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「ふ、ファンを増やしたり業界人との接する機会が増えるというのはその通りだと思います。けど役者としてはどうなんですか? 芸人になるということはそれだけ演技力を磨く時間がなくってしまって大変なんじゃないですか?」
そんな正論の皮を被っただけの稚拙な意見を、荏原は一刀両断に切り裂いた。
「演技を磨けば役者として日の目を見れるという考えは捨てぇや」
荏原は役者として大成するのは演技力の問題ではないと言い切った。その返しに福松は駆け出しとはいえ芝居に携わるものとして一抹の怒りや不安や、反対に興味を合わせたような正体不明の感情を抱く。
不可解な感情は表情としてはムッとした愛想のない顔になってしまったのか、荏原は駄々をこねる子供を嗜める親のようなため息を一つ吐いた。
「なら最近のドラマでも映画でもいいから出演者を想像してみい」
「…」
言われるがままに最近始まったばかりのテレビドラマの出演者を思い浮かべた。老若男女、新人からベテランまで色々な役者の顔が浮かんだ。
「その思い浮かべてるドラマか映画か知らんけど、役者は一体何人出てる?」
「は?」
「だから何人の役者がいた?」
「な、何人って…いっぱいいますけど?」
「ホンマか?」
「テレビドラマですから。そりゃ何人もいますよ」
「その想像したタレントは役者をしていんか?」
「ええ…一体、何が言いたいんですか?」
痺れを切らせた福松は不機嫌な声を出す。質問の意味が分からないし、何より荏原の話につい気持ちが乗ってしまっているのだ。
だからこそ、荏原の指摘には目から鱗が落ちる思いがした。
「俺が言いたいのは…その想像したタレントは#役者をしている__・__#んじゃなくて、#役者もしている__・__#んと違うか?」
「…え?」
「昭和の頃ならいざ知らず、今の日本で俳優業だけでやっていけている奴がなんぼおると思う? モデル、アイドル、歌手、芸人…最近じゃアスリートやYoutuberなんかも平気でドラマデビューしとるやろ?」
「…まあ」
「なんでやと思う?」
「……し、視聴率を取る為でしょうか?」
「せや。それ以上もそれ以下もない。役者の仕事は「客を集める」その一点だけや、他を考えるんは後回しでええ。」
「いや、でも…」
「ん?」
「…そりゃ集客の必要性は分かりますけど、演技力を付けるのも大事では?」
「いらん」
福松の演技にかける思いや情熱は再び切り付せれられてしまう。それも先程よりも容易く。今度こそ頭をレンガで殴られたような鈍い痛みが胸中に広がっていた。
「役者にとって演技力は必要なものやない。精々「ないに比べればあった方がいい要素」くらいのもんや。芝居の事を考えるくらいならどうやったらチケットが売れるかを考えた方が余程いい」
「そ、そんな」
「気持ちは分かる。売れなくともいいとは言わんけど、芝居が好きでこの世界に入ったんやろ? けどなそうなればお前は放って置いたって芝居の事を考えられる。だからこそ芸人なんや。今の時代で役者をする上で通らなしゃあない道があるからな」
「通らなければならない道ですか?」
「ああ。そのドラマの出演者を思い出したついでや。今のドラマには基本的には三パターンの役者しか出ておらんって思わんか?」
「三パターンの役者…?」
「一つ目は今言った通り、モデルやアイドルから役者業に流れてきた奴、つまり『他のジャンルで既に成功している奴』。そして二つ目は『子役から続けている奴』。そして親が業界人、つまりは『二世タレント』っやっちゃ。この三本柱で今の俳優業は成り立っている。理由は分かるな?」
コクリ、と頷いた。先程荏原が言った「客を呼ぶため」という結論といとも簡単にそれらが結び付いたからだ。
「他のジャンルで成功している奴はさっき言った通りの宣伝効果、子役から続けている奴や二世タレントは一定のファンがいる上、既に業界の中にコネクションが出来上がっている。その輪の中に裸一貫で突っ込んで行ったって弾かれる、というか見向きもされん」
「…」
「今の俳優業は既に成功している奴の道楽、もしくはタレントの副業でしかない。芸能界の底辺と言っても俺は言い過ぎやないと思うとる」
荏原はそう言って残っていた酒を一気に飲み干した。そうして吐いた息には彼自信のもどかしさや憂いが交じっているような気がしてならない。
「この国のエンターテイメントは何を見るかやのうて、誰を見るかという風に進化してしもうている。これはもうどうしようもない。いや元々芸能ちゅうんはそういうもんかもしれん。その現状を打破したいと考えるなら、役者やのうて監督やプロデューサーみたいに企画する側に立たなアカン。けど自分のやりたいんは、そんなこととちゃうやろ?」
「はい…」
一つ一つを噛み砕いて説明してもらうと、よく分かる話だ。かつて客席に二人しかお客さんがいない舞台というもの経験したことがある身からすれば、お客さんを呼ぶのがどれほど難しく、そしてお客さんを呼べる人がどれだけありがたく見るかは痛いほどよく分かる。
けれど。
役者に演技力が求められていないという事実は、やはり受け止めたくはない。
福松は俯きつつも、希うような声を出して荏原に聞いた。
「そういう人はいないんですか?」
「ん? どういうこっちゃ?」
「その…本気で芝居の上手い人を使って作品を作ろうとしている人とか」
「全くおらん訳やない。けどな、昭和の時と違うて原石を見つけてきて、気長にそれを磨く体力と時間と金が今の芸能界にはない。すぐに数字を出さなアカンのや。それにな…考えてもみい。そんな奇特な考え方を持っているプロデューサーに出会える確率は? そして仮に出会うたとしてその人の眼鏡に叶うくらいの才能が自分にあるんか?」
「う」
尤もな、そして残酷な指摘だ。芝居は好きだし、いくらでも努力できる覚悟は持っているつもりだ。けれど運や才能が自分に備わっているかということについては自信がない…。
…いや。多分そういったものの類いは自分には備わっていないとすら思っている。だからこそ芝居の勉強に固執している。才能は努力で補えると信じていた。福松は極めて変なタイミングで自己分析をしていた。
そないなシンデレラストーリーは北島マヤに任せておきや、と荏原は冗談交じり呟いた後、更に酷な現実を福松に教えた。
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