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3ー3

 福松たちは外に出た。すると八山が隣にあった小屋から棒や笊を引っ張り出して、即席の棒手振りを作った。それをひょいと担ぐといよいよ特別授業が始まる。


「いいかい。まず棒手振りは肩に乗せることはそうなんだが、気持ちとしては背中に乗せるように担ぐんだ。右手は棒の先端に添えて物をぶら下げてる縄を触る。左手は縄を全部ギュッと握ってな、揺れないように押さえちまえばいい」

「ああ、そっか」


 考えてみれば当然の事。ぶら下げている盥や笊が動くなら手で押さえれば済む話だ。必死過ぎてそんな事に頭が回らなかった。


「で、担ぐと自然にカニ歩きになるんだが頭と臍は進む方向を見るんだ。この時に注意するのは左足で進もうとしない事。右足で進む、左足は右足に追いつくくらいでいい。これを繰り返すから進めるって寸法だ。やってみな」


 福松は八山から棒を受け取ると今言われた注意点を参考にしてやってみた。確かに試写室で動いた時よりは安定しているし、揺れも少ない。けれども八山の棒手振りに比べるとまだまだ騒がしい。


 その時、真砂子が横から口を挟んできた。


「福松は腰が高いんだよ。だから上下にがくんがくんと揺れちまうんだ」

「そうだな。もっと膝を折って腰を入れるんだ。でもって重心の高さをなるべく一緒にするようにして歩いてみな」

「はい!」


 言われて福松は腰を入れて重心を落とすと、日本舞踊の基本と一緒だと直感的に感じた。これならばお手のものだ。


 改めて棒手振りを担いでオープンセットを歩き出す。まだ歩くのと同じような速さだったが、笊はほとんど動かず安定感が今までの比じゃないと全身に伝わってきていた。


「お、中々どうして、ちったぁ様になったな」

「そうだね。もうしばらく稽古すりゃ現場でも使えるんじゃないかい?」

「本当ですか!?」

「実際はもっと重いものを乗っけて走るからね。何か笊に重しでも……何もないか。仕方ない」


 仕方ない、と言った真砂子は笊の上に手をかざした。すると掌からサラサラと白砂が零れ落ちてくる。あっという間に前後の笊は山盛りの砂でいっぱいになってしまった。それを見ると、大して妖怪に詳しくない福松でも真砂子の正体には大よその見当が付いた。


「あの…真砂子さんの正体って『砂かけ婆』とかですか?」

「ふんっ。まあね、けど面と向かって婆と呼ばれるのは腹が立つから儂のことは真砂子さんと呼びな」

「あ、はい」


 その会話を聞いて八山はケラケラと笑った。


「いいじゃねえか。実際、婆なんだから。オイラは御覧の通り爺だからキチンと『子泣き爺』と呼ばれたって何とも思わねえや」

「え? 八山さんて『子泣き爺』なんですか?」

「おうともよ」


 という事は今、子泣き爺と砂かけ婆に挟まれているという事かと福松は思った。下駄とちゃんちゃんこが恋しくなった。


 福松がそんな事を思っていると、真砂子が面白くなさそうに鼻から息を出して言った。


「爺には繊細な乙女心がわからないんだよっ」


 ◇


 棒手振りの練習が終わった後、福松は化生部屋で着替えをさせてもらうと真砂子に勧められるままお菓子をご馳走になっていた。


 ふと壁掛け時計を見ると間もなく16時になろうかと言う時刻である。


 他愛のない話に盛り上がっていると、化生部屋の引き戸ががらっと開いた。するとぐったりとした様子のドリさんが入ってくるところだった。ドリさんが框から上がらず、座敷に腰を下ろすと彼の肩からいつぞやと同じようにわんさかと妖怪たちが飛び出してきた。全員が思い思いに着替えたり、メイクを落としたりし始めている。しかしこの間よりも数が少ない。


「ああ、つかれた」


 ドリさんの一言が騒がしい部屋にあって、何故かすんなり福松の耳に届いた。


 きっと…いや、間違いなく「疲れた」と言う意味だろうが福松には「憑かれた」と聞こえたような気がした。


 真砂子と八山が労いの言葉を飛ばすと、皆が一様に返事をした。するとようやく戻ってきた面々が化生部屋にいつもと違う顔がある事に気が付いたのだった。


「お? 福松か。よく来たな」

「はい。その節はお世話になりました」

「引っ越してきた挨拶か?」

「それもありますけど、今日が時代劇塾の初日だったもので」

「ああ、そういう事か」


 すると横から真砂子が口を挟んできた。


「授業で棒手振りがうまくできなかったそうでね。殊勝にもここに習いに来たんだよ」

「ほう。立派なもんだ」


 福松は照れくさそうに頬を指で掻いた。


「ドリさん達も撮影お疲れ様でした」

「はは。今日は中々に疲れたな、出番があった訳じゃないのに…福松はこの後急ぐのか?」

「いえ、特には」

「そうか。もし良けりゃ入所祝いに夕飯でも奢ってやろうかと思ったが、どうだ?」

「え? いいんですか」

「勿論だよ」

「でしたら…是非」

「わかった。ならちょっと俳優部に顔出てして帰り支度をしてくるから待っててくれ」


 ドリさんはそう言って再び化生部屋を出て行った。大分肩が凝っているのか、しきりに首を動かしているのが印象的だ。


 そうしてドリさんが戸を閉めると、あらかたの後始末が終わった化生部屋の妖怪たちが福松のもとに集まってきた。


読んで頂きありがとうございます。


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