-61話 勇者と魔人 ②-
黒衣の剣士はまだ、束縛の呪文で拘束されたままだ。
もっとも、このまま解き放つつもりもなく、ただ、飼い殺す気分でもない。
「面倒だから封印しちゃおう!」
それを言っちゃったのが他でもない、元英雄13家のひとり・グエンである。
カーマイケルなどはその言葉を聞いて、呆れて言葉を失った。
マルは能面みたいな表情のまま、寝ている。
メグミ(仮称)さんは、そのマルに寄り添い立っている感じ。
ベックの強い嫉妬めいた視線が、常にメグミさんに向けられそれは、槍で突き刺すように痛い。
「まあ、確かに置いてあるだけ無駄っちゃあ、無駄だが」
ベックは煮え切らない言葉を並べ、『結局、決めるのはアッシュ君だからさあ』と〆ている。
そのアッシュ少年は、耳長いエルフの熱い抱擁の中にいる。
昨晩は、童貞喪失というデビューを飾り一晩でいろいろおめでたい話が飛び出していた。
パートナーのエルフ娘は、貫通式を迎えたとか、アッシュ君は割礼まで受けたとか――そういう話だ。
「あの二人が戦線復帰できるのは、もう少し先になりそうだが」
中隊長が遠い目になっている。
大隊長のレフも『若いって、いいな...』なんて言ってるが、見た目おっさんのアバターを操っている背後霊はまだ、20代の青年である。この間、主任になったと傭兵団仲間に報告している社会人だ。
「だが、このまま放っておくことも出来ないが」
「ああ、勇者はステアップでクラスアップよりも強いだろうし、おそらく女王対決も可能だろう」
「役者は、当に揃ってるって話だろう」
カーマイケルの視線がメグミさんに向いている。
「そこの婦女子、マル殿を覚醒させてくれないか?」
「覚醒?」
「この少女は、昼寝をしているようだぞ」
能面のようなマルを指差ししている。
ベックがそっとマルの頬を引っ張ってみた。
煙たそうに手で払いのけ、すぴーって吐息があがる。
「まさか、俺の小言の間も...」
その視線は上目使いに、メグミさんに向けられた。
「おい、新入り! お前も...」
「いえいえ、私、新入りですから」
とばっちりで胸倉掴まれたら、ローブが広がってセクシーショーツが見えてしまう。
それだけは、何としても死守するという判断に達する。
ローブの発動条件が下着姿で無いことは知ったが、アイテムバックから服が消えていては、ローブの下がインナーだけになるの自明だった。この悪戯にグエンも加担していることは間違いない。
悪戯大好きなふたりに振り回されながら、露出狂ギリギリの中で開発・調教中のメグミさんの苦労は今後も続く。
さて、覚醒を促されたメグミさんは、マルの耳元で『今日のおやつは、イチゴのショートケーキですよ』と囁いた。能面だった彼女の表情に色が戻り、異世界から戻ってきたような勢いで『ケーキ食べる!』と叫んで復活した。
ただ、マルの『ケーキ食べる!』という咆哮の後に、グエンも同じように叫んだのは似た者同士故か。
このやり取りを見てた皆が思った――子供か?!
◆
メグミさんの膝上に座って、ケーキを食するマルは、グエンの目には憧れの姿で映っている。
「お前でいいから、膝の上に座らせろ!」
と、ベック・パパの膝上に座ったグエンがある。
ただ、振り返りパパに『お、お腹に手を置くのはいいけど...む、胸は揉むなよ』と注意しているが、まんざらでもない雰囲気はあった。が、ベックの保護者モードでは欲求よりも強く父性が前面に押し出されている。
幼女みたいなグエンを流石に襲う気は無かった。
「ベック、気を付けろ! こいつは性病をもっている可能性がある」
なんてカーマイケルが忠告してたりする。
「性病じゃないもん! 騎乗動物から蚤を押し付けられ...」
「股下をガシガシ掻いている姿がヤバいんだ! 一片、ヒーラーに見て貰え!!」
と、おやつタイムに話す事でもない。
中隊長と魔女のふたりは仲良くチーズケーキに下包みを打っていたし。
勇者とエルフ娘も夫婦みたいな雰囲気になっている。
大所帯のパーティ全員にデザートが振舞われたが、これを作っているのも傭兵団の糧食班だ。
総長代理から作業従事者に『ご苦労だった、皆、喜んで美味しく頂いたよ』と労いの言葉を贈っている。
指揮官としての細かな気配りは欠かせない。
これも先々代総長から教わった大事な仕事だ。
「カーマイケル、総長ってのが大分、板についてきたんじゃないか?」
ベックからの心意交信が飛んできた。
心意交信は、相手のIDに直接飛ばす行為なので、キャラクターIDを交換した相手でないと成立はしない。
「そうでもない。それに俺は代理だ... 総長じゃない」
「お前が思うほど、代理の力は大きいんじゃないか? お前を支えるべきだった俺が出て行ってしまって言うのもアレだが、このクランはお前の代でアットホームに戻ってる気がするよ」
支えるべき――ベックは、かつてのクラン・傭兵団の片翼を担っていた。カーマイケルが左翼なら、ベックは右翼の将と呼ばれ、TOPから総長、3人の副長、双璧と呼ばれた将の両翼の将にカーマイケルとベックが立つ。その下には、中将と少将という肩書の冒険者が続き、1stと呼ばれるクランに在籍していたのだ。
初代総長は、圧倒的なカリスマで仲間を束ねた。
いや、皆、その背中に惚れたのだ。
しかし、彼は道半ばでこの世界を去った。
急性心不全――かねてより、余命3年の宣告を受けていたが、燃え尽きるまで生き抜いてみたい――と、語っていたなんて言葉を遺族から、聞いた仲間たち。皆が参加して開いたイベントでは、総長の遺影に向かって、『お疲れさまでした』と口々に贈った。
ベックが出たのはその後の話だ。
「指導者ってのは、あの人みたいになりたいものだ」
「俺は、父親みたいな存在でいいや...」
ベックの眼差しがマルに向けられているのが分かる言葉だ。
「お前の歳なら、兄貴だろ」
「いいんだよ、父親で」
「そうか」
「...あのさ、あいつ...どうすんだよ?」
倉庫でぐったりしている黒衣の剣士だ。
二刀流と豪語し、持っていた獲物も珍しい長剣。
そのひとつは、黒衣に準じた刀身を持ち、一見線の細さを気にしがちながらも芯の強さが絶妙な重さとバランスの良さが光る一品と言えた。これは、王宮の南に開かずの間で保管されてあった英雄王の剣だ。
英雄王という事から、後に剣には銘が与えられ――ギルガメシュと呼ばれるようになる。
もう一つは、ギルガメシュと対をなすひと振りの剣として記録される長剣だ。
勇者アッシュが第一征討の際に冥界の王から贈られたという伝説の魔剣らしいのだが、出自は不明。
しかし、氷のような結晶体で刀身が作られており、強い神格性と美しさの両面を誇った一品だ。レアリティであれば当然SSRであったり、URであろう。
剣の銘は――エンキドゥと呼ばれる神名をエンキ(知恵者)とした。
剣を持つと、初心者応援プログラム・音声ガイド・ナビゲーションが付いてくるユニークスキル付だ。
「ああ、あれな...マル殿にお願いしようと思ってたのだ」
「マルに?」
「確か前に、似た方法で保管を依頼したことがある...アレは確か」
マルが、カーマイケルの眼下に現れた。
彼女は、彼を見上げるような存在だ。
「永久不滅の氷柱牢獄だよ...」




