表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

彼は執事くん 後編

アルが今朝の新聞を読んでからずっとイライラしている。

ネットニュースをチェックしたり電話をかけては舌打ちをしていた。

きっと朝からテレビで騒いでいる株価暴落のニュースに関係してるんだと思う……

父と母の会社にも多大な影響を与えてるはずだった。



「美千代さんちょっと……」


アルが家事をしていた美千代さんを別室に呼んだ。

気になったのでコソッとあとをつけて盗み聞きをした。




「そんなっ…私も残りますっ。」

「いいから。ここなら美千代さんのスキルも充分活かせる。待遇もいい。」


「でもお嬢様のことが心配です…」

「アリスのことは俺に任せてくれたらいい。」


そっか……美千代さんも辞めちゃうんだ。

美千代さんが声を押し殺しながら泣く声が聞こえてきた。

私も聞き耳をたてながら涙がボロボロ出てきた。


アルが急に扉を開けたのでつんのめって前に転がってしまった。


「アリス。美千代さんにお別れを。」

「…お嬢様っ……」


美千代さんと抱き合ってわんわん泣いた。


私のおばあちゃんと言うには若すぎるけども、ぽちゃとした愛らしい体型でいつも柔和な笑顔で……

私のことをいつも優しく包み込んでくれた。




とうとうこの屋敷にはアルと私の二人だけになってしまった。








「アリス。そろそろ今後をどうして行くか具体的に考えないといけない。」


アルが部屋で抜け殻のようになっていた私に声をかけてきた。


「アリスの父と母の会社は今日、明日にでも破産するような状態だ。莫大な負債を抱えて……銀行からの融資の際に個人での連帯保証人となっているから、この屋敷は借金のカタに取られる。」

アルがため息をついた。


「なんとかこの屋敷の名義をアリスにうつしたかったんだがもう間に合いそうにない。すまない。」

「謝らないで。私が欲しいのはそんなんじゃない。」


こんな誰もいないお屋敷をもらえたところで私一人じゃどうしようもない。


「お父さんとお母さんは戻ってくる?」

アルとの執事としての契約続行はもう不可能だ。

となると私は、父と母に頼るしかないのだけれど……


「そのことなんだが……」


アルがとても言いにくそうにしている。

まあなんとなく察してはいたけれど……


「二人とも新しいパートナーがいるんでしょ?私のとこには戻って来ない。」


今更あの両親と親子三人で慎ましく暮らすなんて絵空事だ。

私名義の預金はあるから、贅沢しなければ暮らしていける。

一人暮らしになるというのがちょっと…いやかなり不安なのだけど。



「それとアリス名義の預金なんだが、今は残高ゼロだ。」


……はい?



「なんで?!」

「会社の補填を埋めるために使われたのかもしれない。最初はちょっとずつ引き出されていたんだけど……セバスチャンが亡くなる数日前に全額引き出された。不明な点が多いんだ。」


ちょっと待って。

じゃあ私は無一文でこの屋敷から追い出されるの?



