忘れられた歴史
キルノタイトって、もしかして…。
「もしかして、あのときの冒険者さんですか? 僕らの街で英雄って呼ばれた」
キルノタイトさんは、苦笑を浮かべる。
「そんな呼ばれ方をされていたんだね…」
軽く頬を搔きながら苦笑する。
「ええ…」
僕もなんだか急に恥ずかしくなって俯く。だって、僕の生まれ育った街の大人達がはしゃぎながら言っていた単語だから。
「君が自分も英雄になれるかと聞いた、あのときの冒険者であってるよ」
もっと恥ずかしくなって机に頭が付くぐらいまで俯く。
「そこまで鮮明に覚えてなくていいです…」
「冗談さ。あのとき付けていた綺麗なペンダントのこともはっきりと覚えている。そういえば、あのペンダントはどうしたんだい?」
「あれは…家に置いてきました」
母がお守りとして作ってくれたペンダントは家に置いてきた。戦闘中に外れて無くしてしまうのが嫌だったし、家に気軽に帰れる理由を作っておきたいと思ったからだ。
「でも、あのペンダントの中身はもうないんです」
「青の欠片がかい?」
「ん、青の欠片ってなんですか」
「…いや、こちらの話だ」
キルノタイトさんには言葉を濁された。
強い冒険者だからいろいろな場所を旅してきただろうし、僕よりも知っていることが多いのだろう。あの青い玉にも何かのアイテムとしての価値があって、それでキルノタイトさんは綺麗だと言ったのかもしれない
まあいつも通り、人にも言いたくないことがあるだろうし、と割り切りたいところだが…気になる…。
「えっと、あの玉はもうどっかに行っちゃったんですよ。寝ている間にペンダントの箱が開いてしまったらしくて、どこかに…」
「そうか、それは勿体ない」
心底残念そうに言う。
「あの玉には何か特別な意味があったりするんですか?青の欠片とか、言ってましたけど」
「まあね、私の友人が大切にしていた物だから。勿体ないと思っただけさ」
友人てことは僕のお父さんと何か関係があるのかもしれない。
「友人さんはどのような方だったんですか」
自分の父親について少し気になってので聞いてみた。
キルノタイトさんは懐かしむように上を見る。
「冗談が好きでね、おちゃめなところが面白い人、だったかな」
あれ?僕が聞いた話だとライト侯爵は聡明で領のため一生懸命に働いているが、冗談のきかない堅苦しい人だと言われていた。
親しい人の前では違う姿だったのか、それとも違う誰かからもらったものを母に渡したのか…。
「その人とは本当に仲が良かったんですね」
「まあね、長い付き合いだから」
懐かしんでいるときのキルノタイトさんは楽しかった記憶を遡って思い出しているような顔をしていた。
「そういえば、僕はどのくらいの間眠ってたんでしょうか」
「丁度、一日ぐらいかな」
思ったよりも普通だ。よかった。
じゃあ、僕の隣に寝かされていたマキさんは、
「君の友人なら今日中に起きると思うよ」
僕の表情を見てわかったのか、質問を先回りして教えてくれる。
「ありがとうございます」
場に沈黙が降りる。僕は気絶する前に見たものを思い出す。
「あの、キルノタイトさんは――」
「長いからキルでいいよ」
「わかりました。キルさんは僕たちを助けてくれたのでしょうか」
「そうなるね」
そっか、最後に見えた光景はキルさんの攻撃だったんだ…。
でも、空から岩が降ってきて…。そういう事か!
