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祝詞 ―願い人の残華―  作者: 輪叛 宙
序章:思い出の街
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第二話:滝壺の神社

「ふぅ、よいしょっと――君も座ったら?」


 境内に戻り、少女は拝殿の出張りに腰掛け、信也に手招きをした。着席を促されているのだろう、信也は疑心を抱いたまま、彼女の隣に座り込む。

 肩と肩が触れ合う距離だ、信也の心臓は爆裂しそうなほどに鼓動を速める。いやいや、平常心で行こう。信也は赤く火照った自分の頬を引っ叩き、「僕は紳士だ、やましい気持ちはない」と、自問自答を繰り返す。謎の少女に主導権を奪われっぱなしだ。

 ここいらで挽回してやるぞと息巻いて、自分の動揺を誤魔化すべく、彼女に問いかける。

 

「それで、君は何なのさ。肝心なことを聞いてないよね?」

「それはあ、秘密です。ミステリアスな女の子って、そそられるでしょう」

「いや、そういうのはもういいから。ほんとのとこはどうなの? 高校じゃ見ない顔だけど……まあ、僕も転校してきたばかりだけどさ」

「へえ、転校生なんだあ。友達できた?」


 少女に痛いところを突かれ、信也は口ごもってしまう。自慢ではないが、入院期間が長かったのもあって、まだ自分はクラスに馴染めていない。

 見事な孤立っぷりである、唯我独尊とかカッコいい言い訳は通じないだろう。一周回り、自分への精神攻撃として跳ね返ってくるだけだ。

 図星なんだ、と少女に額を小突かれ、信也は彼女の温かい指が触れたおでこを押さえ、また言い返せなくなった。


 少女に悪意が無いことだけは確信できるが、こう仕返しをされてばかりでは、男の威厳がどんどんと失われているような気がする。

 彼女は秘密主義なのかもしれず、信也は問答をする意味を見出せなくなり――というよりは、完全に言葉負けしてしまい、次第に気力は吸われてしまった。


「もしかして、バイト暮らししてるとか? まぁ、君が答えたくないなら聞かないよ。なんか、返り討ちに遭うだけのような気がするし」


 濁されるだけなら仕方ない、信也は諦めて顏を上げる。宙ぶらりんになった両足を交互に動かし、るんるんと鼻歌を口遊む少女が、少しだけ憎らしかった。

 しかしながら、信也はその場を離れようとはしない。思いの外、彼女の隣が居心地良かったからだ。初めて出会った少女に安らぎを感じるなど、自分はおかしくなってしまったのだろうか。

 それとも、男のサガというべきか。信也は馬鹿なことを考えるのはやめ、居心地のよい時間だけに身を委ねてゆく。


「ねぇ、貴方には望みがないの?」


 ふと少女の溢した言葉に、信也の心臓が高鳴る。信也へ微笑む少女の優しげな横顔は、自分の不安を見透かしているようだったからだ。ゆえに、信也は吐露してしまったのだろう。


「そうだね、友達がほしいかもしれない」


 ――と。


 ずっと憧れてはいたのだ、小中学校と中途半端な出席日数になり、友達の話題についていけなかった信也は、教室の隅にある机にぽつんと座り込み、楽しそうに笑う同級生達を、羨ましく眺めるだけだった。

 万全とはいえないものの、日常生活は難なく行える程度には回復し、いざ退院して県立柳仙谷高等学校に通い始めたものの、昔の自分とさほど大差なく、信也は教室で浮いた存在となってしまっていた。

 同級生からしてみれば、二学期から田舎の学校に編入してきた身の上で、数ヶ月前までは病気を患っていた少年だ。いじめられることはなかったが、クラスメート達は自分に気を遣ってしまい、余所余所しく接してくるのは仕方がないことだった。


 誰だって嫌だろう。病み上がりで療養中の根暗男に絡んでいて、信也の体調が悪くなった途端に、病状悪化が自分のせいにされてしまうのは。

 だからこそ、形だけの優しさはあるものの、信也に仲が良いという生徒はできなかった。病気は治ったはずなのに、自分は素直に喜べないでいる。昔はお構いなしに引っ張ってくれる友人がいたんだけどなと、信也は自虐的な感傷に浸ってみたりする。

 

