覚えていた男
「プラチナさん!今日も稽古をお願いします!」
とても真っ直ぐな瞳でアルゲンが俺を見る。可愛い弟分。
「おぉーいいよいいよ。って言ってもアルゲンは十分強いだろ?」
「いやぁそんなことないですよ!ほら、早く剣を持って!」
「はーいはい。」
遥か遠い昔、ジェードとしてこの地球に降り立った。
かなり昔、賢史として生まれ育って散った。
とても昔、一研究員として凄惨な現場を打ち壊した。
昔、プラチナとして生を受けた。
アルゲンの正体は初めから知っていた。何度も呼び間違えるほど。
本当はアルゲンだなんて呼びたくない。だってお前は、俺の親友の…
「なぁ、零。」
「だから、アルゲンですって。誰ですかゼロって。」
先代のプラチナはどうやらヒマノフトの研究をしていたらしい。残された書物によると、ヒマノフトは昼間や満月の夜に弱くなる。夏には出てこない。冬が最も凶暴である。
まるで日本のようだ。ヒマノフトを作っている人物がいるとすれば恐らく日本に縁の深い人だろう。
果てには夏と南は味方であるとも書いてあった。その理由は未だ不明らしい。
俺には探さなくてはならないものがある。かつて俺の妻だった人だ。今はどこにいるのだろう。
ある儀式を行えば夏にヒマノフトを呼び出せるらしい。夏の夜、火を炊いて笹の葉を焚べると良いらしい。実際にやってみたところ、本当に来た。ヒマノフトにしては小型で美しい見た目。
「初めまして、デネブと申します。何かご用件がおありで?」
しかも喋るとは。
「いや、本当に来るのか試したかったんだ。でも、せっかくだから色々聞かせてもらおう。…そうだ、なんで夏と南のヒマノフトは俺たちの味方なんだ?」
「榊様という良識のある月界人が夏と南を司る私たちを導いてくださっているのです。未来ある人類を守れと。」
榊…?聞いたことがあるような。
「ふぅむ。えー、ヒマノフトに食べられた仲間たちはどうなっているんだ?何か知っているか?」
「えぇ。実際のところ、消化されたりということはありません。しかし瞬時に天界にある元素と魂の分離施設に移されます。ヒマノフトの口は言わばワープホールとかいうやつです。」
「ワープか…。だからヒマノフトを殺しても食べられた仲間の残骸すら出てこないわけか…。」
「そうです。一応私たち夏と南のヒマノフトにもワープホールは備えられていますが、富士の山頂に繋がるように設定されています。」
「それはどうしてだ?」
「地神センのいるその場所は長いこの星の歴史の中でも不壊の地とされていますから。もしも彗星がまた来たらあなたがたをお守りすることができます。」
「全員丸呑みか。面白いな。」
「絵面は悪いし私達は生き残れませんがね…。」
「…もしも今俺を呑んでみろと言ったら?」
「できますよ。やりますか?」
「…昔命懸けで護った国だから、母国の土を踏みたいだけさ。」
「そういうことでしたら。」
デネブは一気に化け物の姿に変わった。あぁ、見たことがある。これは…白鳥だ。
呑まれる寸前、視界の端に銀色の光が見えた。
…また置いていってしまうのがちょっと申し訳ないが、きっとまた会えるだろう。
一瞬だった。目の前の森は無くなり、足元はゴツゴツとした岩ばかり。
「これが富士か…。」
「…お客さんにしては落ち着いてるみたいだけど、どちら様?」
話しかけてきたのは少女のような姿の人物。
「あぁ、俺はプラチナ。ヒマノフトに試しに呑まれてきたんだが…。」
「大層な変わり者のようね。私はセン。ここから出られない神様で元人間よ。」
「だいぶ喋るもんだ。」
「バレて損する情報は無いもの。」
「随分強気なようで。」
「不老不死なだけよ。カノコ〜お茶ってあったかしらー?」
遠くで返事をする声。カノコ?とても聞き覚えがある名前。いや、聞き覚えなんてものじゃない。一番忘れちゃいけない名前だ。
「花乃子!?」
「えっ、前世で知り合いだったとか?」
「違う、花乃子は俺の妻だった人だ!」
「何それすっごいロマンチック!いやぁ、レイ君たちには悪いけど、前世があるなんていい時代になったものねぇホントに。」
声のした方へ走る。あの髪は宝石族のようだ。
「花乃子!!」
「へっ?賢史さん…?」
「花乃子、やっと見つけた…。まさかこんなところに…しかも偶然見つけられるなんて…。」
「センさんの言う通りだったわ…。ここで待っていれば貴方に会えるって…」
頬に沿って流れた涙を拭うのはどれくらいぶりだろう。
そうか、あの日、俺が戦地へ向かった時以来か。