僕と親友
「はい。みっちゃん」
「わーい。あっきー、サンキュー」
僕の戻りを公園のベンチで待っていたみっちゃんは、僕からアイスキャンディを受け取ると遠慮なしに封を破り、口に突っ込んだ。
公園の近くには駄菓子屋があり、よくこづかいを持ち寄って2人でお菓子やアイスを買って食べた。今日は500円玉がズボンのポケットにたまたま入れっぱなしになっていたので、特別に僕のおごりだ。
「うまー」
アイスを旨そうに食べる親友を横目に僕も封を切る。やっと念願のアイスにありつけた。ちなみに家から持ってきてたアイスだった液体は、駄菓子屋の表にあったゴミ箱に捨てさせてもらった。
虫取りに探検ごっこに、おにごっこに、かくれんぼ。小学生らしいたくさんの遊びををした。いや、なかば強制でやらされ、ほとんどみっちゃんが楽しんでいたのだが。
それでも運動をしたことには変わりない。体を動かした後に食べるアイスは、なかなかおいしかった。駄菓子屋で買った安いものでも、である。
「はあ、はっひー」
「は?」
はっひーって誰だそれは。
まあ、ベンチにいるのが僕ら二人だけだから、かろうじて彼が僕のことを呼んでいるのは分かったが。
「はんへはっひー、ほんなさへへんの」
「……なあ、みっちゃん。口からアイスを出してしゃべろうよ」
「ふん」
すぽん、と口からアイスを引っこ抜いて、みっちゃんは再度言いなおした。
「あっきー、なんでそんな冷めてんの? 何かいつもと違うじゃん」
「そりゃあだってお前」
「いつもなら、一緒に馬鹿みたいに遊ぶじゃんか。今日はなんかぜんぜん面白くなさそうにしちゃってさ。ノリ悪すぎ」
みっちゃんは口をすぼめて不満をあらわにする。その顔すらちょっとバカみたいで笑えてくる。
「夏休みは毎年毎日遊んでんじゃん。去年も一昨年もいっぱい遊んだじゃんか」
「いや、だって」
「何で何で? 俺達幼稚園からの親友だろ?昨日までだっていろいろして遊んで、今日も遊ぶ約束してただろ?」
「したけど……いや、してないんだよ」
だって、みっちゃん。だってお前さ。
「じゃあなんだよ、言ってみろよ。話によっては俺達絶交だかんな!」
でた。小学生の得意技“絶交”。そんなことできないくせに。何で子どもってすぐそれを使いたがるんだろう。一種の決めゼリフだよな、それ。
「……言っても良いのかよ」
「言えって言ってんだろ!!」
「良いの?」
「ひいって」
アイスにしゃぶりつきながら言うみっちゃん。
分かった。じゃあ言うよ。
覚悟しろよ、みっちゃん。
僕はみっちゃんに分からないように小さく深呼吸をして、気持ちを整える。
「だって僕さ。もう高校生なんだよ、みっちゃん」
「え……?」
僕の一言にみっちゃんが珍しく黙った。目をパチパチさせて、首をかしげている。
「ほら。良く見ろよみっちゃん。僕はもう小学生じゃない。でもみっちゃん、お前はまだあの時のまんまなんだ」
「何言ってんの? あっきー」
動揺するみっちゃんは、僕を、そして自分を交互に見比べる。
そして、何かに気がついたように、虫かごの中を見た。そこにカブトムシはおろか虫一匹入っていない。逃げたんじゃない。初めから入っていなかった。
こんな住宅地のど真ん中でカブトムシなんて取れない。僕達が小学生だった時にあったような虫がたくさん採れる公園は今はもうない。区画整理が進んで、自然あふれる公園は新興住宅へと姿を変えた。
だから、もう終わりにしよう。みっちゃん。
「みっちゃん」
「な、何だよ」
「みっちゃんは、もう……」
あの頃のまま、僕の前に現れたみっちゃん。へらへらしてバカみたいなみっちゃん。
僕は、その姿を目に焼き付ける。
「もうみっちゃんは、死んでいるんだよ」
言った瞬間。
みっちゃんの食べていたはずのアイスが、ベンチの上にべシャリと音を立てて落ちた。かじった跡もなければ、封を切った跡もない。
「アイス、またダメになっちゃったな」
みっちゃんの分だったアイスを取り上げて夏空にかざすと、暑さで半分溶けた中身がキラキラときらめいて見えた。
楽しかったかい。みっちゃん。
『また明日迎えにいくからな! 明日は虫採りしようぜ!!』
小学3年生の夏。そう約束して別れたのに、みっちゃんは次の日僕を迎えに来なかった。
次の日もその次の日もさらにその次の日も、バカみたいにはしゃいで楽しい夏休みを過ごすとばかり僕もみっちゃんも思っていたんだ。
「来るのが遅いんだよ。ばーか」
数年越しの約束を果たしに来た親友に贈る言葉としてどうかとも思うが、それで良かった。
アイスをひとかじりして立ち上がる。
まったく、夏は暑くていやになる。
帰ったら今度こそクーラーのきいた涼しい部屋でアイスを食べよう。