記憶喪失の冒険者
❑-パイオニア
「まったく…Sランクの依頼を受けるって言ったからって酷いよ…アースさんもそう思うでしょ?」
まあ、冒険者になったその場で最高ランクの依頼を受けるって言ったら常識外れだってことは分かってるけど…。
僕が話しかけた相手は全長6メートルで、岩が集まってできたかのような体をしている。
僕は勝手にアースさんと呼んでいるのだが、話しかける度に体の岩をゴリゴリ鳴らしながら反応してくれる。正直、何を言ってるかさっぱりなんだけど。
僕の横を大人しく歩いている魔物は、S級の魔物の中でも段違いの攻撃力や防御力を持っていると言われているアースエレメンタル。普通の人間では戦っても絶対に倒せないと専門家が説明するぐらいの強さを持っている。
そのせいで、城門をくぐるときに一苦労した。今はゆっくりと人気のない道を通っており、ギルドに向かっている最中だった。
「でも、意外と可愛かったなあ、あの人。僕よりも身長低かったし、あの可愛い顔に短髪はよく似合ってた」
アースさんからまたゴリゴリと反応が返ってくる。
僕は田舎の出身で、果物商人であるビルさんという人の馬車に乗せてもらって王都まで来た。
道中、馬を休めるために立ち寄った木陰にアースさんはいた。
ビルさんは怖がって逃げちゃったけど、僕はアースさんになんとなく話しかけてみたら仲良くなってしまった。
僕が怖がらずに話しかけられた理由はアースさんの右腕にある紋様を見たから。その紋様はテイムされている魔物に飼い主が自分で付けるもの。
紋様を付けるのは別に義務じゃないけど、他の人に自分の魔物を勝手に殺されないようにという意味もあるから、ほとんどのテイムモンスターは紋様が付けられていると言ってもいい。
今回の場合は殺されないように、ではなく見た人が驚かないようにという配慮からかもしれないけど。
そもそも、アースエレメンタルは大昔に建てられた神殿を誰かが壊さないように見張る役目を持った魔物だ。神殿から離れた、民間人がいるような場所にいるはずがない。そこまで考えることができればテイムモンスターだって気づける。
でも、誰がこんなに強い魔物をテイムしたんだろう。不可能なはずだけど…。細かいことはいいか。
逃げたビルさんが様子見に帰ってきてからはアースさんに別れを告げて、馬車に乗った。
もう会うことはないんだろうなあって思っていたんだけど、ギルドでテイムされたアースエレメンタルの捜索願いが出ていたためにアースさんの事だとすぐにわかり、依頼を受注した次第だった。
受付のお姉さんが僕を止めようとした理由は、躾のされていない場合を考慮してのことだった。アースさんは優しいし大丈夫だったけどね。
「GOGO…GOGOGOGO」
アースさんが岩を鳴らして僕に何かを伝えようとしてきた。
仲良くはなったものの言葉が通じない。
僕が首を傾げると、アースさんは前にいきなり走り出してしまっていた。
「え!? ちょ、待ってくださいよ、アースさ~ん!」
全力疾走でアースさんを追いかけるけど、流石Sランクの魔物。ぐんぐん前に進んでいく。
まずい、このまま真っ直ぐ行ってしまったらマイラー大通りに行ってしまう。そこは屋台が並んで人通りが多いことで有名な場所だ。
王都の観光地でもある大通りにアースさんが行ってしまったら怪我人が出てしまうかもしれない。
案の条、アースさんは大通りまで来てしまっていた。通りにいた人達は何事かとこちらを見ては横に逃げていく。
幸い商人のみなさんが誘導してくれているおかげで大事には至ってないけど―――あ!前に人が!!
