彼は執事くん 前編
「お嬢様、今日の朝食はエッグベネディクトでございます。」
そう言って執事のセバスチャンが私の目の前に置いたのは、イングリッシュマフィンの上に焼きベーコンとポーチドエッグを乗せ、オランデーズソースがたっぷりとかけられた一品だった。
私はこの料理が大好きだ。
その横にサラダと絞りたての野菜ジュースも置かれる。
「ありがとう、セバスチャン。」
私は生粋のお嬢様である。
セバスチャンは今まで世界中のいろいろなところで執事として仕えてきた。
うちの屋敷に来たのはちょうど私が産まれた頃だった。
この屋敷にいる多くの使用人達の筆頭であり、全ての家政管理や資産管理を任され、私の身の回りの世話もしてくれている。
父や母は私が幼い頃から仕事で海外を飛び回っていて家にはほとんど帰って来ない。
最近会ったのは……去年母に庭ですれ違ったかな?
そんな感じなので私にとって執事のセバスチャンは家族のような存在で、父のような母のような…時には恋人のような……とても大切な存在だった。
セバスチャンだけじゃない。
この屋敷で働いてくれてる人は、全部私の家族なのだと思っている。
でも…セバスチャンが最近しんどそうなんだよね…
今日もちょっと顔色が悪い。
セバスチャンはもうかなりの年だ。
背が高くて体格が良いので実際の年齢よりかはかなり若くは見えるんだけど……
オランダ国籍であるセバスチャンは綺麗な金髪だったのだが、今ではすっかり白髪になってしまった。
それも似合ってて素敵なのだけど……
私と目が合うと、いつものように青い目を細めて微笑んでくれた。
大人の包容力に満ち溢れ、身のこなしも優雅で気品があって……
子供の頃はセバスチャンと結婚するんだって淡く思ってたりもした。
私が通っている学校は小中高一貫の女子校で、ここに通って来る生徒は皆私と同じ生粋のお嬢様だ。
家からは少し離れた場所にあるので、学校には運転手付きの車で送り迎えをしてもらっている。
まぁこの学校ではどんなに近くても車で送り迎えをするのが通例である。
「お嬢様。今日の二限目にある数学は新しい単元へと進みますので、少し予習しておきましょうか。」
セバスチャンは毎日送り迎えに同乗し、私の勉強を見てくれたり友人関係の相談にのってくれたり、時にはゲームなんかもしてくれたりした。
いつも忙しいセバスチャンとゆっくり過ごせるこの時間が私は大好きだった。
「ではお嬢様。また放課後にお迎えに参りますので。」
セバスチャンがうやうやしく挨拶をし、校舎に入る私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
「いいですわね〜アリスさんの執事のセバスチャン様。」
友人の麗子さんがうっとりしながら話しかけてきた。
「あれでもっと若かったら…是非お付き合いして頂きたいですわ〜。」
セバスチャンはこの学校の生徒の中でも人気があった。
執事の世界の中でもとても優秀で有名人だったりする。
父がしつこく口説いてうちに来てもらったのだ。
「麗子さんのとこの執事の方も、まるで漫画に出てくるようなイケメン執事じゃない。」
「そう……顔で選んだんだけどダメね。まったく使えないの。」
麗子さんが残念そうにため息をついた。
仕事が出来て若くてイケメンの執事か……
いろんな執事を見てきたが今までそんな人にお目にかかったことなどない。
セバスチャン…若い頃はかなりモテただろうに……
親戚も居らず、天涯孤独だと言っていた。
結婚したいと思う女性はいなかったのだろうか?
