キルの家で
❑-パイオニア
キルさんに従魔と遊んで来いと言われ、素直に庭に出た。
気になる事は多いけれど、それも追い追いわかってくると言われたし、そこまで気にすることでもないのかもしれない。
庭には三体の魔獣がいた。
まず初めに目に飛び込んで来たのは図体の大きいアースさんだ。
久しぶりと言いたいのかゴリゴリと体の岩を鳴らしながら手を挙げてくる。
アースさんにはマキさんにぶつかったときと言い少しトラウマが残るけど、普段は大人しいはず。少しすればまた前みたいに気楽に話せるかな。
その次に目に入ったのは庭の右側で大きな機械と共にいる巨大なスライムだった。
スライムという種には特に細かい思考回路のようなものはないという考えが一般常識だけど、庭にいたスライムは少しというか、だいぶ印象が違う。
大きなスライムは背中に扇風機のようなものを付けていた。そのつけ方も独特でカバンのようにスライムが背負っている。
スライムは体の一部を腕のように伸ばしてそれを可能にしていた。伸ばした手で丁寧にカバンの肩紐部分を掴んでいる。なんか可愛らしいなと思っていたら、そのスライムに見覚えがあることに気が付いた。
巨大なスライム。色が、普通の固体よりも薄く全く身動きをとらないそれは、昨日か一昨日に草原で見たことがある。
…ジェットスライムだった。
ああ、なんていうことだ。
そして、最後の従魔は言わずもがなトラウマのクリムゾン・バード。
幼いころの僕を殺して食べようとした魔物…。
キルさん…僕は、このような魔物に囲まれて戯れるなんて、できないかもしれません。
いや、一旦落ち着こう。だって、この子達はキルさんの従魔なんだから。躾もちゃんとされているはず。大丈夫だ。
一歩一歩慎重に足を進める。
一定の距離で足を止めて、片手をあげる。転校生になった気分だ。まあ、こんな魔物がいる場所に通いたくはないけど…。
「みなさん、お久しぶりです。全員、どこかで会ったことのある方々で本当に驚きました」
「KEEEEEEE!!」
「GOGOGO!」
「…」
いきなり走ってこないで~~!!
僕が声をかけた瞬間にクリムゾン・バードは一度飛躍して空から、アースさんは地面に潜り込んで地中から、ジェットスライムは初めてリース平原で見たよりも若干早く、三体でいっきに追いかけてきた。
「お願いします~~!来ないで下さ~~い!」
僕が必死に叫んでも追いかけてくるトラウマ三銃士…。
陸海空じゃないんだから、連携して襲ってこないで欲しい。
これが転校生が質問攻めに合うときの気持ちなのだろうか…。
空から降りてくるクリムゾン・バードの爪を避けた先に現れるアースさん。それを必死のバックステップで避けた先でぶつかった柔らかい感覚。ジェットスライムがそれなりにゆっくりとした動きで腕を伸ばして僕を掴もうとしてくる。腕と地面の間をすり抜けて三体から距離をとる。
何度か掴まれそうになったのをギリギリのところで抜け出せたのは、やはりボス特典のおかげかもしれない。
僕の両手には《力手》という名前の黒い指出しグローブがついている。革でできたような質感にもかからわず性能は筋力が1.5倍という破格の性能だ。
三銃士の方向を見ると、先ほどの場所からは動いてないがギラギラと光る眼をこちらに向けてくる。スライムなんて目がないのにも関わらず、視線がこちらに向いている気がするのは…気のせいか。
それから僕は昼ご飯でができてキルさんが庭に出てくるまで、地獄の鬼ごっこをさせられたのだった。
「いただきます」
昼ご飯が出来たときにはマキさんも一緒にいた。
料理が野菜重視のメニューでキノコの入った味噌汁が出たのはお腹に負担を掛けないようにというキルさんの配慮からだろう。
まず、季節の野菜を中心に作られたサラダから口に運ぶ。うん、おいしい。
つぎに味噌汁。体に染み渡る味だ。
語彙力がないのは勘弁していただきたいです。
「マキさんは食べないんですか。おいしいですよ」
「ああ、ありがとう」
僕がマキさんの方に皿を動かし、すすめると心ここにあらずといった雰囲気のマキさんが上辺だけで反応してくる。
起きたばかりで疲れてるのかな。
「味はどうだい、といってもこんなものじゃ満足できないかな」
キルさんが部屋に入ってくる。先ほど先に食べていていいよと出たばかりだったけど、すぐに帰ってきた。
「いいえ、美味しいです。食べやすくて助かります」
「それは良かった」
キルさんも机に座って食べ始める。
黙々と食べていると直ぐに皿の上の物もなくなった。
横を見ると、マキさんも食べていて安心した。
◇◆◇
❑-マキ
頭の中で先ほど聞いた話がグルグルと回る。
飯を食べ終わってからもパイオニアが心配そうに何度もこちらを見てくるのがわかっていたため、いつものペースに戻そうと意識する。
だが、左の手のひらに埋まっているビー玉ほどの赤い玉が目に入ってまった。
パイオニアは俺の視線を追いかけるようにして俺の手のひらを見た。
「マキさん。それは何ですか」
「あ、これはな…」
何と説明していいかわからない。
俺が黙っているとパイオニアがいきなり大きな声を出した。
「あ、ボスを倒した特典ですね!?」
ボスを倒した特典。まあ、そういうことでいいか。
「マキさんももらっていたんですね」
「ああ、そうだ」
パイオニアは興味津々といった感じで俺に詰め寄ってくる。
いつも通りのパイオニアを見ていると、自分の心も落ち着いてきた。
「どういう性能かわかりますか?」
「いや、わからない。確認をする方法があるのか」