「だったら、私が貴方の友達になるっていうのはどう?」

「それ、冗談でも嬉しいかもね」


 あはは、と噴き出してしまった信也を冗談めかし、微笑む少女は自分の肩に手を触れてくれた。初対面の相手からの提案だ、普通ならば拒絶するところだろう。

 しかし自分は、無条件で彼女を信じたくなっていた。それが友情なのか、はたまた別の感情なのかは分からない。それでも少女があまりにも純粋だったから、信也は心を許そうと思えたのだ。

 

 本当に不可思議な娘である。


 「もしかしたら君は天使なのかもね」、なんて背筋が凍ってしまいそうなほどに、気障きざなことを考えながら、「やっぱり僕には言えないや」と自分への似合わなさに愕然としつつ、少女の穢れ無い藍の瞳を覗き込み、信也は頷く。

 自分を見つめる彼女の瞳がとても綺麗だったから、本当に人じゃないのではないかと、信也は馬鹿馬鹿しい錯覚をしてしまいそうになりかけていた。


「私はいのりっていうの、よろしくね」

「うん、よろしく祷。僕は日比野信也だよ」


 寂れた拝殿の前で、祷と信也は互いに握手を交わす。二人の出会いは予定調和のように、すんなりと潔く、清々しいもののようであった。


「ところでさ、祷の方には叶えたい願いとかないの?」

「私に? どうして?」

「いや、友達になってくれたお礼というか、さ」


 小首を傾げる祷を隣に、信也は鳥居の方へ視線を泳がせて頬を掻く。この時、自分の胸の内を満たしたのは、大きな感謝と照れくささだった。その感情は友達になってくれたことに対するものではなく、もっと漠然とした大きな事柄へのものかもしれない。けれど、それが何であるかは知る術もないが。


「私の願いかあ。そうだね、もう一度秋祭りが見たいかもしんない」


 ううん、と思わせぶりに悩む素振りをした後に、祷は湿った吐息を溢すと、木々の合間から覗ける黄昏の空を見た。先程までの慈愛に満ちた表情とは違う儚げな顔で、どこか悟ったように虚ろな瞳になり、遠い日の情景を思い起こすように、ただ彼女は哀愁に浸る。


「昔、柳仙谷で十一月にやってた華姫はなひめ祭りのこと?」

「うん、君も知ってたんだね。私は、あの祭りが好きだったんだ」

「それは僕もだよ。あの祭りは特別なんだ、でも……」

「うん、分かってる。あの祭りは、もう二度と行われない」


 祷は膝の上に手をついて項垂れ、諦めきったように眉を曇らせている。

 信也は足元に伸びる石畳マス目を目で追い、口籠ることしかできなかった。可能であれば祷のため、そして信也自身のために再開を願いたい。

 しかし、町の決定により廃止されたものを、高校生一人の力でどうにかできるはずもないだろう。信也は力不足を嘆きつつ、浅ましい願望を黙殺する。


「ごめん。そのお願いはちょっと、僕にはどうすることもできないよ」

「いいよ、そればかりは仕方のないことだから。それより、信也は帰らなくてもいいの? もうだいぶ暗くなってきたけど?」


 鱗雲の泳ぐ夕焼けの空を指差し、祷は信也に帰宅を促した。時刻が気になり、ポケットから携帯端末スマートフォンを取り出してみると、液晶の画面には午後五時と記されている。

 あまり遅くなると姉が心配してしまうし、そろそろ潮時だろう。信也は腰を上げ、再び携帯端末をポケットに仕舞い込むと、祷に別れを告げる。


「祷はどうするの? よかったら家に送るけど……?」

「もうしばらくしたら、私もお暇しちゃおうかなあ。信也は先に帰りなよ。きっと次も、私はここにいると思うから」

「じゃあ、またここに来れば会えるんだね。いつがいいかな?」

「信也の好きな時でいいよ。会えれば話すし、そうじゃないならのんびりするだけ。最近は暗くなるの早いし、気を付けて帰ってね」


 信也が差し出した手に首を横に振り、祷は自分の誘いを拒絶すると、また境内の縁に座り込んでしまう。梃子でも動く気はないらしい。

 信也は少女に無理強いせず、一足先にお遑することにした。彼女も子供ではないのだ、勝手気ままに帰宅することだろう。信也は片手を挙げて境内を立ち去り、もう一度振り返って手を振った。


「またね、祷」

「うん、またね信也」


 そんな別れの挨拶を二人は交わし合い、木々の葉の合間に落ちる夕日の斜光を浴び、滝の音だけが忙しなく轟く境内に、少女は一人立ち尽くす。

 やがて信也の去った神社に風が吹き抜け、境内には枯れ葉と砂埃が舞いあがっていた。

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