し出し方を見て、更に頭は混乱する。彼女は自分の髪の毛をまるで手のように使ってお茶と菓子を出してきたからだ。
さらに固まる福松を他所にドリさんはようやく話し始める。
「まあ、まずは御覧の通りだ。ここにいるのは俺とお前以外は全員が人間じゃない。手っ取り早く言えば妖怪変化の類だな」
「な、なるほど」
逆にそう言った類の者でない方が怖い。てかドリさんは人間なのか。ぶっちゃけこの人が一番妖怪っぽい見た目なのに。
福松は異様に喉が渇いていたのだが手が震えて湯呑をうまく持てない上、妖怪の出した茶を飲むのも憚られていた。反対にドリさんは遠慮なくお茶に口を付けて説明を続けた。
「ここは今でこそ撮影所だけどな、明治の終わり頃までは違ったそうだ。何とかって陰陽師が暮らしていた屋敷があったらしい。その頃になると文明開化のせいで妖怪たちの住む場所がなくなっていって、それを哀れに思ったその陰陽師が自分の家に妖怪たちを受け入れていった。噂が噂を呼び津々浦々から妖怪たちが集まってくる…んでもって最終的にこの土地と妖怪たちに呪いをかけて妖怪たちがいつまでも存在を許されるような土台を作って死んだんだと」
「はあ」
「で、時代が流れてここら一体をウチの撮影所の創始者が買い取った。陰陽師がそんな呪いを掛けている土地だとは露知らず、今いる梅富士撮影所が出来上がった」
「なんというか…話だけだと祟られそうな場所ですね」
つい思ったことを口にしてしまった。てっきり怒られるかもと身構えたがそんなことはなく、むしろ福松の方が聞き返してしまった。
「実際、祟ってやったしねぇ」
「え?」
「そうそう。当初は事故は起こるわ、役者は怪我をするわで黎明期は呪われた撮影所ともまで言われていたらしい」
「だって何の挨拶もなしにいきなり家を壊されて、その後によく分からんものを作られたら怒るだろう」
「そうよね~」
妖怪たちは悪びれもせず、全員がうんうんと首を縦に振って共感していた。
「とまあ、こいつらのせいで散々な状況で倒産の寸前まで追い込まれたというのがウチの歴史だな」
「けど、倒産してないって事はその後に和解をされたということですか?」
「その通り。高名な霊能力者の先生がやってきてこいつらに直談判をしたそうだ。でも作った撮影所を移動させる訳にもいかないから、急に撮影所を作った事を詫びて住まいも提供する形で落ち着いた。それがこの化生部屋って事だ」
福松はここまで聞いて彼らの正体については理解した。妖怪云々は実際に目の当たりにしてしまった今、長年培ってきた常識を以てしても否定することはできない。だからそれも飲み込んでしまって構わない。
問題なのはここまで聞いておいて、尚分からないことがある。
なぜ、自分はここに呼ばれたのかということだ。
そんな疑問が口にせずともドリさんに伝わったのか、今までとは声の強さを変えて改めて話を始めた。
「さあ、そしてこっからが本題だ。こいつらも住まいさえ保証されたら危害は加えなくなった。が、それでも怪奇現象は収まらなかった」
「え?」
「何をしていたと思う?」
「えと…道具とか機材の調子が悪くなるとか、うっかりカメラに映っちゃうとかですか?」
「うっかりだったら可愛かったんだけどな」
ドリさんは鼻で笑った。しかしそれは福松に対してのものではなく、周囲を取り囲んでいる妖怪たちに対してだ。
「和解の話し合いをしてる時に映画とは、そして撮影所とは何たるかって話には当然なるだろう?」
「そうですね。これこれこういうモノが建ってますっていう説明はするのが筋でしょうし」
「そうしたらこいつら…今度は映画に出たいと言い出すようになったんだと」
「…はいぃ?」
映画に出たがる? 妖怪が?
福松は怪訝な表情で自分の周りにいる妖怪たちを見た。誰も彼もが照れくさそうに笑っている。
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