「……アルとの契約はいつまで?」

「アリス、今それは……」


「いいから言って。」

「……今月末までだ。」

今月末って…明日の夜0時までだ……

目の前が真っ暗になった。



「正直俺も…どうしてあげたらいいんだか全然わからねぇ。」

アルがすごく困った顔をしながら私を見た。


「だ、大丈夫だから…なんとかなるよ。」

いや、全然大丈夫じゃないんだけど……

アルの重荷にだけはなりたくなかった。


「私の持ち物売れば当分は暮らせると思うし……うんっ大丈夫。」

貴金属なんてほとんど持ってないから大した金額になんかならないだろうけど……

アルには私のことなんて気にせずに、安心して次のステップへと旅立って行って欲しかった。



「セバスチャンならどうすっかな…小さくてもいいから暮らせる家があればいいんだけ……」

アルが急になにかを思い出したかのように動きを止めた。



「……ちょっと、出かけてくる。」


そう言い残し、アルは慌てて出て行ってしまった。





帰って来るのだろうか……


いやもう…帰って来ない方がいいか。



足を引っ張るだけでなんにも出来ない、お嬢様でもなくなる私なんて迷惑なだけだ。













いつの間に眠っていたのだろうか……

気付けば朝になっていた。

屋敷の中を歩いてみたが誰もいない……アルも帰って来ていない。


私はアルの部屋へとやって来た。

ここはセバスチャンが使っていた部屋でもある。


あの柱の傷は私がロボットのオモチャを持ちながら転んでぶつけた時に出来たんだっけ……

この絨毯の焦げ目も、虫眼鏡で遊んでたら焦がしちゃったんだよね。

小さい頃はセバスチャンに遊んで欲しくて毎日のようにつきまとっていた。

イヤな顔ひとつせずに、仕事中でも遊んでくれた……


ベッドに潜り込んだらアルの香水の匂いがした。

アルはセバスチャンが自分の後継人として連れてきてくれた。

最初はその不良みたいな態度にかなり驚いたけど、セバスチャンと同じくらい愛情あふれる人だった。

私のために自分の体を壊すほど頑張ってくれた……


私は本当に良い執事に恵まれた。

この屋敷で過ごした思い出があれば、これから先どんな辛いことがあっても生きていける。


「きっと大丈夫。」


私は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

いつでも出て行けるように荷造りをしておかないといけない。わかってる。


でも少しだけ…あともう少しだけアルの香りに包まれていたかった……






下の階で騒がしい声が聞こえてきた。


アルが帰って来たのだろうか?

急いで下に降りると、一目でヤクザだとわかるような人達が屋敷の中を物色していた。

今は門を警備している人がいないから、勝手に入って来れたんだ。



「今すぐ出てって下さい!警察呼びますよ?!」


ヤクザ達が一斉に私の方を見た。

一番偉そうな角刈りの男が私の前まで歩み寄って来た。


「随分威勢の良いお嬢ちゃんだ。俺達はあんたんとこの親が出した小切手の不渡り分をわざわざ回収しに来たんだよ。金目のものはどこにある?」


ギロりとにらまれたが、こんなのアルのメンチに比べたら全然怖くなんてない。


「そんなものこの屋敷にはありません。お引取りを。」

「そうかって引き下がるとでも思ってんのかっ?!」

角刈り男は私のすぐ横の壁を思いっきり蹴った。

ひぇえっやっぱり怖いっ!