エレメンタル種を従魔化することができる人なんて普通はいない。でも、もしかしたらキルさんなら。
「もしかして、キルさんはアースエレメンタルまで従魔にしてしまったんですか」
「ことの成り行きでね。それについては今度また会った時にでも話をしてあげるよ」
キルさんは一度言葉を区切って、それよりも、と続けた。
「パイオニア君の今のレベルが知りたいな。あれほどの強敵を冒険者になって間もない君達がどうやって倒せたのか」
「いいですよ、あ…」
ステータスプレートを出そうとして、僕は思い留まる。僕のプレートは透明な色。どうやって説明すればいいかもわからないし…。まあ、いいか。
「僕のステータスプレートは透明な色をしているんです」
机に手のひら大のプレートを置きながら僕は話した。
キルさんはそれをまじまじと見つめる。
すると、いきなりキルさんは笑い出した。
「あはは! これがパイオニア君のステータスプレートか」
「どうされたんですか?」
「君には冒険者の資質があると言った私の昔の言葉を撤回させてくれないだろうか」
おもむろにキルさんは言った。
僕には才能がないという事かな。やはり僕には…。
「君には天性が宿っている。ここまでの事が出来たのは君が初めてのはずだ」
「僕には意味がわかりません」
キルさんは顎に手を置いて一つ頷く。
「うん、今の君には分からないかもしれない。でもね、いつかは分かることになると思う。強いてヒントを挙げるとするならば、君のあ母さんのお守りはいつでも君の心の中にあるという事、かな」
僕には何を言われているのか全く分からなかった。
立て続けに質問しようとすると、それを遮るようにキルさんは立ち上がった。
「さて、私はそろそろ昼ご飯を作らなければならない。パイオニア君が元気に回復してくれて良かったよ」
「いえ、それはキルさんのおかげです」
キルさんは朗らかな笑顔をする。
「パイオニア君は外で僕の従魔と遊んでおきな。軽いリハビリにもなると思うから」
「わ、わかりました」
僕はキルさんの流れに乗せられて、キルさんの従魔と軽く戯れることになった。
その最中に僕が依頼を受けたときに出た賠償金はキルさんが払っていてくれたのだと気付き、申し訳ないなと思った。あとで、感謝の言葉でも伝えておこうかな。
◇◆◇
❑-マキ
目が覚めた。
周りを見渡すが見覚えのある部屋ではない。布団に座り周りを見渡す。
ここは昔、話だけで聞いた日本家屋の書院造りというものに似ている気がする。日本の大昔の家の造りだとか、文化だとかと聞いたことがある。
床は多分、畳というものでできていて俺の正面にある木枠に薄い紙を貼ったもの、障子が開け放たれていて、そこには縁側も見えていた。
心地の良い日差しが障子の開け放たれた部屋に満ちている。
「起きたね。よかった」
家を観察していると、襖から一人の男が顔を出した。服装は薄い和服を着ている。歳は三十路ぐらいだと思うが、もっと若くも見えるつかみどころのない、不思議な男だった。
「お前は誰だ?」
訝しんで聞くと、男は朗らかに笑った。
「私の名前はキルノタイト。 キルって呼んでくれて構わないよ」
「物騒な呼び名だな」
そう俺が言うや否やキルノタイトと名乗った男は目を見開く。
「お!君も古代語がわかるんだね。うれしいや、私意外にも古代語が分かる人がいるなんて。では、私のことはキルトとでも呼んでもらおうかな」
キルというと、英語で殺すという意味になる。それを物騒だというと、彼は何故か喜び始めた。
というか英語にキルトという単語もあった気がするが中々思い出せない。まあ、いい。キルトと呼ぶことにした。
「古代語ってのは、なんだ?」
「まあまあ座って。説明してあげる」
俺が寝させられていた布団を片付け、机に座る。俺の横にもう一人分の布団があった。パイオニアもここに寝かせられていたのだろうな。
多分、この男が俺らを助けてくれたのだろう。俺が気絶する前、パイオニアがパワーゴブリンに殴りつけられているのを見た。この男は、あのジェットスライムや、もしかしたらパワーゴブリンも倒したうえで助けてくれたのかもしれない。
「俺の名はマキだ」
「もしかして、漢字とかもあったりする?」
「真なる木と書いて真木と読む」
「へえ~、いい名前だね。…僕の友達みたいに……」
「ん?」
「いやいや、なんでもないよ」
本当につかみどころのない人だ。意味深なことを何度も言ってくる。それに、何かを見透かされている気分がするのは気のせいだろうか。
「ところで君は、どこで古代語を知ったんだい?あ、古代語というのはね、もともと神達が使っていた言語のことだよ。
今では文字も変形して名残なんて殆ど残ってないし、英語という書き方の文字もあったんだけど、完全に忘れ去られてしまっているよ」
ここの文字は、ひらがなやカタカナを少し変形させたような文字を使っていてすぐに理解することができた。
英語か……。確かボスモンスターの名前にも使われていたが、あれはこの世界の文字つまりカタカナのような字で書かれていた。
パイオニアには意味もわからなかったのかも知れないな。
英語も知っていたおかげでボスとの戦いに生かすことができた。
それらは全てあの場所で教えられたこと。
「昔の知り合いが教えてくれた。知識と共にな」
キルは少し思案した後に家を見渡した。
「……そっか、じゃあこの家の造りも知っているかい?」
「ああ、日本家屋の書院造りというものだと思ったがどうだ?」
「大正解だ。すごいね。そんな知識まで教えてくれた人は、さぞかし賢い人だったんだろうね」
