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場面はそこから一週間が過ぎた翌週の土曜日になる。
福松はその間にアルバイトや京都で開催しているワークショップなどの情報を集めることに精を出していた。ざっと調べてみた限りだが、京都からはあまり演劇熱を感じ取ることができないのが本音だ。
活動的な団体は片手で数えられる程度だし、役者向けのワークショップなどはやっているのかすら怪しいレベル。ただこれに関しては大方の理由は見当が付く。関西で芸能活動を精力的に行おうと思うなら十中八九の者が大阪に行くからだ。
現にネット検索でも関西で開催される演劇公演や劇団員募集などの情報はほとんどが拠点を大阪に置いている団体だ。中に入ってきて分かったが京都にはそれほど芸能の需要がない。現代演劇は言わずもがな能狂言のような古典芸能も想像していたよりも開催回数が少ない。
京都で活力のある芝居の現場と言うのは撮影所か、もしくは南座くらいのものだった。
「こうなると大阪に出ないと厳しいかもしれないなぁ」
流石に週に一回の二時間程度の講義でどうにかなるほど役者の世界は甘くはない。仕事とするならば所属する芸能事務所にも目星をつけなければならない。駆け出しがやらなければいけない事はまだまだたくさんあるのだ。
色々と今後の身の振り方を決めあぐねいている中でふと時計を見る。すると間もなく時代劇塾の講義ために出発しなければならない時間になっていた。
「あ、やばい」
そうして乱雑に机に並べた予定帳とルーズリーフを負けないくらい乱雑に片付ける。支度は前日の夜に用意していたので、それをかっぱらうかのように持つと急いで家を出た。
「いってきます」
福松は風呂敷を自転車の籠に乗せると、青い空を見上げた。そして夏を思わせるほどに温かくなった京都の空気を肺に入れてせっせと自転車を漕ぎ始めた。
◇
撮影所に到着した後は先週と同じようにプレハブの控室に向かい、講義開始の時間まで一葉や林と雑談に花を咲かせていた。特に林は大学在学中に芸能事務所に所属していたらしく、福松にとってはとても貴重な話だった。
「やっぱり事務所を探した方がいいんだな」
福松は誰に言うでもなくそう呟いた。すると一葉がそれに答えるように言った。
「けど事務所もピンキリですからね。役者の他にもモデルとか芸人さんと兼用とか、そもそも役者を募集してなかったりとか、気をつけないといけませんよ」
「確かに…けどフリーの状態は早く何とかしたいしなぁ」
「もしくは…例えばこの撮影所の大部屋に入るってのも手ですよ。大部屋出身で活躍している人も結構いますし、まあ今はほとんどいないですけど」
正直それも考えないではなかった。そもそもドリさんはそれを期待している節がある。
しかし一葉の言う通り現代においては大部屋に入って役者として大成するのは難しいのが実状だ。正直、二の足を踏んでしまう。
役者としてやっていくためにやはり事務所は焦らないでじっくりと選ぶべきだ。そうやって先延ばしを結論付けると、ちょうど講義の始まる時間となった。
今日の講義は先週とは異なり試写室でなく、撮影所内にあるセットで行うと伊佐美から事前に連絡を貰っていた。オープンは何度か見たことがあったが、セットを使うのは初めての事だったのでにわかに興奮を覚えていた。
林も自分と同じく初めての事だったので、先導を一葉に頼んで後をついていった。すると女性陣が明後日の方向に歩いていくのが見えた。
「あれ? なんで女子たちはあっちに?」
「今日は男女別だって守衛室のリストに描いてありましたよ」
「あ、全然見てなかったです」
辿り着いたのは№5と呼ばれているセットだった。巨大な倉庫のような建物の中は土がむき出しになっており土埃と古い家屋独特のかび臭さが鼻を殴った。セットの中には例によって小道具が置かれていた。それで何となくは今日の講義の内容が予想できた。
用意されていた道具を見るに、今日の講義は『駕籠』で間違いないだろう。
すると伊佐美と共に今日の講師がセットにやってきた。その講師を見て福松は鼻が動くのが分かった。
「お早うございます。今日は撮影所の俳優部の方に駕籠の担ぎ方を指導して頂きます。ではお二人ともよろしくお願いします」
「はい。俳優部の美鳥です。よろしく」
「よろしくお願いします。同じく俳優部の苦竹です」
苦竹と名乗ったのは三十代半ばくらいの俳優だ。柔和な顔立ちをしてはいるが、眉が薄く全体的に角ばった顔をしているのでこちらに与える印象は少々武骨に思える。
福松はドリさんと化生部屋以外の俳優部の役者をその時初めて見た。
伊佐美は「後はよろしくお願いします」と一礼すると、そそくさと№5セットを後にした。そうして福松にとっては二度目の時代劇塾が始まった。
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