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3ー2

「あれ?」

「どうかしたかい?」

「この間の説明だと、皆さんってこの撮影所から離れられないんじゃなかったでしたっけ? なんとかって陰陽師のお呪いのせいで」

「そうだね。せいぜい門の外を出て三条通に出るくらいが関の山だ」

「ならどうやってロケに…?」


 そう言うと真砂子はニヤッと笑った。慣れない。怖い。


「人間にね…憑りついてやるのさ」


 真砂子は何でもないように言ったが、福松の耳にはそれが暴力的に響いた。今、めちゃくちゃに怖いことを言わなかったか? その顔と相まって福松は全身に鳥肌が立ってしまった。


 人間に憑りつくって…つまり、人間に憑りつくという事だよな。福松の頭の中に混乱した思考が広がる。


「えと…それって大丈夫なんですか?」

「まあ人によっては体調を崩したり、場合によったら死ぬけど」

「!?」

「けど心配いらないさ。大丈夫な奴に憑りつけばいいんだから」

「いるんですか、そんな人……ってもしかしてドリさん?」

「もしかしなくてもね。だから今日みたいに本人に出番のない日でも駆り出されるのさ。撮影が立て込んだ日にゃ連日連夜だから大変だろう。もう若くはないんだし…けどもう安心だ」

「え? なんでですか?」

「何言ってんだい。アンタが来たからに決まってるじゃないか」

「へ?」

「今度から外に行くときは、みんなしてアンタに憑りつくんだよ。若いんだから一カ月くらい寝なくても平気だろう」

「イヤイヤイヤ」


 福松が本気で拒絶すると真砂子は楽しそうにケタケタと笑った。怖い。


「一カ月は冗談にしても憑りつくのは本当さね。けど心配しなくていい、アンタの力は自分で持っているよりもずっと強いんだから」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。この撮影所の妖怪が全部憑りついてもケロッとしてるだろう、きっと。だからさっさと腕上げて撮影に呼ばれるくらいになっておくれよ」


 そう言われて福松は驚いた。というよりも妖怪関係のことを教えられて驚かなかったことがない。しかしそれにしたって撮影所の妖怪全ては言い過ぎだという気がした。


「言い過ぎなもんかい。実際にアンタはドリさんより強い力を持っているよ」

「そうなんですか? でも、どうやってわかるんです?」

「民子が見えるからさ」

「え? 民ちゃんが」

「あの子は本当に力の強い奴でないと見ることができない。まあまあの奴でようやく声が聞こえる。ドリさんだって実を言えば調子のいい日しか民子の事が見えないんだ、いつでも民子の事が見えてるあんたはとてつもないんだ、自覚はないだろうけど」

「…」


 知らなかった。妖怪にそこまで言わせる能力が自分に備わっていただなんて。福松はそれが自分の事だとはいまだに信じられない。本やドラマに出てくるような自分でない別の誰かのような気がしてならなかった。


 真砂子はそこまで言ってお茶を一口すすった。そしてぼりぼりと小気味よい音を立てながらせんべいを齧るともう一度福松を見て呟いた。


「そういや、アンタは何で浴衣を着てるんだ? 時代劇塾は終わったんだろう?」

「ああ、実はですね」


 福松は今日の授業の内容と、あわよくば棒手振りの所作を指導してもらえないだろうかと思っていた目算を真砂子に言って聞かせた。すると真砂子は感心したような声を出す。


「いい心がけじゃないか。こういうのは習うより慣れろ、数を熟して体に覚えさせるしかないからねぇ」

「じゃあ教えてもらえるんですか!?」

「勿論さ。ただ儂じゃなくて、実際にやった事のある奴の方がいいだろう」


 真砂子はよっこいしょという掛け声とともに立ち上がると階段の下に進んだ。そして二階に向かって大きな声を出した。


「おーい! 八山の爺さん。ちょいと下まで来ておくれよ」


 すると二階から「ぬぅぅぅん」と言うような寝ぼけた声が聞こえてきた。どうやら上で誰かが昼寝でもしていたようだった。


 しばらくしてギシギシと階段箪笥を鳴らして老人が一人降りてきた。かぼちゃの絵が柄になった浴衣は着崩れてはいるが、それが妙に様になっている。背は低く、頭にはほとんど毛がない。ひどく童顔に見えるのだが顔にびっしりと入った皺や髭が、やはり老齢であることを主張する。そのあいまいさがひどく不気味だ。


 八山は寝ぼけ眼をこすりながら福松を見た。やがてそれが誰なのかを理解すると「おぉ!」と嬉しそうな声を出した。そして気さくに福松の肩をポンポンと叩いてきた。


「おぉ! アンタか。よく来たね」

「八山さん。お久しぶりです」


 三カ月前に自己紹介をしたっきりで自分でも覚えているかどうか不安だった福松だが、不思議の十数人の妖怪たちの顔と名前は頭に塗りたくられたかのように離れなかった。これも妖怪の不思議な力なのかもしれない。


「で? 今日はどうしたい?」

「時代劇塾の初日だったんですよ。講義が終わったんで顔を見せにきました」

「そうかいそうかい。ゆっくりして行きな」

「ゆっくりする前にね、八山の爺さんに頼みがあるんだと。福松が」

「頼み?」

「はい。実は棒手振りのやり方を教えてもらえないかと…」


 福松は再度、今日の出来事を言って聞かせる。八山は終始、好々爺よろしくニコニコと耳を貸してくれていた。


「ははあ。それでオイラを起こしたと」

「そうなんだよ。儂は教えられないからね」

「よし。そうときたら善は急げ。教えてやるから表に出な」

「はい! ありがとうございます」


読んで頂きありがとうございます。


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