二人の道
一話以降登場していない私のこと、忘れてないですよね? (レイナ)
❑-レイナ
もうあきらめないさいな。
ギルドの清掃を10年前から担当してくれているマールさんが私に言った言葉。
一か月も付き合いが続いた冒険者をそうそう忘れられる訳がないと思いながらも、私は石板に依頼内容を打ち込む。
「達成報告は以上ですか」
「はい」
「お疲れさまでした」
私の顔が笑ってないのは自分でもよくわかる。
毎日私を驚かしてくれる面白い新人冒険者の二人は上位種討伐に向かってから二日以上も帰って来ていなかった。
ここまで長い時間が空けば望み薄だというのはギルドに長年勤めた私もわかる。
はあ、とため息をつく。
そのとき、電話が鳴った。
「こちら王都ギルドです」
『あ~、レイナちゃん。久しぶりかな』
「その声は、キルさん!?」
『そうだよ』
「電話が繋がらないので、どうしたのかと心配していました。…あの…二人は助けられましたか」
『二人…ああ、パイオニア君とマキ君のことだね』
「ええ、そうです」
『…』
電話先に沈黙が降りた。私は助けられなかったのだと理解した。
だけど、私の予想に反して次のキルさんの声は明るかった。
『二人とも先ほど宿に戻ったよ』
「…」
今度は私が沈黙を作る番だった。
胸を張り裂きそうな不安はどこかに行き、今度は胸を膨らませるような安心感が迫ってきた。
安心のせいか、言葉が出ない。
「…よかった」
やっと絞り出せた声は私に似合わず、か細いものだった。
『いや、驚いたよ。僕が到着したころには、パイオニア君とマキ君は上位種三体と交戦していたんだから』
「え?三体ですか…!」
『うん、二人で戦ってた。しかも最終的には一人で一体ずつ、二人で二体を倒してのけたんだから私も絶句せざるを得なかったね』
「…」
わたしも今、絶句しています。キルさん。
『心配させたみたいで、すまないね。それじゃ、また今度』
「あ、ちょっと待ってください」
切られそうになった電話に待ったをかける。
これは聞いておかなければ。
「連絡が遅れた理由をお聞きしてもよろしいですか」
魔物が予想以上に強かったり、不慮の事態が起きたのかもしれないから。参考までに。
『二人と話し込んでて…忘れてた』
プツッ。
あ、逃げた。
私はまた絶句する。
それからは残りの時間を気軽に過ごせた。
王都ギルドで仕事をしている冒険者が行方不明になるのは半年ぶりの出来事だったので必要以上に混乱していたギルドのメンバーにも二人の無事は伝えておいた。討伐の話は伏せて。
私が無事を伝えるとメンバーは胸をなでおろす動作をしたり、息を吐いたりと反応は人それぞれだったけど、みんな安心したみたいだ。
思っていたよりもギルドで二人は人気だ。
ギルドの職員だけでなく、二人は何故か周りの冒険者からも気に入られ、一目置かれている。
マキさんがギルドに駆けつけてきて、パイオニアさんが上位種討伐に向かったと話を聞いたときはその場にいた冒険者の何人かが助けに行くと言ってきた。勿論全力で止めたけど。キルさんがどうにかしてくれると信じて。
私が職員に話しているところを聞いたのか、ギルドにいる冒険者の中でも話題になっていた。
そんなとき、カランとギルドの入り口の扉が開く。自然とギルド内の視線はそちらに集まった。
「マキさん…」
知らず知らずのうちに名前が声に出してしまう。
彼の装備はところどころが使い物にならない状態になっていた。刃物のようなもので切られたような跡や、焼け焦げたような跡が残っている。
その装備の状態が戦闘が苛烈を極めたことを物語っている。
彼はゆっくりと私の前まで来た。
そんなマキさんを私は今までと少し印象が違うと思った。
最初に会った時は不愛想というか無表情といった顔をしていたのだけれど、今見るとはっきりと表情が顔に出ている。
緊張と喜びを混ぜたような、複雑な表情をしている。
「約束通り、無事に帰ってきたぞ。ここにはいないがパイオニアも無事だ」
私の視界はどんどんぼやけていく。あれ、おかしいな…。
こんなはずじゃないのに…。こんな風に出迎えるつもりじゃなかったのに…。
頬に温かいものが伝う。
「よかったです。無事で」
「はい」
私は労いの言葉を探す。
そして、私が口を開こうとすると、
「ところで、俺とパーティーを組んでくれませんか」
マキさんは、そんなことは横に置いといてと言わんばかりにそう言った。
「へ…?」