放課後、いつも待っている場所にセバスチャンの姿がなかった。
小学生の頃からこの学園に10年以上通っているが、こんなことは初めてだ。
今朝は車の中でも脂汗をかいていた……
心配する私に大丈夫ですよと言ってはくれたけれども……
セバスチャンに電話をしたが出なかった。
私からの電話に出ないなんてことは今まで一度もなかった。
イヤな予感がしてならない。
運転手の中さんも、家の家事を取り仕切ってる家政婦の美千代さんにも電話がつながらない。
なにかあったんだ……
不安で胸が押しつぶされそうだ…倒れそうになる気持ちを必死で抑えた。
とにかく家に帰らなければいけない。
電車になんて乗ったことはないけれど……
私は学校から一番近い駅までへと続く、商業施設が立ち並ぶ道を全速力で走った。
人気のお店が多い夕暮れ時のこの道は人が多く、途中人にぶつかり転けてしまった。
「おいおいっ、思いっきりぶつかりやがって!」
「あれっその制服って近くにある超お嬢様学校のじゃん?」
ガラの悪そうな人達だった。
「……あの…私……」
息が切れて思うように喋れない……
早く家に帰ってセバスチャンが無事かどうか知りたいのに。
「随分急いでるね〜車で送ったげよっか?」
男の一人が転んだままの私の腰に手を回し、抱き起こそうとした。
その時だった────────
「そいつに触るんじゃねえ。」
私に触ろうとした男の手をがしっとつかみ、後ろにひねりあげた。
男が痛さで悲鳴を上げる……
───────……だれ?
新しく現れたその青年……
いや、その華奢な体つきからして少年といった方が正しいだろうか。
その少年は髪の毛が金色でサングラスをかけていた。
アクセサリーをジャラジャラと付けているその派手な身なりは、最初の男達よりさらにガラの悪い印象を受けた。
「てめぇ!俺のツレを今すぐ離せっ!」
もう一人の男がつかみかかろうとしたのだが、金髪の少年は片足を上げてそいつを蹴り飛ばした。
「急いでんだ。どっか行け。」
サングラスを外し、男達をにらみつけたその目は鮮やかな青に黄色が混じった、とても神秘的な瞳だった。
凍りつくような少年の冷たい眼差しに男達はビビったのか、それ以上は何もせずに去っていった。
「おいっアリス!学校から勝手に外に出てんじゃねえよ!見失うところだっただろっ!」
「ひゃっす、すいませんっ。」
なになにこの子…なんで私の名前知ってるの?
「ちっ、ケガまでしやがって……」
少年は舌打ちをしながら内ポケットから白いハンカチを取り出し、ケガをした私の膝にくくりつけた。
「あ、あの…」
「立てるか?セバスチャンのとこ行くぞ。」
セバスチャン……この子はセバスチャンの知り合いなのだろうか?
金髪にこの目の色…セバスチャンと同じオランダの人なのかもしれない。
「あの…セバスチャンは?」
「……疲労で倒れただけだ。今は病院にいる。」
少年に腕をつかまれ、すぐ近くの駐車場に連れていかれると、いつも中さんが運転している車があった。
私は後部座席に押し込まれ、少年は運転席に座る……
って、えっ?
「運転免許持ってるの?日本では18歳にならないと運転しちゃダメなんだよ。」
少年が顔をしかめながら私を見た。
「国際免許証は取得してるし日本で運転出来るように外免切替もした。第一、俺は18歳だ。」
えっ……私より一つ上?!
「アリスっおまえ……俺がいくつに見えてた?」
すっごく冷たい目でにらみつけてきた。
言えない…華奢ですごく可愛らしい顔だったから、中学生かなって思ってただなんて……
病院に着くと運転手の中さんや家政婦の美千代さんも病室にいた。
セバスチャンはベッドで寝ている状態だったが、私が来たのに気付くと上半身を起こした。
「お嬢様申し訳ありません。お迎えに行けなくて……」
こんな時でも私のことを心配をしてくれる……
起き上がるだけで息が苦しそうだ。
本当に疲労で倒れただけなのだろうか……
「いいのセバスチャン。ゆっくり休んでて。」
セバスチャンの手を両手で包み込むように握りしめた。
「しばらくは入院してて。セバスチャンは仕事をし過ぎよ。家のことはなんとかなるから。」
私は同意を求めようと中さんと美千代さんを見たのだが、二人は困ったように顔を見合わせた。
セバスチャンがいなくなると家を統括する人がいなくなる……
でもこんな状態のセバスチャンを働かせるわけにはいかない。
「そのことなんですが……」
セバスチャンが言いにくそうに口を開く。
「私はもう年なので引退させて頂こうかと考えております。」
えっ………
「代わりにといっては失礼なのですが、優秀な人材を連れて参りました。」
ちょっと待って。引退ってなに?
