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「おおっ…!」
思わずそんな声が漏れる。しかし福松の興奮も仕方のな事だった。これで準備が完了したと言うことは、あとはいよいよ撮影現場に乗り込むと言うこと。緊張を喜びでコーティングしたような、そわそわとした感覚が全身を走っていく。
そんな感傷に浸っていると、飛頭が首を伸ばし福松の上から逆さまに顔を覗かせた。
「ひゃあ!」
「今さら驚く奴があるかい」
「す、すみません」
「支度は終わりだ。後は呼ばれるまで控え室にいな。飲んだり食ったりは止めないけど、万が一にでも汚したら…命がないと思いな」
「はいぃ!」
福松は背筋を伸ばして軍人のような返事をした。
人間のスタッフが言えば発破をかけるだけの脅し文句に受け取れるが、妖怪に言われると恐怖の桁が段違いだ。福松は刺客に狙われているかの如く、オドオドしながら朝いたプレハブ小屋の控え室を目指したのだった。
◇
しかしその途中、福松は不意に外で呼び止められた。見れば伊佐見がこちらに向かって手招きをしていた。
「わあ! お似合いですよ」
「へへへ。ありがとうございます」
「もし良かったら写真を撮りましょうか?」
「え? いいんですか?」
てっきり情報漏洩の観点から個人で撮影するのはNGだと思い込んでいたが、どうやらその限りではないらしい。
「はい。SNSなんかにアップするのは流石にまずいですけど、衣装の勉強とか宣材写真として使って貰う分には構いません」
「でしたら、お願いできますか?」
「スマホはあります?」
「あ、すみません。控え室でした…」
「なら私ので撮っておいてあとでお送りしますね」
「ありがとうございます」
伊佐見は福松の事を白壁の前に立たせると、スマホで数枚の写真を撮った。そしてそれが終わると本題に移った。
「それはそうと、一度事務所まで来てもらってもいいですか?」
「はい。大丈夫ですけど」
「会ってもらいたい人がいるんです」
「はあ」
言われるがままに事務所に移動する。するといつか面接をした事務所前のソファに誰かが腰を掛けていた。
年の頃は二十歳前後といったところだろうか。少なくとも見た目の年齢は福松よりも若い。その反面、ガタイが良くそれに伴って落ち着きがあるように見えた。身長は福松と同じくらいか、やや低い。それでも福松よりも恰幅がよく見えるのは太っているからではなく筋肉質だからだろう。
その男は福松たちに気がつくとすくっと立ち上がって一礼した。
「お疲れさまです」
「紹介しますね。俳優部の若手で時代劇塾のAクラスに通われている愛島さんです。それでこちらが新しくBクラスに入られた福松さんです」
「始めまして愛島和人です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。先月からお世話になってる福松友直です」
「いやぁ、先月から入ってもう現場デビューってすごいですね」
「そういうもんですか? まだここのことがよく分かっていないんで…」
「異例も異例ですよ。Bクラスのまま現場に出れる人なんて滅多にいないですもん。ね、伊佐見さん」
「ええ。本当ですよ…あ、それで福松さんをお呼びしたのがですね、愛島さんと会わせたかったからなんです。今日は同じく中間役で出られるのと、初めての現場で右も左も分からないと思うので基本的には一緒に行動して貰って、現場のルールとかを覚えてもらおうと思っています」
突然の申し出だったが、福松にとって見れば願ったり叶ったりの提案だった。正しく伊佐見が言った通り、今のところ期待以上に不安の方が大きいのだ。寄り添える誰かがいてくれると言うのは何と頼りになることか。
福松はもう一度深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。んじゃあ、少し早いですけど、早速行きましょうか?」
などと挨拶と雑談を二言三言交わし、いよいよ現場へ向かうことになった。しかし船頭いてくれたおかげで肩の荷が少しだけ軽くなったような気がした。ここまで気を回してくれた伊佐見さんには感謝の念がいくらでも湧いて出てくる。
歯が全部浮き出ているような心地よい緊張を胸に福松は愛島にくっついて現場へと向かったのだった。
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