6ー2
「エキストラで入るなら詳しい番手は当日にしか分からないだろう? そん時はこれを見るんだ。シーンや番手が書いてあるから、その日の撮影の流れが分かる。今日だったら午前中に終わる、とかね。あとは台本のどのシーンをやるのか。今日は…なんだい2シーンで終わっちまうね」
「どうやってみるんですか?」
「一番上に書いてあるだろう、左から順に番手、時間、撮影場所、シーン、そして出演者とその役。お前さんの場合、八時から中通りで駕籠中間シーンは12と16。ダブりがないからそれで終わりだ」
「なるほど…そう言えば台本もらってないんですけど」
「そりゃそうだ。クレジットに乗るような役じゃなきゃ台本なんてもらえるかい」
「な、ならどうしたら? 現場で見せて貰えるんですか?」
「冗談じゃない。そんなことしてたら日が暮れちまうよ。こっちにおいで」
そう言って真砂子はすぐ隣にあったガラス窓をすり抜けて本館の中に入った。福松は当然ながらそんな芸当はできないので大きく回り込み、自動ドアを潜ってエレベーター前に駆けて行った。
すると真砂子はシワの入った指をピンっと伸ばし、脇にポツンとおいてあったラックを指し示していた。
「ほら。ここに仕出し貸し出し用の台本がある。隣の紙に名前を書けば持っていっていい。これから撮影予定のとか、もう終わっているけど二、三個前の現場のだったらまだ残ってるから興味があれば見てみな」
「うわ、マジですか!? 全部読んでみたいんですけど」
映画やドラマの台本なんて知り合いの伝で一度みたくらいの経験しかない。それが借りて読めるなんて僥倖という他ない。が、それは真砂子に諌められてしまう。
「それはいいけど、まずは今日の出番の確認だ。現場に行ってからシーンを把握するなんて真似するんじゃないよ。それに貸し出しって行っても撮影所の中だけだ」
「あ、そうなんですね。家で読んでみたかったんですけど」
「今の感覚を持ってる内は素人だよ、福松」
「え?」
「台本は映像作品の肝でもあり魂でもある。話の筋から役者のことに至るまで、全部が載ってるんだからね。何百何千って人間が配役から放送の時期まで全部を緻密に計算しながらやってるんだ。外に持ち出して中身が糸屑ほどでも漏れ出したら歯車が悉く狂っちまうかもしれない。その責を負えるってんなら別に持ち出したって構わないさ」
「…所内で読みます」
「うん、賢い選択だ」
真砂子はしてやったりというような笑顔を見せた。やっぱり怖い。
「けどね。そのくらいの重みのある台本を貰えるような役者になった時の嬉しさは一入らしいよ…儂らは逆立ちしたってエンドロールに名前が載ることはないからね」
そう言って話を結んだ。
福松は取り急ぎ今日の撮影の台本を借りると一旦は自分の支度部屋に戻っていった。そして台本を読みながら、今の真砂子の台詞を噛み締めていた。
そうか、カメラに写るって言ったって妖怪だもんな。流石に実在していない存在が重要な役につける道理がない。精々が通行人役として花を添えるくらいが精々なのだろう。
福松は早く自分の支度部屋に誰かがやってこないかと待ち望んだ。そうでないと真砂子の声に乗っていた名状しがたい郷愁的な物悲しさに押し潰されてしまいそうだったのだ。
しかし。福松の願いに反してやはり早く来すぎたのか誰もやってはこなかった。福松は早速、真砂子に教えられた通り香盤表と台本を照らし合わせて今日の撮影のシーンを確認した。
今回は早朝の武家屋敷からお供を連れた偉いお侍が駕籠に乗って出掛けるというもの。その道中で賊に襲われるというシーンらしいが、襲われる場面までは行かないようだ。真砂子の言う通り、午前中だけで撮影は終わりそうだった。
ようやくプレハブ小屋の控え室の戸がガラリと音を立てて開いたのは、それから三十分は経ってからのことだ。
「あ、お早うございます」
明るい、それでいて少し高い声で挨拶が飛んできた。福松はそれに応じながら声の主をみた。
年齢は福松よりも少し上だろうか。それでも三十歳には届いていないだろう。一人は角ばった四角顔、もう一人は面長の線の細い男だった。二人はぞろぞろと上がり込み、荷物を置く。動きに戸惑いがなく慣れているので、何度か撮影に出ている役者であることは予想がついた。
「初めまして。福松といいます」
「どうも。イストウェスト所属の山田です」
「同じくイストウェストの大野田です。よろしくお願いします」
山田と大野田という名前には見覚えがあった。福松と同じく中間役として香盤表に名前があったからだ。それによればあともう一人の松島という役者との四人で駕籠を担ぐ手はずになっていた。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。あ、それ台本ですか? 今日のシーン確認させてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
福松は情報収集と予防線を張る意味を込めて、自分の事を打ち明けることにした。
「実は今日、はじめての現場でして。色々と質問させてもらうかもしれません」
「え? そうなんですか」
「初めてで中間はきついっすね~」
「そうなんですか」
「結構コツが必要ですし、重たいですから。マネージャーさんも分かってないんじゃないですか?」
「あ、私フリーなんですよ」
「フリーっすか?」
「はい。ここの時代劇塾にはいるんですけど」
「なるほど。そういうことですね」
と言う具合に会話が弾んでいく。そうしているうちに支度の時間が迫り、福松は山田と大野田に倣って浴衣に着替えて床山に行く準備を始めた。
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