第6.5話 プロローグ『幼馴染』
「私! 大人になったら、○○君と結婚する!」
「うん! 約束だよ!」
なんて恋愛モノにはお約束のベッタベタな展開。
実際、現実でそんなことがあるわけが──あった。
私、白川 暦がそうだったから。
けーくんは、隣の家に住んでる同い年の男の子。
親同士も仲が良く、毎日一緒に遊んでいた。
同じ幼稚園にも二人で行って、二人で帰ってくる。
本当の兄妹みたいに、いつも一緒だった。
けーくんがいない生活なんて、ありえないと思ってた。
──だからかな。
気付いたら、もう彼のことで夢中になっている私がいた。
ただの幼馴染のはずなのに、いつも一緒にいたのに、彼の隣にいると胸が熱くなる。
私は、彼のことを好きになってしまった。一人の男の子として。
例えそれが、幼い子どもの出来心だったとしても。
「ねぇ、けーくん」
「ん? どーしたこよみ」
私は、覚えたての言葉を繋げ、なんとか想いを伝える。
「わたしね? おおきくなったら、けーくんのつまになりたい!」
「つま? ……まぁ、いーんじゃねえの」
「ほんと!? やったぁ!!」
こうして私は、けーくんと付き合うことができた。
それからも、私は変わらずけーくんの傍にいた。
小学校でも、けーくんの隣を陣取り、毎日くっついていた。
『○○ちゃんは、あの子が好き』みたいに、からかわれることもない。
──だって、私たちは付き合っているんだもの。
そんなある日を境に、私はけーくんの異変に気付いてしまう。
最近、私のことを見てくれない。
学校でも、どこか遠い目をして呆けているし、いつもより口数が減って、会話が続かない。
……うん、わかってる。
言われなくても、わかってる。
けれど、その事実を受け入れられなかった。
受け入れたくなかった。
だから、いつもの帰り道で──
「ねぇ、けーくん」
「ん? なんだ、こよみ?」
「あのさ……けーくん」
「うん」
「私のこと、どう思ってる?」
「……は?」
「いや! その、ほら! 私たち、どういう関係なのかな、って……」
「そりゃあー、幼馴染?」
「! ……お、幼馴染って、何なの、かな……?」
「何っていわれても……うーん、家族みたいな友達? まぁ、いいんじゃねえの、幼馴染で」
そう言って彼は、いつもの優しい微笑みを浮かべる。
「……!」
けれど私は、あの日の記憶を思い返してしまった。
『まぁ、いーんじゃねえの』
そうだ、そうだった。
けーくんは、あまり細かいことを気にしない人だから、自分のわからないことに関しては、時折テキトーな返事で済ませる癖がある。
『わたしね? おおきくなったら、けーくんのつまになりたい!』
あの日、まだ幼い子どもだった彼は、『妻』という言葉の意味を理解していなかった。
『お嫁さん』や『奥さん』ならまだしも、『妻』という表現の仕方はまだわからなかった。
彼にとって、私の告白は、告白ですらなかったということ。
もしかして……今まで付き合ってたと思い込んでいたのは、私だけ?
彼の隣で、いつも自分勝手に舞い上がっていただけなの?
そんな中……けーくんは、私よりもあの娘こをずっと見ていた。
生まれた時から一緒にいたのに、一人の女の子として、見ず知らずのあの娘こに負けたというの?
「はは……あはは」
「? こよみ?」
「ははは……うっ……うっ……」
少女の涙が、溢れていく。
「こよみ!? どうした」
「いや……いで……」
「え?」
「もう……こないでっ!!!!」
暦は涙を抑えながら、走り出す。
「こよみ……?」
──わからない。
なぜ、急に暦が泣き始めたのか。
心当たりが全くない。でも、その原因が俺であることは確かだ。
今までずっと一緒にいたけど、暦が泣いた姿を見たのは初めてだった。
──わからない。
だけど、俺が暦を泣かせてしまったことに変わりはない。
『もう……こないでっ!!!!』
今まで暦と喧嘩すらしなかった俺は、あんなに強い言葉を投げられたことも初めてだった。
確実に、あの言葉には何かがある。
きっとそれは、女の子の気持ちにある何か。
「ごめんな……こよみ」
──俺には、それがわからないんだ。
初めて見た少女の涙は、儚くて、切ないものだった。