「じゃあお嬢ちゃんに働いてもらうしかないなぁ。」


いやらしい目で品定めするようにジロジロ見てきた。

もうやだっ泣きそうだ。

角刈り男は私の腕を掴もうとしてきた。


その時だった────────



「そいつに触るんじゃねえ。」


私に触ろうとした角刈り男の手をがしっとつかみ、後ろにひねりあげた。

男が痛さで悲鳴を上げる……



───────…これって……




アルだった……


帰って来てくれたんだ。




「離せっふざけんな!こっちには小切手があるんだ!正当な回収をしにきたんだぞ!!」

「その小切手とやらを見せてみろ。どうせ白地小切手だろ?ちゃんと裏に譲渡人の署名も記入されてるんだろうな?」


アルが目を見開いて角刈り男にメンチを切った。

「もうちょっとひねれば折れるけど?折るか?」

「てめぇっ……!」


ヤクザ達は結局なにも取らずに出て行った。

アルが言うように不当な小切手だったのかもしれない……

私は腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。

アルが来なかったら連れてかれて何をされていたかわからない。



「アリス一人にして悪かった。もうすぐ破産の申立をするそうだ。もうここにはいられないから出よう。」


私の荷物は明日、業者に運ばす手配をしたと言うのでそのままアルに連れられて屋敷の外に出た。


もう多分……二度と戻って来ることはない。




セバスチャンとの思い出が


いっぱい詰まっていたのに──────














屋敷にある車も全部借金のカタに取られるので、私達は電車に乗って移動した。

いったいアルはどこに行くつもりなんだろう……

私が行く場所なんてない……帰る場所も……



「なにも言わずに置いていったのは悪かった。ごめん…」

アルがさっきから困ったように何度も私に謝ってくる。

なぜなら……


「だからもういい加減泣き止めって。」

「ひっく…ひっく……」

電車の中で私がずっと泣いているからだ。


「俺が女の子を泣かしてる極悪人みたいに見られてるだろーがっ。」



アルに屋敷にポツンと残され、一度は一人で生きていくんだと精一杯強がってはみた。

でもその張り詰めていた糸が、戻って来てくれたアルの顔を見たとたんプッツリと切れてしまった。


あとからあとから涙が出てきて止めたくても止まらない。



周りの乗客がヒソヒソしゃべりながらこちらを見ていた。



「ああっ、クソ……」


アルは席から立ち上がり、泣いている私の前へと移動した。

そして…私の後ろの背もたれに片手をついてギリギリまで体を寄せてきた。


触れるか触れないか…

執事として許されるギリギリの距離……



「抱きしめるわけにはいかねぇから…もう大丈夫だから。俺を信じろって言っただろ?」


私の耳元でアルが優しくささやく……


どうしよう…こんなことされたらドキドキする。

私みたいな甘ったれな子にアルは最後まで執事として優しく接してくれていた。

なのに私は最後まで困らせてしまっている……

なんて子だっ!!


「ごめんなさ〜いっうえ〜んっ!」

「なんでさらに泣いてんだよっ!!」



アルがいう目的地に着くまで私はずっと泣きっ放しだった。













アルに着いたと言われて降りた駅は潮の香りがした。

電車で来るのは初めてだし辺りはもう真っ暗になっていたのだけれど、この街並みには見覚えがあった。


セバスチャンとよく来たあの海沿いの街だ……

アルはなんでこの街に私を連れて来たんだろう?




「セバスチャンの使ってた机の中にひとつだけ用途のわからない鍵があったんだ。」


鍵……?

わけがわからず、アルが歩いていく方向に私もあとからついて歩いた。


「とても大事そうにしまっていて…でも屋敷にあるどの鍵穴にも合わない。セバスチャンにはオランダにも自分の家はないし、なんの鍵なのかずっと気になっていた。」




真っ暗な海の、引いては返す波音が響く……



「セバスチャンの夢ってなにか知ってたか?」

「……セバスチャンの夢?」


「昨日アリスと話をしていた時に思い出したんだ。昔、セバスチャンが手紙に書いていた夢の話を……」



いつものクレープ屋さんが見えてきた。

営業時間はとっくに過ぎていたので明かりは消えていた。


「セバスチャンには死んでしまった奥さんと一緒に約束した夢があったんだ。」


アルはそのクレープ屋さんの角を曲がり、小高い丘へと続く坂道を上がった。


「いつか、小さくてもいいから自分達の家を持ちたいっていう夢が……」



そこは騒がしい海沿いの街並とは違い、道の両側に家が立ち並ぶ閑静な住宅街だった。

どの家にも明かりが灯っていた……


その家の明かりが、今の私にはとても温かく見えて…胸が切なくなった。



「あるならこの街だと思って片っ端から不動産屋に行って聞いてみたんだ。」



アルが一件の家の前で立ち止まった。



赤い屋根の可愛らしい一戸建てだった。

アーチ状のゲートから見える庭に、小さな子供が遊ぶような遊具が置かれていた。



「……もしかしてこの家が?」

「ああ。セバスチャンはその夢を叶えていたんだ。」



アルは鞄から鍵を取り出して鍵穴に指し、ドアを開けた。

「中も綺麗だ。これならすぐ住めるな。」

えっ……もしかして私にここに住めって言う?

勝手に入ろうとするアルの腕をつかんだ。


「アルっダメだって!ここはセバスチャンの家族の家なんだから!」

「アリスにはその表札が読めないのか?」


「表札?」



アルが指さしたのはアイアン風のオシャレな表札だった。




「……なんで?」




そこに書かれていた名前────────



────それは私のフルネームだった……






「この家は一年前にアリスに名義変更されている。その頃にはもう、アリスの父と母の会社は倒産をさけられない状況になっていたんだ。」



セバスチャンが…私にこの家を?