男の言い方が少し引っかかった。まるで俺が何を知っていて、何を知らないのかを確認するような響きだ。
予感だがこの男は、俺に関わる何かを知っているのだろう。
「何が言いたい?」
「あはは、ごめんね。気分を悪くさせちゃったみたいで。お詫びに君の知らないことを私が答えられる範囲で答えてあげるよ。まだ知らないことが沢山あるんだろう?」
話を変えてきたのは、不本意だったが悪い関係は築きたくない。それに、この世界の知識がまだ不十分である以上、この男から聞き出すのも手だと思う。
ここは引き下がっておくべきだ。
「そうだな、いろいろと聞かせてもらおう」
「ところで君は何が知りたいんだい?」
俺は、この場所にきて質問ができるほどの知識を持ち合わせていない。だから俺が聞くのは…。
「この世界についてだ」
「それはまた大雑把だね。じゃあ、知っていることもあるかもしれないけど、この世界の大陸と始まりから語るとしよう」
「感謝する」
キルノタイトは改まったように目を伏せてから、話を始めた。
◇◇◇
この世界の名前はね、フロントエンドと言うんだ。古代の神々がこの世界を呼ぶときに使っていた単語だというところまではわかった。
他にも、アンダーグラウンドと呼ばれたりしていたらしい。確か、アンダーグラウンドは古代語で地下や秘密結社という意味があるらしいけど、なぜそのように呼ばれていたかは、私は知らない。私は、どちらかというと響きからしてフロントエンドという呼び方の方が好きかな。
話が逸れてしまったね。このフロントエンドは、一つの大陸で出来ている。これは確実だ。そして、その大陸は大きく分けて三つに分かれているんだ。
そうだね、角の丸くなった逆三角形を思い浮かべてみてくれ。
南には、僕らが今いるユニット王国があり、ユニット王国の北東側には、大きな森林地帯が広がっている。
そして、南と、北東の二つの角と最後の西側である左角を分けるように、長くて高い山岳が聳立っている。その向こうにはミルドナットと呼ばれる異国が存在する。
ミルドナットについて、私はほとんど知りえていない。あまりにも異国だからだ。私が知っていることと言えば今も神を過度に崇拝している者が大勢いて魔物と戦争を繰り広げている、という内容だけだね。どういう意味かまでは理解できないが。
そして、私は一つの大陸と言ったが例外もあるんだ。空には浮島と呼ばれる誰も知らない未知の大陸が浮いている。その大陸は森林地帯と山岳地帯の北側を昔も今も時間を掛けて行ったり来たりしている。昔の術者や神が作り上げた島だとという説があるのだが真相は誰もわからない。
他にも元々は四角かった大陸の一部を浮かせたっていう説もあるね。こっちの方が有力だと考えられているし。
じゃあ、フロントエンドがどのようにして始まったのかを説明するとしよう。
先期の文明を作り上げたのは、二人の神と七人の使徒と言われている。
神は共に天から降り立った使徒達に六日をかけてフロントエンドで生きる術を伝えたいった。最後の日、神は使徒に使命を与え山岳の頂上に居座った。その使命が何だったのか知っている人は使徒意外にはいないという。
そして神は、外からどんどんと人をフロントエンドに召喚していった。使徒は、使命に従ってか自分の意志か、召喚された人を集めて文明を作り上げていった。
山の頂上から全てを見届けた二人の神は、獣に襲われる人を見て魔法の力を与えた。そして、その力を引き出す道具である銀の板を作る術を教えた。その板が、今のステータスプレートになるんだろうね。
いつの日にか、二人の神は元の世界に戻って行ってしまった。
それからも文明は、使徒の先導で新しく作られていき、開拓されていった。その過程で、一つであった文明も、何個かに分かれ、今の形に近づいてきたという。
この世で最も神を崇める者達が集まってできた国が、ミルドナット。
生きるために集まり王国を作り上げてできたのが、私たちが今いるユニット連合王国。
自らの力で生きる術を手に入れた人が、浮島の住人という伝説も残っている。
でもね、神の使徒は時が来ると代々交代されてきた。今も使徒は存在しているはずなのだけれど、その存在を知っている人はもういないのだろうね。
そして、長い年月が経ったがために使徒自身も自分がそのような存在だということを知らずに生きているのかもしれない。
▽△▽
「さて、この世界という質問については話し終えた気がするけどね」
「まだ何か隠しているか?」
「言ったじゃないか。私が言える内容は全て話すと。そんなに警戒しないでおくれよ」
「そうか。だが、面白い話をありがとう」
「いやいや、大丈夫さ。こんな話、ユニットに住んでいる人達はもう忘れてしまっているのだろうね」
そう言うキルトの顔は憂いに満ちていた。
そのような歴史を何故キルトは知っているのだろう
「そのようだな。俺もお前が言った内容は、ほとんど初めて聞いた」
少し考えているような素振りを見せた後。
「私の友人が残して行ったものなんだけどね、君が来たら渡すように言われていたんだ」
といいながら手のひらほどの大きさの小さな四角い箱を裾から出してみせる。血のような赤い色で、血液が流れているかのようにドクンドクンと波打っている。
不気味だな。
「それは何だ?」
そう言った瞬間、悪寒が走った。
悪寒を起こした犯人は、不気味な箱ではなく……キルノタイトだ。
俺が箱の正体を問うた瞬間にキルの顔に張り付いていた朗らかな笑みが消え、箱の存在よりも更に不気味に笑う。
「私が聞く限り、君は外の世界から来た人間だね?」
キルの不気味に笑う口元が言葉を紡ぐ。