セバスチャンともう一緒にいられないってこと?
「彼はオランダにある執事養成学校International Butler Academyを最年少で優秀な成績で卒業し、ラグジュアリーホテルでのコンシェルジュ経験もあります。」
「セバスチャン、私……」
「彼の名はアルベルト・ベイル。お嬢様、今後は彼を頼って下さい。」
セバスチャンが壁際に立っていた彼に視線を向けた。
私をこの病院まで連れてきてくれた金髪の彼……
彼が次の新しい執事……?
「ご主人様と奥様にはもう了承を得ております。」
「ねぇ待って。私は……」
セバスチャンの顔が突然苦痛にゆがみ、私とつないでいた手を離し胸を抑えた。
「医者を呼んでくる!」
アルが廊下を走って行く音が聞こえた。
中さんと美千代さんがセバスチャンを呼ぶ声……
医者や看護師が駆けつける足音……たくさんの装置がセバスチャンの体に付けられ、心臓マッサージが行われた。
アルに連れ出された廊下から、電気ショックのチャージの音と流す音が繰り返し聞こえてきた。
ウソだ…誰かウソだと言って欲しい。
目の前の光景がゆらゆらと揺れる蜃気楼のようで、まるで現実味がなかった。
セバスチャンの心臓が止まったことを知らせる無機質な機械音と医者のご臨終ですという言葉を聞いた瞬間、私はアルの腕の中で意識を失ってしまった。
セバスチャンの遺体は本人の意向により、日本で火葬されたあとオランダへと送られた。
日本で使用人達だけのオランダ式の葬儀が行われたが、その場に父と母の姿はなかった。
こんな時でも帰って来ないんだ─────
父と母を初めて恨んだ。
産まれた時から当たり前のように私のそばに仕えてくれていたセバスチャン。
亡くなったことが信じられない、信じたくない。
私の心は空っぽになっていた。
セバスチャンがいない生活なんて考えられない……
「おいっアリス。いつまでメソメソしてんだ。明日は学校行くから用意しとけよ。」
アルがノックも無しに私の部屋に入って来た。
「メシが丸々残ってるじゃねぇか。ちゃんと食えって言ってんだろっ。」
誰に日本語を習ったんだか超口が悪い……
敬語が使えないのは仕方ないにしても、私を呼び捨てなのはいかがなものだろうか。
「行きたくないし食べたくない。」
「はあ?!」
この高圧的な態度も執事としてどうなの?
「私、あなたが執事だなんて認めてませんから!」
「別に構わねーよ。俺が契約してんのはアリスの親とだからな。でも食ってもらえねぇのは困る。」
アルが手渡してきたトレイには私が好きなエッグベネディクトが乗っていた。
「俺が作った。これなら食べれそうか?」
セバスチャンが最後に私に用意してくれたのもこの料理だった……
心配そうに私をのぞきこんでくるアルの目が、室内の明かりに照らされ緑とオレンジに輝いていた。
とても神秘的な…
吸い込まれるような瞳の色──────
「……ありがとう。」
私は泣きながらもその料理を食べた。
「セバスチャンは幸せだったのかな?」
私は食べ終わるまで黙ってそばにいてくれたアルにたずねた。
父はすでに引退していたセバスチャンに頼み込んでオランダから遠く離れたこの日本に来てもらった。
本来ならばセバスチャンほどの経歴の持ち主が仕えるような家ではない。
「……セバスチャンが若い頃に一度結婚してたのって知ってるか?子供も産まれてたって。」
アルから意外な答えが返ってきた。
そんなの初耳だ。
「引退して余生を送っていた時に熱心な依頼がきて、断るために会ったらその奥様が小さな赤ちゃんを抱いてたんだって。」
アルがゆっくり私の方を見た。
「その赤ん坊が事故で亡くした自分の子供と同じ名前だった……」
─────それって……
「アリス。おまえのことだ。」
そんなこと……セバスチャンは一言も言わなかった。
「幸せだっただろうよ。きっと…亡くなった自分の子供を育ててるような感覚だったんだろうな。」
セバスチャンは私と目が合うと、いつも青い目を細めて微笑んでくれた。
私に向けてくれたあの深い愛情は、本当の娘のように思ってくれていたからなんだ。
あふれる涙が止まらなかった……
「だから必要以上に特別な感情を抱いて甘やかしすぎてしまったとも言っていた。」
セバスチャンは私になんでもしてくれた。
私が高校生になってからも、何から何まで……
「セバスチャンからアリスを甘やかさずに厳しく接して欲しいと頼まれている。」
そう、私は甘ったれで一人じゃなにも出来ない子だ。
「俺はアリスのそのふざけた根性を叩き直すつもりだ。」
えっ……
「今までみたいな甘々な生活が出来るなんて思うなよ。泣こうがわめこうが、俺の言うこと聞いてもらうからな?」
なにこの執事……
メンチ切ってくる執事なんて聞いたことがないんですけど?!