家の中は私がずっと住んでいたあの屋敷を小さくしたような雰囲気だった。

今にも奥からセバスチャンが現れて、お帰りって微笑んでくれるような……

そんな温かさに満ちていた。


リビングに入ると、飾り棚には私が昔遊んでいた懐かしいオモチャが飾られていた。

柱を傷つけてしまったあのロボットまで……


懐かしくてそのロボットを手に取り、ギュっと抱きしめた。




「見つけたっ。やっぱり最後に全額引き出したのはセバスチャンだったんだ。」

アルが引き出しからなにかを取り出した。


「……なにそれ?」

「アリスの預金通帳だ。セバスチャンは引き出されていることに気付いて安全な場所にうつしてくれてたんだよ。」


うそ……



ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。




「やっぱりすげぇなセバスチャンは…亡くなってからもアリスを守ったんだから。」

「アルがいたから見つけられたんだよ?ありがとう…アル……」

アルを見上げながら目が潤んできた。

今日の私の涙腺は崩壊しまくりだ。


「アリス……」


アルは私の前で片膝をついて座り、親指でそっと…私の涙を拭ってくれた。



「……アリス…俺は……アリスに会うために日本に来たんだ。」



少し悲しげに私をのぞきこんでくるアルのアースアイの目が、室内の明かりに照らされ緑とオレンジに輝いていた。



私は何度この目に吸い込まれただろう……



「セバスチャンがいつも手紙に書いていた、日本の女の子にどうしても会いたかった…」

「アル……」


「でも…アリスの執事になったことをすぐに後悔した…」

「私がいっぱい迷惑かけたからだよね?ごめんね。」




「アリス…そういう意味じゃねぇよ……」




玄関の呼鈴が鳴った。

こんな夜中に誰だろう?

玄関に行くと美千代さんが立っていた。


「……アリス一人じゃ心配だから俺が呼んだんだ。言っとくが美千代さんは家政婦じゃない。同居人だ。」

「美千代さんっ!」


私は嬉しくて美千代さんに抱きついた。


「お嬢様とまた一緒に暮らせて私は幸せです。」

「美千代さ〜ん、お腹空いた〜。」


「だから家政婦じゃないって言っただろ!甘えるなっ!」


アルに怒鳴られた。

だって今日なんにも食べてないんだもん。




「お嬢様学校にはもう通うのは無理だから、新しい学校に編入手続きをしといた。屋敷の荷物も明日にはここに届く。柊弁護士事務所に事情は話してあるから何かあればそこに相談してくれ…あと……」


アルがテキパキと説明してくれた。

私がこれからかの生活に困らないように、何から何までやってくれていた。



「アルベルト様はこれからどうなさるのですか?」

一通りの説明が終わると、美千代さんがアルに聞いた。


「イギリスのステュアート家から執事をしてくれないかと頼まれている。」

「まあ!名家じゃないですかっ。」



このまま…アルもこの家にいてくれるんじゃないかなと、淡い期待をしてしまっていた。

そんなことあるわけないのに……

イギリスか…遠いな……


「いつお立ちですか?」

「明日の朝には。だからもう行かないといけない。」




今、私はどんな顔をしてるのだろう…

きっと…また泣きそうな顔になってるはずだ。

最後の最後までアルを困らせるのはイヤだ。



「アル……今まで本当にありがとう。」



アルの顔を見ないように深々とお辞儀をした。


きっとアルの顔を見てしまったら泣いてしまう。

好きだって言って抱きついてしまうかもしれない……

そんなの、絶対しちゃいけないっ。


「私、疲れたからもう部屋で休むね!」


そう言って二階の部屋へと駆け上がった。

アルは本当に…私にはもったいないくらいの素敵な執事だった。


玄関のドアが閉まり、美千代さんがアルを見送る声が聞こえた。



胸が押しつぶされそうなくらい苦しい……

時が経てば、アルのことを思い出しても平気になれる日が来るのだろうか?










