深層
「何かな」
呟くリールさんの横でケーシーさんは耳を澄ます。
「戦闘音は聞こえない。けど、声は遠くないね」
どうするかと、尋ねるようにリールさんを見る。
「助けに行こうよ」
声を出したのはバズさんだった。バズさんは真剣な顔でリールさんを見る。
リールさんもそれを真剣な顔で聞いていた。
「…駄目だ。帰りのことを考えると危ない。パイオニアもいるしな。俺らが行かなくても誰かが行くだろう」
「え?」
リールさんの答えは僕の予想外だった。
王都から出発して一ヶ月近く経つが僕が見てきたリールさんは正義感の強い人だったと思う。困っている人がいれば即座に助けるような人だった。
僕がいるからか。
「僕は...足手まといですか」
「そういう意味じゃない」
リールさんは根線を下に向けていた。歯を食いしばっているのが顔にかかった影の奥に見えた。。
やっぱり行きたいんじゃないか。
「リールさん、行きましょう。みなさんも。なんで黙ってるんですか」
僕はダリアスさん、バズさん、ケーシーさんを順に見た。誰も何も言わない。その代わりに僕を憐れむような目で見ていた。
「こんなことはよくあることだ」
ボソリとダリアスさんが言って目をそらした。
確かによくあることかもしれない。でも、だからって見逃していいわけじゃないと思う。
「助けて! 誰か! …あ!」
そのとき、道の奥から男の人が現れた。
「お願いします。小さな子供が深層に入って行ってしまったみたいで、私の仲間が助けに行ったんですけど、耐えるのが精一杯なんです。誰かが来てくれないと...あいつ等が...」
その声はとても痛かった。僕の胸には痛すぎた。
男は何度も必死にお願いしてくる。
ここで動かなかったら僕じゃない。
絶対に見過ごしたりしない。
「リールさん、僕は行きます」
返事も聞かずに僕は男の方に寄る。
「大丈夫です。助けに行きます」
男は放けたように口を開ける。
「場所は?」
「分かれ道を2つ左に行った先です」
男は放心しながらも予め言葉を用意していたのかすらすらと答えた。
「わかりました」
僕は足を踏み出す。大丈夫だ。僕には奥の手がある。〈削除権限〉。
ピンチのときに使える奥の手。だから、死にはしない。
「パイオニア!! 戻れ!」
ダリアスさんの怒るような声が通路に反響した。
その声を聞いても僕は止まらなかった。
僕だけでも助けに行こう。力になれると思う。
助けを求めて来た男の言う通り分かれ道を2回左に曲がって、しばらく走っていると戦闘音が聞こえてくるようになった。
「どなたかいますか! 増援に来ました」
「助かった! こっちだ! こっちに来てくれ」
声のした場所に向かって走る。
狭い通路が終わり、広大な空間が開ける。
そこに辿り着いたとき、僕は敵の多さに息を呑んだ。
「クソ! 一人かよ! ラズラのやつ真面目に助けを呼んでんのかよ!」
「愚痴ってもしょうがねえだろ!」
「フン!!」
そこに広がっていた光景は一面を埋めるほどのコボルトに集られている3人の男冒険者だった。背には気絶した少年と少年に被さって彼を守ろうとしている少女がいた。
少年の方はあどけなさの残る幼い顔をしているが、少女はもう少し成熟した顔をしていた。
多分、僕と歳が近いと思う。
とてつもなく広い開けた空間、そこには居住地のようなものが広がっている。今も尚、そこからわらわらとコボルトが溢れ出してきていた。
天井には光を放つ鉱石のようなものが氷柱状に大きさもまばらにいくつも垂れていた。
星のように光る鉱石の氷柱はこのような状況でなければとても幻想的に見えただろう。
状況は最悪に近い。
「おい坊主! 助けに来たんだったら、突っ立ってねえで戦ってくれや!」
そうだ、戦わなきゃ。
無限にも見えるコボルトの軍団を見て棒立ちになってしまった自分の足に活を入れる。
腰に差した長めの短剣を抜く。
敵に目を向ける。広いのに左から右までびっしりとコボルトが溢れている。
「パイオニア! 勝手な真似しやがって! お前が死んだら俺たちゃどうしろってんだ!」
「ダリアスさん」
後ろを見ると、すごい形相で自分を睨むダリアスさんの顔が見えた。
それが、ふっと優しいものに変わる。
「しょうがねえから俺らが手伝ってやる! 絶対に死ぬなよ!」
「はい!」
ダリアスさんのあとから息を切らしながら走ってきているリールさん達が見えた。
リールさんが驚いた顔をする。
「パイオニア君! 上を見て!」
振り返ると上から飛びかかってくるコボルトが見えた。すかさず剣を振るが、とっさの動きで力が弱かったせいか流されてしまった。地面に着地したコボルトはするすると大群の中に後退していった。
これじゃ、きりがない。
この戦況に余裕を作る方法を考えないと。
「いいこと思いついたぜパイオニア!」
コボルトを牽制しながらあたりを見渡していると、ダリアスさんの声が響いた。
「助けに来たならさっさと戦ってくださいよ!」
今もなお最前線で戦っている冒険者の声には耳を貸さずダリアスさんは僕のほうをニヤリと見た。
「パイオニア! グレイトボアのときと同じことをするぞ‼」
「同じこと…?」
「盾使ってジャンプだ!」
ダリアスさんは決めポーズなのか股を広げて指を上に向ける。
なんで…?
目線はダリアスさんの指を通って上に行く。僕の目にはキラキラと光る氷柱状の鉱石が見えた。
あ、それで鉱石を!
