-62話 前哨戦 ①-
黒衣の剣士が凍り付けにされて3日目。
ついに少年剣士アッシュ君の決意が固まった。
散々、エルフの娘に生気を吸い取られたような雰囲気が無いわけではないものの、彼はふらっと剣を杖代わりに両足を踏ん張って立つと、『ここが正念場です、みなさんもうひと踏ん張りです!』と情けない声を出していた。
その反面、エルフ娘の満足げな雰囲気とはひどく対照的だ。
まあ、彼女的には『私のお腹はもう、ぱんぱん...これ以上は無理かも』という意味深な言葉を残している。
やや、下っ腹のあたりが目立つような感じもしたが、ドワーフの老師でも居れば『それだけ搾り取れば、1発とはいわず4、5発は確実に当たるじゃろ』と言っていただろうと皆は思う。
彼女の満足気はそういうものだ。
「えっと、何か...垂れて」
と、傭兵団の衛生兵が彼女に耳打ちしている。
スカートをたくし上げると、下着に不思議なシミをつくって白濁色が内太腿を伝って重力に引かれている。
「お、今朝のミルクが...」
「は?」
「気にしないでよ、こっちは計画的なんだから」
エルフは急いで部屋に戻っていった。
とうとう、冒険に行くのを拒否した。しかも、アッシュ君の帰りを待っているからね!みたいなセリフを言って女房みたいな雰囲気だったという。いやいや、そういう押しかけみたいなのも居れば、教会で簡単な式まで上げるカップルもいる。
中隊長とエイジス夫妻だ。
バルドーが耳長いエルフの代打として参加することになり、中隊長はエイジスを残す決意を固めた。
「君は、私の帰りを待っていてくれ...必ずエイジスの下に帰ってくる」
中隊長のベタな芝居がかったセリフをエイジスが腰をくねらせて――『ああ、旦那様! 旦那様!』と、呼び合っている。
お腹いっぱいを通り越して、胸やけしそうだ。
ベックは身支度を終えると、ザボンの騎士の仲間を集めた。
マルとメグミさんの他に魔法使い偏重の集団がそこにある。
「ルーカスには連絡したのか?」
ベックが副長であるレンに問うている。
彼女が呼ばれたのは、この宿屋を守るためだ。
「一応、心意交信は送って会話したけど...都合がつかないみたいなこと言ってたよ?」
「そうか、仕方ないな」
フードを被っているメグミさんは、ベックの落胆している表情を見て、実に申し訳ないという念を送っている。
「みんな、イケメンのルーカスが居ないからって俺のこと見限るなよ!」
「たぶん、この戦いに参加している...半分、いや3分の2くらいは、ルーカスのあの小さく絞まった尻を見ていたいと思っている女性諸君! あいつの身のこなし、胸板に腹筋とか期待してただろう!!」
「だが、残念がらなくてもいいぞ! ほら、俺様だってこんな筋肉が!」
と、ベックは獣人化したのち、筋骨隆々たる上半身を皆に披露した。
その反応は様々だ。
確かに女性クラン員が多い。だが、ベックやルーカスが目当てではない。
このファンクラブは、マルに向けられたものだ。
「パパ、みっともない...いや、大人げない」
マルがほっそい糸目になって諫めている。
それを見て、皆が爆笑しているのだ。
「んあ?! マルも俺が脱ぐのは嫌か?」
「嫌じゃなくて」
「よし!」
ほーら、高い高い――ってマルを担いだ。
マルを天井にこすりつけるくらい持ち上げて、肩車にする瞬間に彼女の蹴りをひとつ貰っている。
顔面直撃だったが、ベックの顔を踏みつけた後、肩に腰を下ろしている。
「ま、マル? なぜ、今...」
「パンツ見る気でしょ」
「は?」
「いやいや、俺はそんな変...た...」
視線が背中を突き刺していく。
振り返る勇気がない。
ファンクラブというより、親衛隊に近い。
ベックの株は、また急下降していった。
◆
グエンは一足先に、カブトムシで天上宮周辺の回廊を探索していた。
虫笛をつかって口寄せした“蟲”たちを、回廊周辺に放ったが、天使たちの迎撃に遭い一匹も戻ることは無かった。これが、天上宮の正面といわれる表の回廊だった。
その足で、裏の回廊へ回ってみたがこちらは、寒気が止まらないくらいのレベル差を感じた。
13英雄は、魔王軍の将軍数人に匹敵する勇者であるが、そのひとりに鳥肌になるような悪寒を感じさせる何かがいるという事は、情報として十分だった。
「いや、何ものであったかは分からない。こちらにも自由に動ける眷属でも居れば、もう少し」
グエンは、股をボリボリ掻きながら報告している。
時折、掻いた爪先の匂いを嗅ぐあたりは、性病と疑われても仕方のない仕草だった。
「ひとつ真面目に聞く」
「なに、改まって?」
「お前は、とにかく病院に行け!」
「は?」
喧嘩売ってんのか?という怒声が回廊入り口で響いた。
当然、注目の的である。
「性病は治療せんと治らん! しかも、不特定の異性・同性に感染させるのは人として無責任だ!」
そのやり取りを見て『またか...』と皆が安堵する。
「だぁーから、私は性病じゃないと!」
「掻いた手の匂いを嗅ぐのは...だな...」
「もう、カーマイケルは真面目過ぎる! 私は性病じゃない!! 虫のせいだって」
涙目になったグエンがカーマイケルを突き飛ばす。
これから決戦だというのに、傭兵団の中で微妙な空気になった。
ラージュも気になって前に出ようと瞬間――メグミさんがラージュの腕を引いて。
「グエンちゃん... 私が診てあげようか?」
「え?」
「マルちゃんも、心配だって」
ベックに肩車されて楽しんでいるようにも見えた彼女が、密かにメグミさんを頼りなジェスチャーを送っていた。ベックの方は、『マルは少し重くなったかな?』とか逆鱗に触れるデリカシーのない発言をして、親衛隊から火炎球を見舞われている。
「ま、マルちゃ~ん」
グエンの股は、性病では無かったが重度の皮膚病には罹っていた。
その影響で、微妙にチーズ臭の酸っぱい悪臭を放っていたのは本人の名誉のために伏せておこう。
ただ、その日から彼女の下着や洗濯・汚物品は隔離されるようになる。
「これは、軽い苛めですか?」
「いいえ、治療の一環です」
ヒーラーに促されて、何でも無い日は浴衣を上衣として、ノーインナーライフを贈る日々を過ごしている。
「流石に、下がスースーするのって、何かに目覚める感じだよね?」
って隣のベッドの人に話しかけてたりする。
その隣人が、エルフの娘とは思いもかけない事だったが。