泣き笑いに間抜け顔がプラスされて、私の人生一番の変な顔が出来上がったと思う。
「パイオニアは、もう故郷に帰りました。一人で旅を続けるのもいいと思ったのだが、仲間が一人ぐらいいてもいいと思ってな」
「えーと、どうして私に?」
「ギルドマスターなのだろう?」
ギルドマスター…ギルドマスター…ギルドマスター…。
言葉がやまびこのように私の頭で反響する。
「ど、どうしてそれを知っているんですか!?」
「キルトから聞いた」
キルト…ということはキルノタイトさんか。というかキルノタイトさんを呼び捨てで呼ぶとか、どんだけ…。
私は直接会って話すだけでも底知れない何か感じて委縮しちゃうのに。
「どうだ?」
実は私の答えはもう決まっている。
マキさんが黒のステータスプレートを持っていると知ったときは本当に驚いた。でも、それがどのくらいの力なのか私には全く測れない。
それが今、私の前でしっかりと固まる。
彼が黒の冒険者。世界に平和をもたらす使徒の一人なのだと、私はもう知っている。
「わかりました。マキさんの旅に同伴します」
「ありがとう」
そう言ったマキさんは笑っていた。
私は初めて見たな、マキさんの笑うところ。
「宴だ~~~!!!!」
『『『『おおーーー!!!!』』』』
昔から私を勧誘していたガタイの大きいベテラン冒険者さんが叫び、みんなが反応する。
周りは拍手喝采。
私を勧誘していた彼は私の正体を知っていたのかもしれない。
私は、ギルドマスターのレイナ。それは表の顔。
またの名を、このユニット王国を作り上げた創国の勇者、リダと呼ばれている。
◇◆◇
❑-パイオニア
ギルドに顔を出しておいた方がよかったかな。
マキさんがレイナさんを勧誘するところが想像できない。やっぱり見に行けばよかった。
と、頭の中でどうでもいい後悔を繰り返していてもしようがない。
「どうだ、パイオニア。馬車の旅は」
「正直に言って慣れないですね。過ぎていく風景を見るのは楽しいんですけど、暇で…」
「はは、そうか。あ、そういえば護衛の奴らとは話をしたか」
「いえ、まだです」
僕は答えながら少し離れた場所で休憩をしている冒険者たちを見た。護衛の人数は4人で、男の人が三人に女の人が一人だ。
今は馬車から降りて昼ご飯も兼ねた休憩をとっている。
「まあ、長い旅なるかもしれないからな、ぼちぼち挨拶でもしておけよ」
「はい…」
護衛の人達はみな一様に今の僕がつけている装備よりもいいものを着ている。いつか僕もあれくらいの物を買いたいなと思う。
「さて! そろそろ、出発するか!」
グレンさんが立ち上がったので、僕も馬車に乗り込んだ。
僕たちが馬車で通る道は比較的、魔物が出る数が少ない道だ。
一週間前までは大きなダンジョンがあり、魔物がダンジョンから出てくるほど魔物で溢れかえっている場所だったのだが、何かの拍子で《崩れた》らしい。
冒険者はダンジョンの消滅を《崩れる》と呼ぶ。そして、崩れたダンジョンは一週間後、新しいダンジョンに生まれ変わって違う土地で《建てられる》。
建てられると言っても、それも冒険者の方便で、実際は自然発生したようなものだ。
それはともかく、凶悪なダンジョンが無くなり、ぽっかりと平和になってしまった土地には、勢力争いに負けた劣等種の魔物が住み着くようになった。
馬車がドンと跳ね上がった。
「すまん! この辺、道が悪いんだわ!」
僕が乗る馬車を操っているのは、初めてマキさんに出会った日、アースさんが吹き飛ばして怪我をしたマキさんの応急手当をしてくれた商人のおじさんだ。
名前はグレンと言っていた。グレンさんとは大通りで何度か立ち話しをしたこともある。
今までは主に肉を売りさばいていた商人だったけれど、僕がコナの街出身者だと聞いてから、作物にも興味を持つようになった。
コナの街、というかライト侯爵領は魔物の発生回数が国でもトップになるにもかかわらず、王国の作物の三分の一を生産するほど土地が肥えている。
今回、僕が街に帰るのを機会に一緒に行くと言ってくれた。
僕が故郷の街に帰るのには理由がある。もちろん母や兄に会いたいという気持ちもあるけど、決定打を与えたのは一枚のチラシ。
僕は懐に入れていた紙を広げる。何度も開いたり折ったりしているせいで白い線の跡ができてしまっているけど、文字を読むのに困難はない程度だ。
『新ダンジョン! ワイルズダンジョンと命名』