「お嬢様、あんな別れ方で本当によろしいんですか?」

美千代さんが部屋に入って来た。


「……いいもなにも…アルは私の執事だから。」

好きということも、不用意に触れることさえ許されない。

あんなに仕事の出来るアルの経歴を、私が傷付けるわけにはいかないのだ。



「ええ執事です。でもそれも0時まででしょう?」


今日の0時でアルとの契約は切れる……

顔を上げて壁時計を見ると23時45分だった。



「0時になれば、なにも遠慮することはないんですよ。」

「……いいのかな?」


「ええもうハグなりチュウなり押し倒すなり、お嬢様の好きにしたらいいのですよ。」

美千代さんて意外と大胆……


「………アルは?」

「電話で坂道を降りていった交差点のところに、タクシーをお呼びになられていました。」


「まだ間に合うかな?」

「途中転けなければ。」


「どうしよう私転けるかも…」

「じゃあ急がないと。」



私は美千代さんに背中を押され、アルがいる交差点へと急いだ。




真っ暗な海に向かって坂道を駆け下りた。

だんだんと波の満ち引きの音が聞こえてくる……

カーブを曲がり切ったところで、交差点にタクシーが止まっているのが小さく見えたのだけど、私が着く前に出発してしまった。


息を切らせながら交差点に到着した時には、タクシーのテールランプはもう遥か彼方だった。


うそ……そんな……


これ以上ないってくらい全速力で走ったのに……

転けなかったのに……



「……なによっ最後くらい、ハグとかチュウとかっ…押し倒したりとかしてくれたっていいのにっ!」


気が付いたらタクシーが去って行った方に向かって叫んでいた。


「好きだったんだからね!アルのバカ─────っ!」



はぁ……こんなことを叫んでみたところでむなしいだけだ……




「そのタクシーに俺は乗ってない。」



えっ……



まさかと思い後ろをゆっくり振り向くと、アルがクレープ屋さんの壁にもたれかかりながら私を見ていた。


「なんで……」

「アリスを待ちたかったから、一旦帰ってもらった。」


「……今の…聞こえた?」

「まだ0時前だから、全部聞かなかったことにする。」


アルが照れくさそうにそっぽを向いた。

しっかり聞かれてしまったらしい。

なんてこった。とんでもないことを口走ってしまった。



「あと1分。」


腕時計を見てアルが言った。


「45秒……30秒……」

アルがだんだんと私に近付いてくる……

「15秒……」

私の2.3歩先の距離まで来て立ち止まった。


「ゼロ。契約終了。」


アルは私を見てニッコリ笑い、両手を広げた。




「来い。やっとアリスに触れられる。」




「…アルっ……」


私はアルの腕の中に勢いよく飛び込み、両手をアルの背中に回して強く抱きしめた。

アルの匂い、アルの体温……

ぴったりとくっついて、全身でアルを感じた。

華奢に見えていたけれど、思っていた以上に胸板が厚くてドキっとした。

アルも私の背中と頭に手を伸ばし、私のことを苦しいくらいに抱きしめた。


「アリスとずっとこうしたかった…執事として失格だよな。」

えっ……それって……

アルが私の肩に顔を埋めてきた。アルの金色の髪が首筋をフワリとなぞる……


「こっちは必死で我慢してたのに、アリスはちょこちょこ気持ち伝えるようなことしてきやがって…」

「だって……えっ……アル?」



「アリス……俺の仕事は執事だから、会えるのは年に一度のまとまった休みの時だけだ。それでも…いいのか?」


お互いに抱きしめ合う力を緩め、確かめ合うように見つめ合った。

交差点を行き交う車のライトに照らされ、アルの目が青や緑やオレンジへと目まぐるしく変わる……



アルの目は本当に綺麗だ……

どんな宝石だって適わない。




「アリス……聞いてる?」


はっ、またアルの目に吸い込まれていた。



「私……ちゃんと待つよ?一年でも二年でもちゃんとアルのこと待てる。」

アルが目を細め、私に優しく微笑んだ。



「ハグの次はチュウだっけ?」



アルの目が私にゆっくり近付き、ぼやけるほどになった時に唇に柔らかい感触がした。


「好きだよ。アリス。」


アルはそう言ってもう一度、さっきよりも強く唇を押し当て、熱く…深くキスをした。



「チュウの次はなんだっけ?」

アルが私を見てイタズラっぽく笑う。

自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。



「もう行かないといけない。さっきのタクシーに20分後に戻ってくるように言ってるんだ。」

「アルっ……」


離れようとしたアルの腕をつかんでしまった。

離れなきゃいけないのに、離れたくない。



「アリス…時間なんてあっという間だ。ちゃんと自分の足で立っとかないと置いてかれるぞ。」



交差点にタクシーが戻ってきた。


アルがもう一度私に触れるだけのキスをし、名残惜しそうに私の頬を手で優しくなぞった……





「……夏に会おう。」






小さくなっていくテールランプを



いつまでもいつまでも見送った……









─────自分の足で立つ……


次にアルに会った時に、少しでも成長した私を見てもらいたい。


時間に置いてかれないように


甘ったれな私は、自分を追い抜かして行くくらい頑張らないといけない……




「見てて……アル。」




この海はアルと同じ目の色。

いつでもアルは、私のことを見守ってくれている。



そう思ったら、頑張れるような気がしたんだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