-64話 前哨戦 ③-
ラージュの奢りは、自分以外に強い剣客は居ないという自負。
常に、俯瞰した目でもって戦場のあらゆる場所で起こり得る変化に気を配れと、剣の師匠である将軍に叩き込まれた。が、彼女には剣豪である前に将帥としての能力がわずかに欠けていた。だから、没頭すると周りが見えなくなる傾向にあった。
将軍の叱咤、脇が甘い――膝下から横撫に襲う剣筋が見えなくなる。
カーマイケルが縮地で彼女の背後から右側へ飛び込み、下段からの剣筋を垂直兜割りの重攻撃で粉砕する。
その幸運をラージュは全く見ていなかった。
将軍の叱咤が彼女の回想の中で響く。
相手が、二刀である場合は正面だけでなく、空間で認識しろ。
それが倍になれば、あらゆる死角を小さく狭くする超感覚を身に付けるのだ。
また、敵は目の前に居るとは限らない。
カーマイケルの八艘飛びが続く。
どうも、トランス状態にあるラージュにスイッチが入ったせいで、剣戟の速度が恐ろしく早くなっている。
二対の腕を持った天使が押されているの別段、悪い事じゃない。
だが、彼女の意識が無いのはまずいことだった。
「見えてないのか?! くぅ、こいつにはもう1対、腕が!」
天使の左右から襲う剣戟は、彼女には見えない。
死角から伸びる恐らく致命傷に至るであろう攻撃を、カーマイケルが処理し続けたのだが埒が明かないと判断に至る。カーマイケルは、トランス状態のラージュを蹴り飛ばすと、戦場のどの場所に居ても必ず、聞こえるような怒声を放っている。
それは、天使の群れに囲まれたベックや、魔法使いと聖職者の間でもみくちゃにされているマルにも届いた。
蹴り飛ばされ、みっともない格好でインナーを晒しているラージュにも漸く届いた。
「脳筋をパートナーにすると、面倒この上ない!」
カーマイケルの声は、頭のモヤモヤを吹き飛ばすような感覚に襲われる。
それは、集団戦中で一時手が止まった、天使たちにも同様の効果をもたらす。
精神支配・対抗スキルとでも言うか、彼のユニークスキルだ。
「伴侶?! ...を、もつと...」
カーマイケルの言葉をひどく誤解したラージュを除き、グエンを含め傭兵団の皆は彼の本気度を確かに実感した――総長代理の真の姿を見れる。
◆
実は6対だった天使と、乙女っぽい眼差しを向けるラージュの間にカーマイケルが立つ。
彼の鎧は、漆黒の光を放つ魔法防御の高そうなものへ変化している。
「武技、武装神名解放!」
「武技、身体超強化、倍掛けだ!」
二本の角が側頭部から突き出した兜を脇に抱え、自慢の片刃の剣を地面に突き刺している。
傭兵団・総長代理という肩書を持つ彼が、他の副総長3人を押し退けて頂点に座する真の姿がここに顕現する。
銀色のポニーテールの髪が、自身で発動した風に踊るように揺れる。
程なくして兜までを装着して完成する――暗黒騎士・左翼の将・カーマイケル出陣である。
普段は、聖騎士である。
かつての世界では、英雄13家にあってただ一人だけ魔王軍と同じ色を放つ者がいた。
暗黒騎士特徴の漆黒の甲冑に身を包んだ人々だ。
カーマイケルは、正しく英雄の家に生まれたが、英雄ではない普通の冒険者である。
が、グエンの従者という立場で“緋色”に在籍していた。
彼のクラスは魔人級を凌ぎ、いや、魔人そのもので、ステータスは、量産型英雄と呼べる化け物である。
この家からは他に、7人の同系魔人を輩出して各クランに所属していた。うち、長兄は40過ぎの中年に達し、子を6人もうけた現役の英雄だった人だ。
ただ、兄と他兄弟とも連絡の取れないこの世界では、あまり意味のない情報だろう。
彼にとって懸念があるとすれば、ラージュにその背中を見せることだろうか。
ひとつ、カーマイケルへ向けられた羨望の眼差しが痛いということ。
ふたつめは、受取り難い情熱を送ってきていることだ。
ラージュの方は、ラブラブ・パワーという念を送っている。
これが過度の期待のようでならない。
「い、いや、待たせたか...」
対峙する天使の方も傷を癒せたようで、万全に整えた雰囲気がある。
言葉を交わさなくても、天使の殺気でよくわかる。
「だが、この姿を長く晒す訳にはいかなくてな...悪いが、一撃で決めさせて貰う」
兜の奥で、普段碧色の瞳が真っ赤に光る。
魔人の血が全身を巡った瞬間だ。
『...剣技、ネメシス・アーク!』




