琥珀とアンドロイド
ヒジリとは、祝い事のためだけに作られ、本来の用途が終わったら別の面倒臭い任務を任されたアンドロイドの少年である。
俺には2人親友がいる。サンカとノリトという同級生だ。この高校で2人と出会い、すぐに意気投合した。するようにした、というのが正しい。なぜなら俺の目的は2人の監視だった。2人の1日の行動を研究所にメールで伝えるのが日課である。
サンカはある日地球に現れたという竜人を再現しようとした際の失敗作。処分しようとした時に逃げ出されたものの、そのまま観察を続けているのだそう。
ノリトは数十年前に盛んだった植物と人間を組み合わせた生物の数代目。ノリトの家族は偶然近くに逃げてきたサンカを快く受け入れたのだとか。
ここまで観察してきてわかることは、サンカは恥ずかしがり屋で、内気で、少々ネガティブだが頭が良い、そして言うべきことはちゃんと言うタイプ。ノリトは朗らかで優しく、人と話すのが好きで、基本的にはポジティブで勉強は普通程度にできる、そして誰かの一言を待つタイプ。
もう一つ共通してわかることがある。それはお互いがお互いを親友や家族としてではなく深く愛し合っていることだ。しかし、サンカが思いを伝えない限り、2人が結ばれることは無いのかもしれない。
チャンスは沢山あった。高校では修学旅行や体育祭がある。サンカが言うには学校の創設者が日本人らしく、遠い日本という国の文化がこの地に根付いているのだそうだ。
何となく、2人の恋については研究所に報告しなかった。汚い大人の娯楽として見るにはあまりにも純粋な恋だから、興味本位で穢されるのは御免だった。
しかしある日のこと、その隠蔽はバレてしまった。俺の目にはカメラが内蔵されているのだそうだ。殺されてもいいから、2人の邪魔をしたくなかった俺はその日のうちに両目を自分で抉りとった。そして学校に行くことをやめた。
異状に気づいた2人は俺の家のドアを無理矢理こじ開けた。俺の心配ばかりして、自分たちが何をされていたのかなど、全く気にしない。より一層、2人と一緒にいたくなってしまった。
ノリトの両親は植物に詳しい。そのため、木の樹液の化石である琥珀を利用して俺の義眼を作ってくれた。人体によく馴染む細工があるらしく、不思議と目が見えるようになった。
「ごめんね、今琥珀の在庫が乏しくって赤い琥珀しかなかったの。大丈夫かな?」
ノリトのお母さんが申し訳なさそうに鏡に俺の顔を映した。確かに赤い目だ。かっこいい。
「ママ、これすっごいカッコイイ!!良かったじゃんヒジリ〜!!」
俺がリアクションする前にノリトが叫んだ。サンカも無言で親指を立ててくる。
「2人に聞いてるんじゃないの。ヒジリくんに聞いてるのよ。」
「俺も、かっこいいと思います。」
「そう!良かったわぁ!」
そのあとどうしたかと言うと、俺もノリトの家族になった。もっとそばで2人を見守れる。そう思うと幸せだった。
今日も授業だ。いつも通り学校に向かう。
「サンカの好きな人は〜」
「言うなよバカ!!ちゃんと自分で言うから!!」
「じゃあ早く言いなよ〜。ほれほれ。」
「まだ、…恥ずかしいだろ。」
この会話を聞いてノリトはあからさまにビクビクしている。これでもし自分じゃなかったら。怖いだろうな。
それは昼休みの間に起きた。どこまで完璧な侵入だったんだろうか、そいつがやってきたことは誰にもわからなかった。ただのスーツに右手にはナイフ。ふと聞こえた言葉は「やっぱり殺したくはないです」だった。何か焦ったような表情のそいつは、腹を括ったような様子で俺たちの方に向かってきた。多分、狙ったのはサンカだ。気がついた時には身体が動いていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
犯人の呟きが聞こえた。理解した途端に痛みが襲ってきた。誰かの悲鳴が聞こえる。
あぁ、刺されたんだな。
ナイフを抜いた男はまた別の場所へ。
「ヒジリ!?ヒジリ!!しっかりしろ!!!」
と言われても、多分これはダメなやつだな。俺は半分機械だ。大事な器官をやられている。
「サンカ、ノリト。2人が幸せになるところまで観察したかったなぁ。」
「何言ってんの!ヒジリがいなくちゃダメなんだよ!!」
「…いや、そんなことはないさ。お前らなら大丈夫。…きっと神様がいるから、また出会えるよ。だから、」
安心して生きてくれ。と言い切ってやれなかったことが心残りだ。