「わかりました! バズさん、盾お願いします!」
「うん!」
力強く頷いたバズさんは、僕の進路上に移動してどっしりと盾を上に構えた。
「風魔法が使えるやつはいるか! いなかったら最悪ケーシーでもいいが」
「わ、私が!」
声を上げたのは、リールさんの横でそわそわしている助けを呼びにきた冒険者だった。
ビシッと手を上にあげている。
「よし、パイオニアが落ちるときに衝撃を緩和させてやれ!」
「は、はい!」
すごい、ダリアスさん。作戦をどんどん立てていく。
「戦ってるやつら! 全員どいて、後ろに逃げろ!」
「は!? それじゃ逃げ切れねえから戦ってんだよ!」
理解が追い付かない冒険者は反感を露わに叫ぶ。
「うるせええ!! 黙って従ええ!!」
「ひ!?」
冒険者はダリアスさんの声に気圧され、前線で戦ってた冒険者たちは少年を抱え、少女をつれて一気に逃げる。
バズさんと僕の横を通り過ぎていく。必然的にコボルトは次の獲物として、前にいる僕とバズさんを見据える。
僕はステータスプレートを取りだした。
「更新」
レベルが1上がったようだった。でも、この状況をこれ以上よくするスキルは出てこない。
まあ、いいか。与えられた役目を全うするだけ…。
「行きます!」
「うん!」
疾走。跳躍。
「〈シールドバッシュ〉!」
バズさんはスキル名を叫んだ。
盾に押されて僕の体はぐんと真上に上がる。この前のグレイトボア戦の比じゃない。僕の体は天井に向かって飛んでいく。
いける! これなら上まで。
僕の体は鉱石の氷柱の目の前でピタリと止まる。
よし。
鉱石の中間あたりを狙い、剣を振った。
ガキン!
「え?」
僕の剣は鉱石を切るどころか弾き返された。
「マジかよ」
ダリアスさんの声が耳に届く。
切れる見込みがあるんじゃなかったんですか~!?
叫びたい気持ちを抑えながらも着地の事を考える。
「《塵旋風》」
途端、旋風が巻き起こる。
助けを呼びに来た冒険者の声だった。
僕の体を持ち上げ、もう一度鉱石のところへ飛ばし始める。
「もう一度! お願いします!」
その声は彼が助けを呼びに来た時の弱弱しい声ではなかった。
その期待に応えたい。でも、切れる気がしない。
「《身体強化》!!」
透き通る高い声が響く。この声はさっきの少女か。
ちらりと目の端に写ったのは、少年を背中に担ぎ、頭から血を流しながら目いっぱいに杖を前に伸ばしている彼女だった。
期待に応えたい! 僕が道を切り開く!
「来い! 《削除権限》!」
…魔力は集まらない。
でも、それでも僕は切る。
「おおおおお!」
また、鉱石の中間を見据え、打つ。
ガキン!
「まだ!!」
不安定な体勢になっても振り続ける。
それが、今の僕にできることだから。
ガキン!
ガキン!
重力によって体が落下していく。もう、風魔法も来ない。
「駄目、だった」
見通しが甘かったのだろうか。力が足りなかった。
自分の手には《力手》というとんでもない力を発揮させてくれる特典武具がある。それでも、切ることができなかった…のか。
「よくやった! パイオニア!」
「え…でも…」
ビキ…ビキビキビキ。
一度入った亀裂は大きくなっていく。
剣で鉱石を叩いた勢いで僕の体はリールさんたちに向かって落下していった。
「ケーシー」
「わかった」
リールさんの指示を聞き、ケーシーさんが空中で僕を受け止める。
鉱石はどうなったのか確認しようと首を向ける。落ちてくる巨大氷柱鉱石の真下には…ダリアスさんがいた。
「ダリアスさん!?」
「パイオニア、お前の意志は受け取った! 今度は俺の番だ! 必殺・マジ殴り!」
それは、なんのスキルでもないただの殴打。でも、その攻撃は鉱石を粉砕した。氷柱状から形の変わった鉱石がコボルトに向かって飛んでいく。
「《風爆》!」
爆風が鉱石を押し、速度を上げる。
風邪魔法によって鉱石は弾丸と化し、当たったコボルトにとてつもないダメージを与えていった。周りは砂塵で溢れ、目の前を見るのも困難な状況。
「逃げるぞ!」
あらかじめ確保してあった逃げ道に向かって全員で駆け出した。
赤い日の光が見え、ダンジョンの外に出た。
「…やっと外に出た」
僕はその場にへたりこんでしまう。
他のみんなも倒れこみ、肩で息をしていた。
「本当に助かった…。あの、私はラズラと申します。あなたたちのおかげで、まだ生きていける」
助けを呼びに来た冒険者、ラズラはダリアスさんにこれ以上ない笑顔で言った。
「いや、礼ならこいつに言ってくれ、助けに行くと言い張ったのも頑張ったのもこいつだ」
ダリアスさんは僕を指さした。
「パイオニアさん…だったかな。本当にありがとう」
「い、いえ。僕は何もしてませんから。それよりも僕は、ラズラさんの風魔法のおかげかなって」
体を半分に折り、丁寧にお礼を言われてしまうと、困惑してしまう。
「でも、よかったよ。死人が一人も出なくて。彼も気絶しているだけみたいだからね」
爽やかに笑うリールさんは少年を見ながらしみじみと言った。
「なあ、このあと俺らで飯食いに行こうぜ! 飯はラズラのパーティーのおごりな!」
「はい、いいですね」
すかさず頷くラズラさん。
場に笑いが零れた。みんないい笑顔をしている。
助かって、本当に良かった。




