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1ー4

「ドリさん。どうしたんですか?」

「ちょっと邪魔するよ」


 伊佐美にドリさんと呼ばれた先頭にいた険しい顔の男がぶっきらぼうにそう言うと、全員がぞろぞろと中に入ってきた。


「時代劇塾の志望者だろ? ちょっと気になる事があるから見学させてくれ」

「はあ…わかりました」


 伊佐美は困惑し、気の抜けた返事をする。しかしそれ以上に困惑しているのは福松の方だ。一体この人たちは誰なんだろうか。


 その疑問が顔に出ていたのか、伊佐美は福松に向かってその男の事を紹介した。


「こちらの方は美鳥さんと言って、ウチの俳優部の役者さんです。普段こういう事はないんですけど、逆に俳優部の方に見てもらえるチャンスと思って…ね?」


 俳優部。耳慣れない言葉だったが、この撮影所に属している役者という事は昔で言うところの大部屋役者という事だろうか。主役級の役者が個室を貰えるとは逆に、所謂エキストラのような役回りの役者達は大部屋にまとめて押し込まれて支度をする。なのでそういった一端の役者の事を業界用語で『大部屋』と呼んだりするのだ。


 今となっては芸能事務所に所属する俳優が大多数を占めているが、一昔前はこうして撮影所や映画会社と直接契約を交わして出演する役者も多かったと聞く。


 いずれにしても第一線で活躍している現役の映画俳優に演技を見てもらえるという事には変わりはない。福松は溌剌と「よろしくお願いします」と言った。


 紙に書いてあるのはセリフのみでト書きなどは一切なかった。こういう場合、セリフから背景を想像して気持ちを乗せるしかない。けれどもワークショップやオーディションではよくあることなので、別段気にはならなかった。


 シチュエーションは江戸の居酒屋。薄給に喘ぐ町民がお上に対して愚痴を溢すというものだった。場面もセリフも特に違和感を感じはしない。問題なく演技ができそうなことに福松は安心した。


 伊佐美に準備ができた事を伝える。するとカチンコの代わりに、パンっと手を鳴らす音が一つ響いた。


『ったく。やってらんないよな。いくら稼いだところで、こう品物の値が上がっちまったら貧乏になるに決まってらあ。お上は下の者に悪い事だけは急ぎやがるんだからな…おい親父。もう一本つけてくれ』


 大学の時に落語研究会に顔を出して江戸前の口調を練習した甲斐があった。個人的にはほろ酔いで愚痴を溢す演技も入れられたのでかなりのいい芝居ができたと思う。


 しかし反応は無味乾燥なもので拍子抜けを食らった気分だった。


「はい。ありがとうございます。では面談の内容と合わせて話し合いをして合否を連絡しますね」

「…よろしくお願いします」


 伊佐美はいそいそと片づけを始める。福松も特に質問などはなかったので帰り支度を始めた。帰りのバスは明日の夕方だ。もう面談は終わったから後は精々京都観光を楽しむつもりだった。


 けれども、ドリさんが机の上の履歴書を見て福松に声を掛けてきた。


「えっと…福松くんだっけ?」

「あ、はい」

「この後急ぐのか? もう少し付き合ってもらいたいんだけど」

「私は大丈夫ですが…」

「わかった。じゃあ伊佐美ちゃん、ちょっとここ貸しておいて」

「分かりました」

「終わったら一度、顔を出させるから」


 伊佐美は荷物を持つと先に会議室を出て行った。後には福松と独特の雰囲気を放つ四人とが残される。福松はどうしていいかわからず、出方を伺うしかなかった。そんな福松を放っておいてドリさんは赤い着物の女の子に話しかけた。


「で、民ちゃん。ホントか? 気のせいじゃねえのか」

「ホントだよ。ちゃんと目を見て挨拶してくれたもん」


 挨拶、というのはさっきの守衛室の隣での出来事の事だろう。まさか俳優部の人員を使って面談の前から人となりを観察していたとでも言いだすのか。福松は京都についてから何か変な事をしていなかったかどうか一気に不安になってきた。


 民ちゃんと呼ばれた女の子はぷいっと福松に目を向けた。そして初めて笑顔を見せる。


「ね、お兄ちゃん。私のこと見えてるもんね?」


 何だか妙な聞き方だ。ちゃんと挨拶したもんね、と聞くなら話は分かるけど。福松は違和感を覚えつつも、子供はこういうものなのかも知れないと結論付けて返事をした。


「うん。さっきの自販機の前で会ったよね」


 福松の視線は自然と下に向いていたせいで、他の三人が驚いて顔を見合わせた事に気が付いていない。そうしているとドリさんを押しのけて白髪の老婆と黒髪の美女とが前へ飛び出してくる。


「ならワシは?」

「私も見えてる?」

「え…あぁ、はい。初めまして」


 何のことかさっぱりな福松は狼狽する以外にできることがない。そんな彼とは反対に俳優部の面々は嬉々として話を盛り上げていた。


「もう合格じゃないかい?」

「しかも役者志望だろ? 合格どころか大合格って奴だよ」


 ドリさんは不敵に笑って福松の肩を叩いた。


「時間があるって言ったな。ちょっと俺達のケショウ部屋に寄ってきなよ、話したい事がある」

「はあ」


 なし崩し的にどんどん話が進んでいく。福松は一体何がどうなっているのかまるで分らなかった。しかし撮影所の中、それも俳優部の拠点となっている部屋を見学させてくれるという事だけは話の流れで理解していた。


読んで頂きありがとうございます。


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