ヨモギとシィちゃんの料理教室
アオバのフィアンセ、錫係のシィちゃんが俺の家に来たのは今朝のことだった。深刻な面持ち。何かあったのだろうか。
「ヨモギお兄様、大変申し上げにくいのですが…」
「あぁ。構わないから言ってみなさい。」
勇気を出したように土下座すると
「私に料理を教えてください!」
と叫んだ。
「…なんだそんなことか。構わないよ。でもどうしてだ?」
「…いや、こんなことをお兄様に言って良いものか…」
「だいたい察しはついてるから、言ってみなさい。ほら。」
催促すると、泣きそうな表情で
「アオバの料理が不味くて食えたものじゃないんです…」
と言った。
腕を組んで考え込む素振りを見せてみると、あからさまにビクついていて可愛い。
意地悪はやり過ぎないに限る。
「うん。俺もそう思ってたからシィちゃんの判断は正しい。あの子は作物を作る力には長けているが、料理は壊滅的に下手だ。」
「お、お兄様もそう思ってたんですか…。」
「いくらシスコンでもあれは擁護しない。命にかかわる。」
「シスコンという自覚もおありで…。」
「ワラビも大好きだからブラコンでもあるかな。」
とにかくシィちゃんが安心したような顔をしていたから良しとしよう。
まずは包丁さばきを見てみた。スジはいいからこの辺りは大丈夫そうだ。
「こんなざっくりした切り方で良いんですか?」
「料理によるよ。今回はとりあえず切るしか工程のないサラダを作らせてるわけだけど、これは問題なさそうだな。」
「え、サラダくらい簡単にできる…あ、」
「うん。アオバは何故か普通のサラダも焦がす。だからシィちゃんもそれに毒されてないか不安だった。」
「…大丈夫ですよ。はい。」
シィちゃんの料理修行は意外と長く続いた。ワラビにももしもに備えて料理を教えてはいるが、ワラビよりも飲み込みがいい。この子にならアオバを任せてもきっと大丈夫。
「お兄様!今回は何を作りましょうか!」
「んー、山菜の天ぷらをやってみようか。俺の一番好きな料理なんだよ。」
油も安全に使えるようだ。大丈夫大丈夫。
「そういえばお兄様はなんで料理が得意なんです?」
「…小さい頃に母さんに教わったんだよ。味噌汁が作れるようになった頃に父さんと母さんが殺されて、俺が作るしかなくなったんだ。」
「…それは…その、大変でしたね…。」
「とかなんとか言って、本当のところは女性として生きようと思ってたから料理に興味があったんだよ。」
「へっ!?」
「シィちゃんは口が硬そうだから教えてあげる。俺はこの戦いが終わったら髪も伸ばすし可愛い服も着たいと思ってる。誰かと結婚して子供ができたらその子にも料理を教えるんだ。…びっくりしただろ?」
「…はあ。でも、とてもいい目標じゃないですか!私は応援してます!!」
「ありがとう。でもこの話はワラビにもアオバにも内緒なんだ。わかったね?」
「はい!」
シィちゃんは何不自由なく天ぷらを作り上げた。サクサクしていて美味しい。初めてにしてはかなりいい出来だ。
久々に自分以外の誰かが作った天ぷらを食べて、母さんのことを思い出して、その夜はこっそり泣いてしまった。