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祝詞 ―願い人の残華―  作者: 輪叛 宙
第三章:神楽と舞巫女
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第二十話:後輩の家に向かう

 日の高く登った正午過ぎ、商店街の分岐路の一角にある大判焼き屋の前に、品物を購入する客が列を成していた。営業を再開した初日ということもあり、客入りは悪くないようだ。

 オープン当日というのは、物珍しさから皆が訪れるものである。大盛況を維持できるかは、敷田杢敏の振る舞い次第だが、彼も本業と並行しているため、趣味と割り切っているようだった。

 紙袋を下げた人々が路地を引き返す姿を横目に歩き、暁嗣との約束に応じた信也と紗希は、大判焼き屋のカウンターに向かう。

 一方の暁嗣は販売店用の大きな大判焼き器を巧みに扱い、奥の厨房で次の下準備を進めつつ、息子を心配する父に見守られる。暁嗣の接客態度は申し分なく、「へいらっしゃい」という威勢の良い掛け声が、実に屋台らしいと感じる。

 

 が、来客が多いのはいいことばかりではなく、大判焼き屋が大繁盛なばかりに、親子が機敏に動かなければ客足がはけず、忙しさのあまりに二人は目を回していそうなものである。

 とてもではないが話しかけられる雰囲気ではない。大判焼きやたこ焼きなどの追加注文に備え、杢敏のタオルを巻いた額に汗がを浮かべつつ、素早く手を動かしていた。

 暁嗣も暁嗣で袋詰めした商品を客に手渡し、きっちりとおつりを手渡した後に頭を下げ、「お待たせしました」と次に注文した客の相手を務める

 付け入る隙はなしだ。声を掛けるタイミングが見つからず、信也と紗希は逡巡すると、作業が終わるまで待つかどうかの相談をした。


「まだ時間がかかりそうね。土曜日の授業はお昼までだから、暁嗣も帰って来たばかりのはずなのに、良くやるわよね」

「僕達も暁嗣君を手伝ってあげたくなるよね。作業の遅い僕達じゃ、戦力外通告をつけちゃうだけかもしれないけど」


 困ったように眉を伏せ、二人は顔を見合せる。暁嗣に会いに来たはずなのに、相手にされないのでは、二人して遊びに出かけたのと変わらない。

 そう考えると、信也は気恥ずかしくなった。まるで紗希とデートをしている最中に、友人の働く店に立ち寄ったみたいではないか。

 心臓の鼓動がうるさく鳴り響く。平常心が大切だ、信也は深呼吸を繰り返し、どうしてこうも紗希を意識してしまうのか、それを自分に問いかける。

 紗希と行動するのには慣れたつもりだったが、部活動という縛りが無いだけで、途端に信也の心は動揺するように揺れ動いたらしい。


 これはあれだ、新種の病気なのだろうか。信也は締め付けられるような胸の痛むと、妙ちくりんな多幸感の板挟みになり、心の乱れを正そうと紗希を見る。

 いつも制服ではなく、私服に着替えた紗希の雰囲気が違うのは当然である。年相応に着飾った紗希は、色っぽいというよりは可愛らしい。

 ふと異性の放つ魅力の一端に触れてしまい、信也は目をそらして赤くなった頬を掻く。彼女は今、何を考えているのだろうとか、仕様もないことが気になった。


 一方、シャツの上にブルゾンを着重ね、柄物のスカートを穿いた紗希も、自分がどう見られて言うのかと考え込むふうに、両手で持った鞄へ視線を落とす。

 沈黙はだめだ、ここは男の自分がリードすべきかもしれない。良い話題はないものかと思い巡らし、服を誉めていないことに気がつく。

 姉に良く注意されたものだ、女の子が新しい服に着替えて見せたのならば、男として褒めておけ、と。恋愛経験のない姉の言葉が、どこまで信用に値するかは分からないが、とにかく姉の顔を立てるという結論に行きつく。


「そういえばさ、僕が紗希の私服姿を見るのって、今日が初めてだよね?」

「えっ!? そうだったのかな? その、どこかおかしい所でもある?」

「いや、別にないよ。普通に似合ってると思うけど」

「そう、よかった。久しぶりに余所行きの服を着たから不安だったの」


 紗希はスカートの裾を摘んだり、上着を見回したりした後に、信也に「ありがとう」と感謝を述べる。服装が賞賛されるとは、思いもよらなかったようだ。

 が、彼女が謙遜する必要性はないように思った。信也は率直な感想を口にしただけなのだ。制服に隠されていたが、私服になった紗希はの体は、女性らしいボディラインが際立つ。

 発育がいいのも母親譲りなのだろうか。また意識してしまったのか、心臓の動悸が激しくなり、信也は煩悩を払うべく首を振った。少し煩わしい感情だが、不快感は特にないので可笑しなものだ。

 と、信也は重そうに鞄を持つ紗希を見つめ、


「そうだ! 紗希、僕が鞄持ってあげようか?」

「この鞄のこと? 大丈夫、私物入れだからそんなに重くはないもの」

「でもほら、鞄には請願書も入ってるし、僕が手ぶらのも悪い気がする」


 少女に荷物持ちをさせるのは忍びない。信也は自分にできることを考え抜き、紗希の持つ鞄へ手を伸ばしたつもりだったが、しかし自分の指が彼女の手の甲に触れてしまい、思わず手を引っ込めてしまった。