そんな文字が書いてある。現在は21層まで攻略されていて、マップも作られている。3層までなら比較的、弱い魔物が巣くっていて初心者冒険者の新しい狩場になっているとか。
マキさんはたぶん、僕がこのダンジョンに挑戦するために帰るのだとわかっているだろう。それでも見送ってくれたのは何か察したからかもしれない。
僕はこの一か月間、マキさんに維持しすぎたと思う。自分とほとんど同じ日にちにステータスプレートをもらったのにも関わらず、マキさんはとても強かった。
これからは自分の力で成長していきたい。一人で挑もうとは思っていない。誰か僕と同じくらいの実力を持っている人とタッグが組めればいいなとは思っている。
馬車の横を自前の馬で走っている冒険者たちを見ると、憧れてしまう。
そうだ、目標を決めよう! そんなことを考えていると横から声がした。
「グレンさん…少し速度を落としてもらえないでしょうか…うぷ」
僕の横で吐きそうになっているのは、グレンさんのお弟子さんだそうだ。眼鏡をかけた気弱そうな男の人だ。
弟子の言葉を聞き入れたのか馬車は急速に速度を落として…止まった。
「別に止まってほしい訳じゃないんですけど…」
と、お弟子さんは言う。
馬車の外からは誰かが会話している声が聞こえる。
何か問題が起きたのかもしれない。
紙を懐に入れ、天幕から顔を出す。
「どうしたんです…か…」
言葉を出し切る前に状況が見えた。目の前からイノシシの魔物が群れになって突進してきている。砂埃をまき散らしながら、どんどんと近づいてくる。
「ラーノル! パイオニアを守れ、一旦馬車から降りろ!」
「わ、わかりました!」
ラーノルとグレンさんに呼ばれたのは、お弟子さんだ。
お弟子さんは、僕を軽々と持ち上げて、馬車から飛び降りた。
僕は驚きながらも戦場を観察する。馬車の後ろで待機するようだ。ラーノルさんは僕を地面に降ろしてくれた。
冒険者の中でガタイのいい人が、興奮して今にも走り出してしまいそうな馬車の馬に対して、睡眠の魔法をかけて、眠らせる。
体の大きい冒険者が背中のカバンから大きな盾を取り出し、地面に突き刺す。
マジックバックだ。薄いカバンから大きくて分厚い盾が出てきた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
大きな金属音が鳴り響くのと同時に体の大きな冒険者は咆哮を上げる。
すると、馬車に向かおうとしていたイノシシは、三匹以外すべて、盾を持った冒険者に向かい始める。
「ケーシー! 取り逃がした分は任せるよ!」
「はーい」
ケーシーと呼ばれた護衛の冒険者パーティー唯一の女性は、あくびを噛み殺しながらも返事をする。
その後、彼女の姿が揺らぐ。風が吹き荒れた。
風となった彼女は一瞬にして、イノシシに肉薄し、刃を突き刺す。
彼女が何度か通り過ぎると、イノシシ三匹は断末魔を上げることなく光の塵と化した。
「疲れたから寝る~」
そういうや否や彼女はバタリと倒れてしまった。
「ありがとう、助かった。次は僕達、男の出番だよ!」
「オーケー!」
「うおおお!」
こまめに声をかけながらリーダーみたいに立ち回っているのは、爽やかな顔をした冒険者だ。
三人の連携は、僕の目には綺麗に思えた。
「俺も入るぜ!」
「助かります!」
グレンさんも参戦するようだ。
大きくて、刃の部分が赤い色をした斧を担いで走っている。
グレンさんの一振りで何頭ものイノシシが空中に投げ飛ばされる。
「盾!」
「うおお!」
リーダーの呼び声に答え、盾を上に掲げる大きい体の冒険者。
それを利用し、天に舞い上がったリーダーの冒険者は、グレンさんが放り投げたイノシシを切り刻んでいく。その奥で、ナックルを使いイノシシの頭を殴っているのは馬を眠らせていたガタイのいい冒険者。仲間が戦いやすいように大きな盾を構えて応戦する体の大きい冒険者。
それは、僕が求めていた形だった。
そうだよ。これだよ。
これを僕の目標にしよう。新しく最高の仲間を見つけよう。
プロローグが終わりました。
次回からはパイオニア異世界編を執筆していきたいと思います。
番外編としてマキとレイナ(リダ)の話も入れていけたらいいです。
パイオニア編が終わり次第、マキ編や、次の話に持って行きたいと思っておりますので、楽しみにしていただけるとうれしいです。
誤字脱字やストーリー上の問題などのアドバイスがあれば助かります。
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