※メンチ切るとは?
にらみつけるという意味で、関西を中心に使われる言葉。
80年代のツッパリブーム以来、主に不良が使う言葉なのであ〜る。
これからの朝の身支度は全部自分でしろと冷たく言われた。
見た目は女の子みたいに可愛い金髪少年なのに、性格がヤンキー漫画に出てくる不良そのものだった。
執事ならぬ羊の皮を被った狼だなとマジ思った。
「おいっアリス!毎朝毎朝、何十分かかってんだ!」
アルがノックも無しにドアを蹴破って入って来た。
「やだっまだ着替え終わってないのに入って来ないでっ。」
「ボタンがまた段違いになってんじゃねぇかっ。」
アルがボタンをかけ直そうとしてきた。
「きゃあアル!自分でするからいいっ!」
「こんなもんアリスがやってたらメシ食う時間がなくなるだろーが!」
今まで全部セバスチャンが着替えさせてくれていた。
あ、下着は自分で着けてたよ?
まぁ同年代の男の子に着替えさせてもらうなんてさすがに抵抗があるからいいのだけども……
「えっと……リボンてどう結ぶんだっけ?」
何回やり方を教えてもらっても結べない。
「なんでだろぉ髪の毛が絡まりまくる〜。」
クシだってうまく使えない。
アルの顔がだんだんピクピクしてきた。
「ねぇアル。昨日みたいに可愛く編み込みに結んでもらってもいい?」
「自分で出来ねぇんだったら今すぐ切れっ!!」
毎日アルの雷が落ちた。
なんだかんだで可愛く結んではくれるんだけど。
「今日の朝食はなんだかわかるか?」
なんだっけこれ……先週これに似たのが出たよね?
毎日の朝ご飯、メニュー名を当てないと食べさしてくれない。
お腹減ってるのにひどい。鬼だっ。
「パンの表面に溶き卵をつけて焼いたのだ。こんなの小学生でもわかるぞ?」
「はっフレンチトーストだ!でも前のは間にモッツァレラチーズなんて挟んでなかったっ。」
「これはイタリア風のフレンチトーストだからな。正式名称はモッツァレッラ・イン・カロッツァだ。前のより塩味が利いてる。」
アルは料理の腕もプロ級だ。
実際、私が食べるご飯やおやつにいたるまで全部アルが作ってくれている。
セバスチャンでもそこまではしなかったのに……
コップが空になった。
「アル。コップになんも入ってない。」
「てめぇには目の前の野菜ジュースが入ったピッチャーが見えてねぇのか?欲しけりゃ自分で入れろっ。」
見えてるけど〜。
入れてくれたっていいのに……
普通執事だったらなにも言わなくても注ぐもんでしょーが。
ブーたれながらピッチャーを持とうとしたら手がすべってひっくり返してしまった。
着替えたばかりの制服が野菜ジュースまみれになった。
「ア〜リ〜ス〜っ…」
や、やばい……
「なにしてんだてめぇは!しばかれたいのか!!」
本日二度目の雷が落ちた。
アルに手伝ってもらいながら制服を着替え直すとえらい時間になっていた。
慌てて中さんの待つ車へと急いだのだが中さんがいない……
「今日は俺が送るから乗れ。山道から行く。」
「ひぇっアルが?」
今まで間に合いそうになくて何度かアルの運転で学校に行ったことはあったのだが、運転が荒くてとても怖かった。
しかもいつもは大きく迂回して避けているあの険しい山道を突っ走るつもりらしい……
「中さんはっ?私、中さんの運転で行く!」
「こんな時間で中さんの運転で間に合うわけねぇだろ?誰のせいだっあぁ?」
ひぃいっ。その目でメンチ切るのやめて、怖いっ。
山道でのアルの運転はサイアクだった。
急カーブなんかタイヤを横滑りさせながら回っていた。
アルはこの方が早いとか言ってたけど…これってヤンキーがするドリフトってやつだよね?