「アースさん! 人が!!」
通りの中心に取り残されている僕と同年代ぐらいの冒険者がこちらに気づいていない様子で立っていた。
アースさんとその人が重なった瞬間、破裂音のような大きな音と共に冒険者は吹き飛ばされてしまった。吹き飛んだ先は屋台。屋台を支えていた木が折れる音を立てながら冒険者は瓦礫の中に落ちた。
「ああ、私の大事な魔道具が!!」
瓦礫となった店の横にいた人が声を上げる。
そんなことより人の生死の方が問題だ。
しまった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
もしかしたら、死んでしまっているかもしれない。
焦る気持ちを抑えながら、潰れてしまった屋台の瓦礫をどかす。
大きな板を持ち上げた瞬間、影の中から短い刃物が自分の首元に当てられていた。それを持っているのは先程の吹き飛ばされていた冒険者…。
「お前も敵か?」
その冒険者は短く聞いてくる。
なんの感情も感じさせない声と冷たい鋭利な刃のような目をした青年は本当に僕を殺してきそうだった。背筋に冷や汗が流れていくのを感じる。
僕は息を止めたまま、横に首を全力で振る。
すると冒険者は、刃物を懐に戻して屋台から出てきた。
「さっきの岩はどこにいる」
僕を見ながら聞いてくるので、僕はあたりを見回した。
「僕が瓦礫をどけているときに行ってしまったようです」
「そうか」
冒険者は、そのまま歩いていこうとするのだが、数歩進んだところで倒れてしまった。
意識はまだあるように見える。
その冒険者を改めて見ると、頭から血が出ていて衝突した側の腕や肩が折れているのが見えた。
ボロボロになっているが、アースエレメンタルとの衝突でこれだけの怪我で済んだのは不幸中の幸いなのかもしれない。
近くにいた屈強な体つきをした商人風の男が駆け寄って、彼の傷の手当てを始めた。
冒険者は口を歪めながら、すまないと言う。
「どうってことねえよ。俺はちょっと遠い地域を拠点にしていてな、大物を捕まえたときはここまで来るんだわ。大物は王都の方が高い金出して買ってくれる人が多くてな。だから、その途中で怪我人が出るのは珍しい事じゃないのさ。応急処置くらいはできねえと生きていけねぇってもんよ」
「あのようなものと出会うとなれば死人も出るのではないか」
手当てをしてもらいながら冒険者は商人に聞いた。
「ガハハ! あんなのがしょっちゅう出てきたらたまらねえよ。俺が来る方向の魔物はあそこまで強くねえ。まあ、我の強い個性的な奴ばかりだから苦戦するがよ。それに護衛もつけているからな」
「そうか」
「ま、死ななきゃ教会でどうにでもなるんだ。生きてることに感謝だな」
冒険者は何か考えているようだった。
観察しているうちに応急処置は終わる。
「よしっ、これで終わりだ」
「助かった、感謝する」
そう言うや否や冒険者は立ち上がり、どこかへ行こうとする。
「待ってください!」
ああ、何も考えないで話しかけちゃった。
冒険者は振り返ってこちらを見てくる。
「ぼ、僕が教会まで一緒についていきます…いいでしょうか…?」
僕の声は尻すぼみになっていったけど、ちゃんと聞こえていたみたいだ。
「それは医療機関のようなものか」
「そ、そうです」
「では、お願いする」
冒険者は表情を変えずにそう言った。
▽▲▽
「ところで教会という場所は身体部位のメンテなどをする場所なのだろうか」
最初は無言だった道中、冒険者は唐突にそう言った。
「えーと、まあ、そうです。治療…とかですね。あの…僕、パイオニアって言います。パイオニア・ライトです」
「よろしく頼む、俺の名前は……マキだ」
冒険者、もといマキさんは少し考えた後に、名前を名乗った。
間があったということは、本名を名乗りたくなくて偽名を使ったのかもしれない。
その気持ちもわからなくないから、深入りしないように心がける。
改めてマキさんを見ると、黒髪、黒目で整った顔立ちをしていた。最初は僕と同年代と思ったけれど、こうしてみると雰囲気などから自分よりも何歳も年上に見えたりする。
全くと言っていいほど表情がなく、言葉にも抑揚がほとんど感じられない。機械みたいな人だなと思った。
「マキさんのレベルはどのくらいですか? やっぱり、アースエレメンタルと衝突しても命に別状がなかった分、高レベルなのでしょうか?」
「…レベルとは、なんだ?」
マキさんは一瞬の間、思案した後にそう答えた。
「へ? 冒険者じゃ…ないんですか?」
「冒険者というものが何かは知らないが、俺はこの世界に来てからまだ数分も経っていない」
この世界に来てから数分?
どういう意味だろう。もしかして、記憶…喪失……なのかな。
エレメンタルとの衝突で記憶がなくなってもおかしくない。これは、やってしまったかもしれない。
「そ、そうですか。じゃあ、マキさんがぶつかったアースエレメンタルについては、ご、ご存じでしょうか」
「いや、まったく」
もし本当に記憶喪失ならば、僕がどうにかして思い出させなきゃいけない。
「アースエレメンタルは神殿を守るS級の魔物で、地属性のエレメンタル種と言われてます。見た目以上の力と衝突する物体などには見えない衝撃波を発する能力を持っているんです。
元々、地中を進む魔物で、体から発するその衝撃波を利用して土の中を移動していると言われています。神殿の特殊な岩で出来ているため表面も堅く、並みの人では傷一つつけられず逃げるしかない程強いんです。
他にもエレメンタル種は火属性、水属性、風属性が発見されているらしいのですが、どちらも地属性に負けないぐらいの性能持ちなんです。
どうですか? 何か思い出したことは…」
「ない。そもそも俺がこの世界に来たのが数分前だ」
だめだ。これは長期回復を待つことになるのかもしれない…。僕が責任を取らなきゃいけない気がする。こうなってしまったのも僕のせいのはずだから。
宿の場所とか聞いておいたほうがいいのかな。
教会でマキさんには即座に治療を受けてもらった。その待ち時間の間に教会の人に記憶喪失も治るか聞いてみたら、治るといわれて安心したのだけど帰ってきたマキさんは記憶をなくしたままだった。
もしかしたら数分前にこの世界に来たとか言っていた言葉が本当なのかもしれない。
でも、そうだとしたらそれまではどこにいたんだろう。わからない…。
そして、記憶喪失の人に対する対応を教会の人に聞いてみたら僕が行ったことの真逆で、少し反省した。