カザンの街
グレンさんが馬車の中から人数分の折りたたみ椅子を出してくれた。
焚き火を囲み、丸く座る。みんな思い思いに焼けた肉を取り、お腹を満たしていった。
「いや、パイオニアくんはすごいよ。一撃でグレイトボアを倒すとはね~」
そんなとき、おもむろに冒険者のリーダーっぽい人から声をかけられた。
「いえ、僕は何もしていませんよ。ラーノルさんが渡しくださったお守りのおかげでダメージを受けなかっただけですし、皆さんが足を攻撃していたおかげで的が外れなかっただけです」
「ウンウン、いい謙遜ぶりだ。あの異名も伊達じゃないみたいだしね。あ、私の名前はリールって言うんだよろしくね」
「あ、よろしくお願いします。その、異名っていうのは何ですか?」
「知らねーのか? 二つ名のことだよ。俺はダリアスだ」
ガタイのいい冒険者が言った。彼はダリアスと言うらしい。
鍛え上げられた筋肉を惜しげもなく見せるダリアスさんの服装は似合っていると思う。
「僕に二つ名はありませんよ?」
「自分で自分の二つ名を知らないとはね~。君――いや、君達と言えばいいのかな――の二つ名は王都のほうでは軽く有名だよ」
「マキさんと僕にですか。どんな二つ名なんですか」
リールさんはもったいぶってニヤリと笑う。
「弱者狩り(ゴブリンスレイヤー)だよ」
「それって――」
「まあ、待ってくれ。もともとゴブリンスレイヤーっていう二つ名が皮肉を込めた言葉だというのを知っているみたいだね。でも、君達はそのような意味で呼ばれているわけじゃないよ。一日にリース平原の魔物を何十体も倒して帰ってくる。そんな新人二人組に誰かが付けた名なんだと思う。まあ、誉め言葉として受け取っておいてくれ」
「そうですか」
でも、二つ名がゴブリンスレイヤーって…なんか格好がつかない気もする。まあ、二つ名を持っているだけましなのかもしれないけど。
「ねえ」
リールさんと反対の方向から声をかけられ、そちらを向く、ケーシーさんだ。
ケーシーさんは髪が短くて、クールそうな人だ。
「この前は二人で上位種も倒したらしいね。三年前と同じでゴブリンの上位種だろうって話を聞いたよ?」
「まあ.。。そうですね」
三体もいたって話をしても信じてもらえないだろうし、聞かれない限り言わないでおこう。
「特典は何がもらえたの?」
「ああ、僕はこの〈力手〉っていうグローブをもらいました」
僕はみんなの前に掲げてみせた。
「すごいじゃん。特典武具は初めて見た」
「初めてですか? いろんな人が持っていそうですけど…」
ケーシーさんは肉を小さくかじる。
「いや、普通は上位種なんかに出会わないから。それに、出会ったとしても相性がいい相手じゃないと、ほとんど即死だし」
「マジですか。。。」
「マジのマジ、それにほとんどの場合、武具よりも換金用の物になるから運がよくないと効率は最悪ね」
確かに死ぬ直前だったけど…。グレートゴブリンの一撃は一度受けても大怪我だからな。そう考えるとよく自分が生きてるなと感じる。
僕は止めどなく肉を食べている体の大きい冒険者のほうを見た。
「あいつはバズって名前。飯食うときはしゃべらない主義だから話しかけても無駄だよ」
彼は身長も高く、横も少し大きい。
前に立たれると委縮してしまいそうだ。
そして今は、話に参加せずに止めどなく肉を口に運んでいる。
「バズさん、あのときは盾の足場、ありがとうございました」
軽く会釈してみせると、バスさんは親指を立てて笑ってくれた。その間も手は肉を食べようと動き続けている。
たくさん食べるなあ。
「パイオニア君はすごい人だったのですね。でしたら最初から戦闘に参加してもらえばよかったかもしれないですね」
ラーノルさんが申し訳なさそうに言った。
「いえいえ、実力の方は初心者なので助けにはならなかったと思います。あの技も使うのが二回目で…ちゃんと発動させられるか曖昧でしたし、二回も発動させられないと思いますし…」
「実力が初心者ねえ…」
リールさんが何かつぶやいたけど、座っている位置が遠いせいか、うまく聞こえなかった。
「というか、あのスキルはなんだい? 一気にグレイトボアを倒してしまったけれど」
「正直、僕もよくわかっていないのですが、小さい範囲の物体を消すスキルだと…思います…」
自分で言っていて、自身が無くなってくる。
リールさんは目を見開く。
「うん…、すごい能力だね…。よかったら見せてくれるかい? 試しに地面に向かって使えば穴を掘れたりしないかな」
「やってみます」
僕は少し離れた場所で地面に手を当ててみる。
「〈削除権限〉。」
手に魔力が集まる感覚は…ない。あれ?