高級車でするようなことじゃないっ!
「よっしゃ、5分前。行って来い。」
生きた心地がしなかった…吐きそう……
「アルベルト様おはようございます。」
「アルベルト様、今日も良いお天気ですね。」
私を見送るためにアルが車から降りると、みんなが待ってたかのようにアルに挨拶をしてくる。
アルはひとりひとりにニッコリ笑って会釈を返していた。
おいおい、私にそんな笑顔向けてくれたこと一回もないよね?
アルは外ではとても礼儀正しくて立ち振る舞いも完璧だ。
話せないと思っていた敬語だって実はちゃんと話せた。
家ではアクセサリージャラジャラで派手な格好なのだが、外ではきちんとスーツを着こなしている。
金髪で可愛い顔で華奢な体型……
みんなにはどこかの国の王子様に見えてることだろう。
私にタメ口でメンチ切ってくるアルとはまるで別人だ……
「いいですわね〜アリスさんの執事のアルベルト様。」
校舎に入ると麗子さんがうっとりしながら話しかけてきた。
はぁ……みんな騙されすぎ。
「卒業するのでさえ難しいと言われてるあのオランダの執事養成学校を優秀な成績でご卒業されたんでしょ?やっぱり執事は仕事が出来ないとっ。」
確かに仕事はすごく出来るんだけど、私に対する態度がまるでなってないんだって。
「私ちょっと心配していましたのよ?セバスチャン様がいなくなって…アリスさん、壊れちゃうんじゃないかって。」
「麗子さん……」
セバスチャンが亡くなってすぐは何もする気になれなくて部屋でふさぎ込んでいた。
そんな私にアルがいろいろしてくれたから、こんなにも早くセバスチャンの死を受け入れ立ち直ることが出来た……
今でも落ち込みそうになったら、必ずアルがお菓子を焼いてくれたり外に連れ出したりしてくれる……
「とても良い執事だと思いますわ。さすがセバスチャン様が見込んで連れてきただけのことはおありだわ。」
麗子さんが私に向かってウインクをした。
セバスチャンみたいな優しさは全然ないけれど…私のことをいつも気にかけてくれているアルの気持ちは、鈍感な私にも伝わってきていた。
教室に入るとひとりの女子生徒がわんわん泣いていた。
麗子さんが近くにいたクラスメイトから事情を聞いた。
「なんでも…執事と恋仲になったのをお父様にバレてしまったようで、彼をクビにされてしまったらしいわ。」
執事が絶対してはいけないこと。
──────家主の奥様やご令嬢との恋愛。
個人の信用が最大限にものをいう執事という仕事においてそれは絶対あってはならないことなのだ。
一度でもそのような過ちを犯してしまった執事は信用を喪失し、業界のブラックリストに載ってしまう……
「執事と恋愛だなんてバカなことを…彼の将来を完全に潰してしまうだけなのに。」
麗子さんが呆れたようにため息をついた。
「アリスさんも…絶対に好きになってはダメよ。」
「私はアルのことは……」
「フフっ、冗談ですわ。早く席に着きましょ。」
だいたい自分にメンチを切ってくるような男と恋愛なんて有り得ないでしょ?
そう思いながらも、アルのあの目を思い出してしまう……
普通目の虹彩部分は単色なのだけど、アルは鮮やかな青い色をベースに黄色みが強いブラウンの部分がある。
それが、光の当たり方によって色が変わるのだ。
室内では緑色がベースでオレンジが混じっているように見える……
とても神秘的な瞳……
アルのあの目を見ると
どうしても吸い込まれてしまう───────