3ー5
「本当に大丈夫そうか?」
「はい。全く問題なしです」
「そうか…なら折角だし、みんなで行くとするか」
福松は傍目にはドリさんと二人、実際にはそれプラス妖怪七体で撮影所を出た。化生部屋では完全に見えなくなっていた妖怪たちも福松を中心にその周りを取り囲むようにして歩いている。院長の総回診のような装いだ。
大丈夫だからそうしているのだろうが、やはり不安になってしまった福松は隣にいた結に安否の程を確かめる。
「こうやって外に出ていて問題ないんですか?」
「うん。さっき憑りついた時に福ちゃんの魂と繋いだから。よっぽど離れない限りは大丈夫よ」
「た、たましい…」
何気なしに出てきた魂と言う単語にぴくっと反応する。すると猫又の鍋島が補足を入れてきた。
「要するに俺達と呪い石の関係は電子機器と固定型のWi-Fiルーターみたいなもんだよ。離れるほどに呪いの効力が届かなくなっていく。途切れたら最後、俺達の存在も霞になっちまうんだ」
「そ、それは死ぬって事ですか?」
「いや。死ぬわけじゃないんだけど自我と意識とがなくなって空気みたいになるんだよ。そうなると復活してこの姿に戻れるのに年単位で時間がかかる」
「そうそう。つまり福松や美鳥は持ち運べるモバイルWi-Fiルーターみたいなもんだな」
そう結論付けた天狗の犬駆は、がっはっはと豪快に笑った。
頗る分かりやすい例えだったが、電子機器に詳しい妖怪たちを見てどんどんと妖怪に対するイメージが崩れて行く。尤もそれは偏見というモノなのだが。
目指す車折神社は撮影所を出てから徒歩で行けるくらいの距離にある。ところが土地勘のない福松はそれがどこにあるかは元より、一体何の神様を祭っている神社なのかも知らなかった。
「あの…ところで車折神社とやらには何をしに行くんですか? 妖怪関係ですか?」
「いや。むしろオレとかお前のために行くんだよ」
「どういう事ですか?」
「車折神社の末社にな、芸能神社って神社があるんだよ」
「芸能神社?」
「そう。天宇受賣命を祭ってる神社があってな」
福松は天宇受賣命という神様の名前に聞き覚えがあった。
「ああ、芸能の神様の」
「芸能神社なんだから芸能の神様なのは当たり前じゃないかい」
真砂子が福松の間抜けな返事に突っ込んだ。そして彼の理解と知識を確認してきた。
「何をした神様か知っているのかえ?」
「えっと。確か天岩戸の前で踊りを踊った神様ですよね?」
「なぁんだ、知っているんじゃないか」
すると八山が補足をした。
「そう。天照大神が天岩戸に閉じこもって世の中が立ち行かなくなった時に、踊りを踊って隠れた天照を誘い出した神様だ。それが日本で初めての奉納舞踊って事で芸の神様にもなってるんだな」
「…まさかその神様に会うって訳じゃないですよね?」
「流石に神様は妖怪と同じようには行かないさ。おいそれと会うってのは無理だ」
「よかった、神様に会うなんて言われたら緊張して…いや役者としてはご利益を期待して会うべきなのか」
「そりゃ会えるんだったら会う方がいいに決まってらあ」
八山はそう言って皺だらけの顔に皺を更に足すように笑った。
すると鍋島がドリさんに聞いた質問をきっかけにして、妖怪たちがテンションを上げ始める。
「そういやドリさん。福松がこうして運んでくれてんだから、当然『コックリさん』に行くんだろ?」
福松は思わず聞き耳を立てる。
「ああ…いや、オレはカレーでも奢ってやろうかと」
「ええ!? 久々にこんな大所帯で外に出られたんだからコックリさんに寄らない手はないだろう」
「そうだよ。久しぶりに、さ」
「民子もコックリさん行きたーい」
「せやけど、まだ撮影所に残してきとる奴らもおるやろ」
「そいつらはまた今度でいいじゃねえか。どうせ福松がいればいつでもこれるんだから」
「…まあ確かに久々だからな。連れてってやるか」
妖怪たちはこぞって喜びあう。その場においては福松だけがちんぷんかんぷんだった。しかしコックリさんという言葉の響きからあまりいい予想はできないでいる。
すると戦々恐々としている福松に気がついたクチナシが、コックリさんとやらの正体を教えてくれた。
「そんな顔しなくたっていいよ。危ない所じゃない。コックリさんってのはちょっと変わった小料理屋の名前だから」
「小料理屋ですか」
そう教えられて安心した福松は、クチナシがわざわざ言った「ちょっと変わった」という含みのある部分を気にも留めていなかった。
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