「できないようです」
「そうか。何か条件があるのかもしれないね。そこまでの力を持ったスキルを最初から持っているわけだしね」
「そうかもしれないです」
「試してくれてありがとう」
僕は席に戻ってまた座る。
グレンさんを見ると、下を見たまま何も話していない。具合が悪いのかな。
「そろそろ出発しようぜ」
そう言ったのはダリアスさんだった。
馬車に乗り込み、魔法のせいで眠らされていた馬を起こし、少ししてから走らせ始める。
ダリアスさんが馬に催眠の魔法をかけていた光景を思い出した。
ナックルで敵を殴っているから格闘家だと思っていたけど、本当は違う職業なのかもしれない。そう思うと、魔法使い系列の職業で前線に出て戦っていることになる。改めて先輩冒険者のすごさが分かった気がする。
肉を食べていた時のグレンさんの心ここにあらずといった表情は次の街に進むにつれて薄れていった。
旅は順調に進んだ。最初の街、二つ目の街、三つ目の街、どれも中小規模の街だった。
「次の街からライト侯爵領になるぞ。長い旅も、あともう少しだ」
グレンさんが馬車を繰りながら言った。
そろそろか…。家が近くなるにつれて早く帰りたいという気持ちと、まだ帰りたくないという気持ちが胸に渦巻く。
いや、僕はもう前の僕ではない。自分のための防具や武器を買うのに結構お金は使ってしまったけれど、残っているお金も意外と多い。金貨が六枚と大銀貨が1枚、銀貨二枚と大銅貨八枚で、41280ユニだ。
必要なものを買いながらこれだけ稼ぐことができれば冒険者を続けることはできるだろうけど、今回は運が良かっただけだったと思う。上位種のせいで魔物が活性化していたし、何よりもマキさんがいた。一人でこれだけできるかと聞かれれば無理と答えるしかない。
四つ目の街には昼過ぎに到着した。街の名はカザン。大きな鉄鉱山がいくつもあり、鉄を生産しながら発展してきた街だ。
大きな建物が煙を吹きながら建っている姿は、初めて見る人がいれば新種の魔物とでも思ってしまうだろう。
「どうだ? カザンは初めてか?」
グレンさんが尋ねてきた。
「いえ、王都に行ったときにも立ち寄った場所なので」
「この街はな、酒もうまいんだよ。仕事終わりの一杯を求める炭鉱夫のために、どれくらい安くおいしい酒を造れるか店の奴らが競い合っている」
「お酒も有名な街なんですね」
「そうだぜ。それに、武器の新調でもしたかったら、この街で買うといい。他の街よりも安く上質なのが買えるぞ」
「ありがとうございます」
グレンさんはそのまま大通りの方向に歩いて行った。
街に着くと、まずは自分たちが寄りたい場所などに行く時間を持ち、空が赤くなり始めた頃に門で合流する。その後はグレンさんが予約した宿に向かうことになる。
これが、今までの街を通りながらできていたルールだった。
行きたい場所もないので、なんとなく武器店に向かってみることにした。
店の中に入ると鉄のにおいが鼻を衝く。顎鬚を生やした不愛想な店主が僕をちらりと見て新聞に目を戻した。
勝手に見ろということだと思うので、なんとなく見回ってみる。ガルドさんの武器店と比べると品が少ないようにも見えるが、逆に言うとガルドさんの店の品揃えがおかしい。
「お、先客か」
後ろから声が聞こえたので振り返ると、見知らぬ冒険者の男がいた。長めの髪を後ろで軽く結んでいて、ゆったりとしたローブを着ている。目は吸い込まれるような青色をしていた。
「武器を買いに来たんですか?」
見知らぬ冒険者は僕に話しかけてきた。
「やることがなくて、店の中を回っているような感じです」
「そうですか、私は武器を買いなおさなければいけなくてね。この店は店主が不愛想だから人気はないけど、それなりに評価されている店です。この街に寄ったときはいつも世話になっています」
声が聞こえたのか店主が新聞から顔を上げ、こちらを見てから目を戻した。ふん、と鼻で笑っている。
確かに不愛想かもしれない。