 まったく、自分達は何をやっているのだろう。ぎこちなくも頬を染めた紗希は、信也を意識するみたいに俯き、胸元まで鞄を引き寄せた。

 堂々巡りである。信也は両手を前に突き出し、言い訳するように謝る。


「あっ、ごめん! 不注意だったかもしんない!」

「気にしないで、信也。その……気持ちだけは受け取っておくね」


 雰囲気がぎくしゃくしてしまい、信也と紗希はチラ見し合いながらも黙り込む。一方で、大判焼き屋で作業を続けていた暁嗣は、店の行列と離れて屯する信也達を見つけた杢敏に肩を叩かれていた。

 二人が待ち惚けを被っていることを知らされたのだろう。杢敏が店番交代を申し出たらしく、暁嗣は用意したビニール袋を手に提げ、信也達の方へ近付いた。


「よう、お二人さん。こんなとこで盛られても困るんだけどな?」

「その喩え、おかしいからね。それはそうと、暁嗣君はお店の方はいいの?」

「こっちは大丈夫だ、親父が替わってくれるってよ」


 大判焼き屋のカウンターを指差し、暁嗣が事情を説明すると、紗希がホッと胸を撫で下ろすように、そう、と彼女は深い息を吐き出していた。

 

「暁嗣と杢敏さんは上手くやれてるみたいね」

「おかげさんでな、少しずつマシにはなってんよ。悪いな、待たせちまって」

「大丈夫。明日は著名活動をする予定だけど、今日はやる事なかったからね」

「地元スーパーの許可が下りたらしいな、めでたいことだ」


 そう軽薄に言うと、厚紙の四角い箱が入ったビニール袋を、暁嗣は持ち上げる。


「とにかく、今日は俺に付き合ってくれ。こいつが蒲原先輩への届け物だ」


 暁嗣の持つビニール袋には、八個入りたこ焼きの包みが、七箱も押し込まれていた。一般女性の平均的な食事量からして、七箱は多過ぎではないだろうか。

 大食漢だな、と信也の眉が震え動き、紗希の口元も引き攣っていた。が、ここまでは予期していた反応だったらしく、暁嗣はしっかりと解説する。


「言っとくが、これ全部を蒲原先輩が食う訳じゃないぞ?」

「ああ、やっぱりか。安心したよ、細身の輪菜さんが大食いだと違和感あるから」

「今は時期が時期だからな、自宅に集まる客が多いんだろ?」」


 暁嗣は集団客だと念押しし、蒲原輪菜の名誉を守る。


「そういえば、そろそろ里神楽は外に出向く頃よね」

「そういうこった。たこ焼きは休憩時間に摘むもんさ」

「成程ね。よく分かったよ」


 信也が納得し、歩き出した暁嗣が大判焼き屋の横にある車庫の方へ向かう。

 暁嗣は列を連ねる客達に頭を下げると、軽の箱バンが発進できる程度の間隔を空けるように呼びかけ、車両の通れる道幅を確保させてもらった。そして暁嗣はシャッターの下りた車庫の前に立ち、


「おし、ちょっと待ってな」


 暁嗣が車庫の外付けボタンを押し込むと、シャッターは駆動音を発して開き始めた。下から上へ、シャッターはゆっくりと昇っていく。

 信也の住む平屋の車庫とは違い、全自動とは羨ましい。原付免許もない信也は車庫を使うこともなく、見てくれだけの評価だが。

 


「一週間前は気に留めなかったけど、色々と置いてたんだね」


 信也が車庫の中を見渡すと、ジャッキやスタッドレスタイヤに日用の工具類、さらには棚や空き場所にまで部品が散らばっていた。

 一通りの物は揃っているという印象である。軽い修理やタイヤの付け替えならば、十分に活躍しそうな車庫であった。


「二人も遠慮なく乗ってくれ。蒲原先輩の家までは、俺が運転すっからさ」


 車の鍵を開け、運転席に座った暁嗣は窓から顏を出すと、信也と紗希を呼び込む。二人は暁嗣に急かされるように駆け出し、信也は助手席に、紗希は後部座席へと、それぞれ乗り込んだ。


「そういえば、今日は姉ちゃんに連れて来てもらえなかったんだな」

「うん。姉ちゃんも用事があるらしくてさ、そっちを優先してもらったんだ」

「私達も香奈絵さんに迷惑は掛けられないから、今日はお母さんに頼んだの」

「駅前までか? 帰りは俺が送った方がいいかもな」


 「とりあえず行くとしますか」と、そう宣言した暁嗣は前方注意の心得を忘れずに、信也と紗希の会話を聞きながらも、車のエンジンをかける。

 軽快なエンジン音が鳴り響くと、暁嗣はクラッチとブレーキを踏み込み、ハブギアを操作した。他人の子供を引き連れているからなのか、暁嗣の運転する箱バンは制限速度を守り、ゆっくりと商店街の近くにある脇道に出た。大判焼き屋が目当てだった人々が、横並びに引き返す狭い小路を低速で進む。

 やがて信也達を乗せた白の箱バンは、目的地である蒲原家を目指すのだった。

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