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6ー4

「じゃ浴衣を脱いで。ステテコは…履いてないか。今回は履かなくていい衣装だけど、これからは念の為に持ってきな。夏場や汗掻くような現場もあるからね」

「うす」

「それと。そのシャツはダメ」

「え?」


 福松は目線を落として自分のシャツを見た。何の変哲もない白のインナーだ。何がダメなのか分からない。


「まず丸首。それじゃちょっと襟元が動いただけで下着がバレる。Vネックのそれも深い奴じゃないと現場には出せないよ」

「あ…」

「同じ理由で白いのもいけない。最近のカメラは性能がいいからくっきり映る。万が一覗いてもいいように黒のシャツを着るように」

「分かりましたけど…どうしましょう、これしか持ってきてないです」

「だろうね。仕方ないから今日はハサミを入れるけどいいかい」

「ハサミ?」

「そう。喉元から裂いて無理からVネックにするんだ」

「ど、どうぞ」


 飛頭はそうして無理矢理に肌着を作ると、いよいよ中間の衣装を説明を交えながら福松に着せ始めた。


「まずはフンドシだね。締めたことあるかい?」

「いえ…」

「ま、そりゃそうだわね」


 ふうっとため息を吐き、飛頭は予備のフンドシを手にとって自分の腰に当てた。


「フンドシの種類や巻き方は色々あるんだけど、今日のは越中フンドシと同じでいい。よく見てなよ、一回しかやらないからね」

「はい!」

「まず布が垂れている方をお尻に当てる。で臍の下辺りで紐を蝶結びにするんだ。緩いと外れるし、キツいと苦しいからそこら辺は自分の匙加減で調節しな。その後は股の下から布を手繰り寄せて紐の下に通す、この時に一度股下辺りの布の形を整える。より具体的に言えば、布で金玉を仕舞う感じだ。これはアタシよりアンタの方がわかるだろ?」

「あ、はい」

「そうして前に持ってきた布を前に垂らして完成だ。この角がピンっと張っていると男らしくて格好いいフンドシ姿になる。ここんところを意識して」

「…こんな感じですかね?」

「うん、まずはそれでいいだろう。しかし女が男にフンドシの締め方を教えるなんてすごい時代になったもんだよ、まったく」

「す、すみません」

「別に文句じゃないさ。個人的な愚痴さ。よし次だ」


 飛頭は福松に隅においてあった衣装を取るように言った。薄い茶色をベースに菱の紋が両胸と両袖についている。襦袢も襟が縞模様になっており、帯も襟と揃えられたデザインだ。福松はいつもとは違う非日常の衣装に密かにテンションが上がっていた。


「最初に両膝に三里当てをつけな」

「さんりあて、ですか?」

「そう。一番上に三角に紐がついたようなのがあるだろ?」


 福松は衣装に目を落とす。すると確かに幽霊が頭に巻く三角の小さいような布切れがあった。


「それで膝を隠すように巻くんだ」

「これは…何のために?」

「アンタ、役者なら『外郎売り』の口上くらいは言えるだろ?」

「え? 『拙者、親方と申すは…』ってやつですか?」

「そう、それだ」


 飛頭が言った『外郎売』とは役者やアナウンサーを志す者の大半が口慣らしの為に行う長台詞の事だ。元は歌舞伎に登場する台詞であるが、ある種の早口言葉のように稽古に用いられる。福松も学生の頃からやっているから空で言えるし、少なくとも現代日本で役者を名乗っている者であれば一度は口ずさんだことがあるはずだろう。


 外郎売りの台詞と三里当てが何の関係があると言うのだろう。福松は飛頭の言葉を待った。


「その口上の中に『走っていけばやいとを擦りむく、三里ばかりか藤沢、平塚…』って件があるだろう?」

「ああ…ありますね」

「やいとってのはお灸のこと。三里ってのは膝にある足のツボの事さ。そこにお灸を据えると足の疲れが取れて三里も走れるようになる。ツボの名前と距離の三里と掛けてるんだ」

「へえ~」


 実にアホ丸出しの声が出た。思えば台詞の暗記だけで言葉の意味などはてんで考えたこともなかったのだ。


「駕籠かきや飛脚は一日の終わりにはそこにお灸を据えていたんだ。けど、どうしたって痕がつくだろう? 町で働くような身分だったらそれでもいいが、中間はお偉いさんに使える身だからね。見苦しくないようにそれで隠すんだ」

「な、なるほど」

「これからは昔の役職と衣装の勉強もしておくんだね。意味や理由が分からなきゃ、演じようったって無理なんだからさ」

「が、頑張ります」

「よし。じゃあ残りの衣装を着ちまいな。基本的には普段の着物と一緒。襦袢の上に着物を着る。役によってわざと着崩れを作ったりするけれど、今回の役はどっちだと思う?」

「…ピシッとしていないとダメだと思います」

「何故?」

「えっと…偉い人の駕籠を担ぐからです」

「正解。撮影中も襟や袷のズレには気を配んなよ?」

「分かりました」


 言われた通り、少し厚手でごわごわしている以外は普段の着物とさして違いはない。福松は慣れた手つきで着てみたが、終わったところで一つの違和感に気がついた。


 裾が短すぎるのだ。つんつるてんなんてものじゃない。膝がようやく隠れるくらいの長さしかなかった。


「えと、この長さでいいですか?」

「合ってるよ」

「でも短いんですけど」

「それを尻端折りしてごらん」

「えっと…こうですか?」

「そうさ。で、さっき言った通りフンドシの角がピンっと張るようにしてやれば…出来上がりだ」


 福松は飛頭に手を引かれ鏡の前に立った。


 羽二重にかつら、そして中間の衣装を身に付いたその姿は正しく時代劇の役者そのものだ。


読んで頂きありがとうございます。


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