-63話 前哨戦 ②-
表の回廊と名付けられた浮遊島と転移門は、三つの大きなステージに分かれていた。
ゲームらしい攻略要素だ。
適度に平均点なパーティ構成であれば、難易度もそれほど高くないことは第一関門の突破で証明されている。一対の翼をもった下級天使たち複数と、四刀を携えた二対の翼をもった天使がひとり守っていた門の事だ。魔法少女マルの姿を視認した天使たち、それを見越して割って入る聖職者と魔法使いの巨大な城壁で第一の攻撃を防いでいる。
マルと魔法使いらは最初から囮になることを宣言していた。
「ボクが、天使たちを引き受ける!」
実に男らしいセリフだ。
できれば、本当に男の子が宣言していればこれほど絵になるシーンは無いだろう。
「ま、マル? 無理しなくても」
と、ベックは茶を濁して場の雰囲気を分かっていない。
メグミさんが彼を、マルから引き離した。
「先のレイド戦でボクの存在は、フォーラムの外まで少なくとも、このイベント以外でも知れ渡った。初動で潰さないと危険な魔法使いがいるという認識で一致している筈なんだよ...ね、ラージュさん」
マルが魔王の娘に確認する。
ラージュは静かに頷いている。
先刻、魔族の連中が噂していた――非常に危険で厄介な魔法詠唱者が顕現した。可及的速やかに情報収集に勤めるのだ――と。これによりマル・コメという少女の調査が始まって後、ほどなく彼女の記録が何もない、集まらないという事態に陥っていることを、ラージュは鍛冶屋から聞かされている。
で、今、一番近くにいるポジションからマルをそっと観察しているのだ。
次は、敵になるかも知れない相手だから。
「だから、ボクが囮になることで、みんなの動きは制限なく立ち回れると思う。初動で必ず、ボクに攻撃を集中させる!! しかも派手になるよう仕向ける」
マルの自信を不思議に思い『どうやって?』と、グエンが問う。
「魔法使い全員で魔法城壁を立てるんだよ! しかもとびっきりデカイのをね」
◆
魔法使いたち、聖職者たちはマルが魔術式紋様で刻んだ、銀製腕環に触れながら、教わった言葉を呟いて魔法城壁の発動させた。ゲームの攻略ブックには存在しない裏技というか、小技であるというこの方法によって、イメージしにくい城壁を個々に誤差なく顕現されたのは、驚くべきことだ。
「強度は、使っている言葉と紋様の形によって変化する。今、この場で講義は出来ないけど、機会があったら、尋ねに来てね」
なんて言葉を掛けて、周りがくすくす笑える余裕があった。
天使たちの攻撃は、かねてより予想の範囲内でマルを第1ターゲットに定めた。
魔法使いや聖職者らも一堂に思った言葉は、『こいつら案外、アホだ...』である。
いや、そもそもマルの視認だけで彼らは、マルに狙いを定めた訳ではない。
マルも柏手を打って、パンっと音をたてると、そのまま真横にゆっくりと開くような動作をしていた。
身体を半身に向け、左腕を前方に突き出し、右腕をゆっくりと引き絞る――弓を引く所作に似ている。
彼女を恐れるなら、魔法名だけで発動させる創造性の高さだ。
「最上位魔法、重氷撃弾!!」
マルが叫んでいたのを、その横に居たメグミさんが目撃している。
が、マルの放った魔法のスペルをまったく理解できなかった。
魔法名を叫んでいると、バルドーは応えている。しかし、マルの言葉は聞きなれない言葉で発している。それがどこの言葉なのか、ゲーム内にある自動翻訳機能の故障なのか或いは、パッチが当てられていないだけなのか、何れにせよ魔法使い独特の詠唱呪文のようにしか聞き取れなかった。
実は、マルは純粋な魔力の塊である、古代語で魔法名を叫んでいる。
放たれた氷の矢は、単一の重攻撃であるが、貫通の特性がある。
普通は、こうした特性を拡大解釈させて、単一から複数へ変化する超位魔法を創作するものだ。或いは、複数対象の別の魔法と合体させて、新たに創作する場合もある。
マルの一撃は、迫る天使の身体を簡単に貫いて鏡のように砕け散らせている。
これが、彼女を必死に排除しなければと、思い至らせ視野狭窄へと導いたアクションであった。
あとは、魔法城壁の堅牢な強度が目を引いた。
我先にと飛び込んできた大将格の天使は、振り上げた4本の腕先に伸びた切っ先を、交互に叩きつけて城壁を攻撃したが傷ひとつ付けることなく弾き飛ばされている。
聖職者は、魔法使いのMP回復につとめて、MP治癒術を唱えあっている。
魔法使いたちは、火炎球や風の刃などの初歩的ではあるが、バカには出来ない攻撃をコンスタントに唱えて天使をうまく誘導したのである。
そして程なくして、ベックらが天使の背後から強襲する。
グエンのカブトムシがドラゴンブレスを吐きながら、天使の髪を燃やす。
カーマイケルとラージュのぴたりと合った息で4本の剣を持った将格の天使と対峙する。
「む、黒衣の剣士よりもお前と戦えば面白かったのか?!」
ラージュが繰り出す突きの三連撃に対して、縦に垂直兜わりと横に真一文字の十字連撃と、引かないふたりが楽しそうにスキルで会話していた。
「あー、勿体ない! 次はお前に挑むからな!!」
ラージュが嬉しそうに笑った。
「ああ、臨むところだ」
カーマイケルもまんざらでもない。
中隊長ら、どうみても一般冒険者はこの戦いに乗じて、勇者とともに先を急いでいた。
転移門の確保である。
転移門付近の天使は、門を守るだけの能力しかなくお菊さんたちくノ一によってあっさり制圧されていた。
が、彼女らは遠目から人の姿より4~5倍大きな天使と戦う仲間を見て――
「よくあんな、化け物戦うもんだね~」
「でも、頼もしいね...」
お菊さんの同僚だ。
夜桜衆は情報収集だけに専念して、戦いには極力参加しなかった。
理由は、対人特化故の弊害だ。
闇に乗じて暗殺は得意だが、タゲ取り、大立ち回り、仲間の状態を気にしながら役回りを演じる――どれも夜桜のメンバーが苦手とするパートである。だから、集団戦には参加しないでこういう立ち回りを選んだ。
「いや、...かっこいいなあ」
「うん。いいね、あんな風に立ち回れたら面白いだろうね」
少し妬けてしまうパーティ戦だった。