剣がまとめてある区画で足を止める。正直、僕の手元にはガルドさんからもらった短剣があるので、新しい武器は必要ない。
暇をつぶしに入ったのだけれど、長時間眺めた挙句に何も買わずに帰るのは申し訳ないと思い、何か買おうと決めた。
「これをください」
「あいよ」
見知らぬ冒険者は、長い鎖がついているモーニングスターのような武器を買った。
僕の視線に気づいたのか、彼はこちらを振り返る。少し考えるそぶりをしてから口を開いた。
「私のおすすめのアイテムを紹介しましょうか」
「いいんですか?」
「まあ、別に減るものでもないから。こっちに来てください」
彼は宝石のようなものが着いたアクセサリーの区画に立ち寄った。僕は彼の後ろについていく。
「ここには魔法石が嵌められたアクセサリーが売られているんです。一つでも持っていれば初めの間は戦いが楽になる」
「これはジェムとは違うんですか?」
「そうですね。ジェムは一度きりだけれど、魔法石は効果が長く続くと考えればいいですかね」
「えっと、疲労回復のアクセサリーとかありますかね?」
冒険者は困ったような顔をした。
「それは見たことがないな。何しろ戦闘に需要がないじゃないか。近いもので言うと、〈身体強化〉の魔法石だけれど、高価な品だからな、値が張ると思う」
「そうですか…」
冒険者は僕のほうを見る。
「もしかして、渡したい人がいる、とか?」
「はい。久しぶりに家に帰るので、何か手土産になればと思ったんです」
そのとき店主さんが、これ見よがしにコホンと咳払いをした。
「若造」
「は、はい!」
渋い店主の声を聞いて、背筋が伸びる。
「この街には何日泊まる予定だ?」
「三日程です」
もともと、馬車の整備をカザンの街で行う予定だったので、他の街よりも長く滞在する予定だった。
「この街を出るときは最後に、ここを寄ってけ」
どういうことだろう?
「疲労回復の魔法石を準備してくれるんじゃないのかな?」
冒険者が助け舟を出してくれた。
「いいんですか!?」
「ああ、だが金は持って来いよ」
「ありがとうございます!」
店主は、ふんと言って、また新聞に戻ってしまった。
最初の印象とは違い、店主はとても優しい人なのかもしれない。
しばらく店の商品を見た後、城門に戻ることにした。別れ際に冒険者に名前を聞くと、サライと答えた。最後にお礼を伝え、サライさんとは別れた。
そして、冒険者とも別れを告げて、城門まで戻ることにした。
さきほどの武器店に入る前から行く当てもなく歩いていたために結構な時間がたっていたが、僕が一番乗りだった。
しばらく待っていると、グレンさん、ダリアスさん、その後にリールさんたちが来た。
「いったん宿まで行くか」
グレンさん先導の元、僕らは大きめの宿についた。女性であるケーシーさん以外は一つの大部屋を使うことになった。
「この近くにコボルトの鉱山があるって知ってるか?」
各々が思い思いに休んでいたころ、おもむろにグレンさんが言った。
「ええ、護衛の仕事でカザンに泊まるときは長期滞在することが多かったので、よく通ってました」
リールさんが答える。
「今回はパイオニアも連れていくか」
「え?」
ダリアスさんの声にみんなの視線が僕に集まる。
「いいですね」
それに乗るリールさん。
てっきり自分には関係のない話だと思っていた。けど、行ってみたい気もする。今まで戦ったことのある魔物と言えば、リース平原の魔物だけだ。
それだけでは明らかに経験不足だし、新しい魔物とも戦ってみたいと思ってもいた。
道中の魔物は護衛役であるリールさんたちが倒すので、グレイトボアとの闘い以降、戦っていない。
長旅にも慣れてきて、体力には余裕がある。明日いっぱいであれば丁度いいかもしれない。
それに先輩の冒険者がいるのであれば多少手ごわい相手だったとしても安心できる。
「よ、よろしくお願いします」
明日はコボルトの鉱山に行くことになった。