「ええ、ボスの特典ならステータスプレートに記載されるはずです」
「分かった確認してみる」
俺は袖からプレートを出す。
キルトは俺たちの会話を微笑ましいものを見るかのように横からニコリと眺めていた。
書かれている文字を追っていくも、そのような記載はない。
「ないぞ」
「では、マキさん。ステータスプレートの更新をしましたか」
「いや、更新とかあるのか」
初めて聞いたぞ。
「え? だって、契約の時と同じに手を上において、更新と言えばいいんですよ」
「そうか、やってみる」
ステータスプレートに置こうとした俺の手を掴んでパイオニアは俺を見る。
「もしかして、マキさん。初期値で上位種を倒したんですか!?」
「どういうことだ?レベルアップは、勝手に反映されるものだと思っていたが…」
「「え?」」
キルトとパイオニアがハモった。
「…え?」
俺も聞き返す。
「マ…マキさん。…もしかしてですけど、あのボスモンスター達と初期値で戦っていたんですか?」
「だから、レベルアップは勝手に反映されるものだと…」
「ククク、ク、あはははは!君達は本当におもしろい!僕の予想を何重にも上回るおもしろさだよ!」
耐えきれなくなったようにキルが笑い出す。
俺にはまだ何も理解できていないのだが。なぜかパイオニアは失神しかけており、キルは大笑いしている。
「教えてあげるよ、マキ君。スタータスプレートは、君の戦闘経験から経験値の値を算出する。その上で更新をすることによってレベルが上がったりする。レベルが上がると基本的にステータスが上がったり、スキルが出現したりするんだ。
だが更新をしなければ、レベルは上がらないし、スキルの出現条件を達成していても、スキルを使用することができない。という訳だ」
では、俺はなんのステータス強化も無しに戦っていたという事か。
「だが俺は、体力が上がったり、技術が向上していたと感じたのだが……」
「ああ、それはね、センススキルに該当するよ。センススキルというのは、そのスキルを持っていなくても向上する技術のこと。
例えれば、絵を描くスキルを持っていない人でも、絵を習って練習すれば、絵を上手く描けるようになるっていう感覚かな?」
そういうことか…それで俺は勝手に更新されていると勘違いしてしまったんだな。
やっと理解ができた。
「ちなみに僕は、もうレベル15を超えましたよ。ジョブも出現していますし」
えっへんと胸を張るパイオニア。すごいことなのだろうな。
俺はステータスプレートを机に置く。
右の手を上に乗せ、「更新」と言う。すると……。
「おお」
最初に契約を交わしたとき同様に少し光った後、更新は完了した。
また、逃げられないあの静電気がくるかと思って、少し警戒していたが心配は無用だったようだ。
「どうなってますか?」
ステータスプレートを持ち上げる。
自分の目に持っていくと、文字が浮かび上がるような形でデータが出現した。
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ジョブ:武器戦士 Lv,1 → 3
スキル:《器は我に力を与える》
ボススキル:《千手》
特殊アイテム:【千差万別 Infinite variety】
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◇◇◇
ステータスの更新をした後、スキルの効果を確かめるためにパイオニアと摸擬戦をした。
場所は、キルノタイトに庭を貸してもらった。
このとき問題になったのが俺のスキルの効果だ。
上位種、サウザントフラワーの討伐で取得したと思われるスキル《千手》は、まったく戦闘に向かないスキルであった。
見たことをそのまま伝えよう。戦闘中に発動させると、戦っている最中に手が一本増えたように見えるだけのスキルだった。他にも使い道があるはずだと願掛けのように何度も使ったが結果は変わらなかった。
触れられない、見えるだけ。まあ、フェイントに使えるぐらいだろうか。
ボススキルの利点はスキルがレベルアップするというところだ。
これからも戦いで何度か使用してレベルアップを促すのがいいとキルノタイトに言われた。
ジョブの発生と同時に手に入れたスキル、《器は我に力を与える》は、発動すらしなかった。
何かの条件を達さない限り発動しない類のものだという仮説しかできない。
こうして摸擬戦はスキルなしで行うしかなかった。
パイオニアは、スキルを発動させることができるらしいのだが、使って見せてほしい言うと、頑なに拒否された。
まあ、スキルというものが切り札になりえる場面があるし、パイオニアにはパイオニアの事情があると信じて無理に言いはしなかった。
摸擬戦で一日を潰し、夕方になった。
「マキさん」
「どうした?」
パイオニアは真剣な顔で俺に話しかけてくる。
「僕は今日、宿に戻った後すぐに自分の家に帰ろうと思います」
「それは、冒険者をやめるということか?」
「いえ、家に戻って、母に心配ないということを伝えたいと思うんです。本格的に冒険者を始めるために」
「そうか、少しの間お別れだな」
パイオニアは俯く。俺は本当に伝えたい内容はまだ話していないのだと察した。
「僕は王都に戻ってこないかもしれません」
「…ではしばしの間、お別れということか」
「ええ」
「こんなことを言うのは柄でもないが。少し寂しくなるな」
「僕もです」
パイオニアは話をしている間、俺の方向を向かず、ずっと夕日を眺めていた。




