-58話 ちょ、背後霊さん? ②-
ルーカスの背後霊は、今年でニート暦4年目の22歳になった女の子だ。
名はメグミ(仮称)と呼ばれている。
身長は180cmを少し超えたところで、髪は長いところで臀部まで伸び、前髪は顔の輪郭を覆い隠して前が見えているか怪しい。気は優しく、大人しい傾向にあったが、その長身と態度で誤解を生じてばかりいた。
結果的には、引きこもるまでに付き合えた男の子はゼロだった。
経験が積めなかったのは、今ちょっと辛い悩みの種だ。
みんな、どうやってるんだろうと。
マルと過ごした20数分の不道徳な時間は、メグミにとって非常に濃密な環境だった。
彼女に新たなドアを叩く勇気が与えられたようにも思えた。
「まさか、いえ。そんな筈は...でも」
下っ腹のずうっと下の方が熱く感じるのと、奥の方がひりひりと燃え痛む感覚が心を襲う。
下着がひんやりと冷たく感じるのは、致した所作の残り火だ。
「やっぱり、したんだ」
◆
マルは部屋の中でずっと、黒くシミになった干からびた粘体をみている。
小さなスライムが力尽きた割には、無機質な感覚。
魔力は感じられないが、潮気が鼻をくすぐる。
いや、ちょっとチーズ臭というか発酵した何かかもしれない。
爆睡から覚醒した時は、ヨダレが干からびて口の周りがビカビカになってた。
もっとも、粘体の弾け散ったソレがうつ伏せのマルにひっかぶられてあった事の方が不思議で解せない。
スライムの粘体自然爆発なんて現象は初めてのことだ。
まあ、それがメグミ(仮称)さんのオイタだとは誰も分からないだろう。
「匂い、無くなった...でも、ビカビカになってる」
マルの観察日記にそれとなく記載される。
他人の記憶と記録に残る残念な粘体。
さて、マルは4日ぶりにお風呂へ向かう。
宿屋の大浴場は、女性専用の札が掲げられている。
これは絶対だ。
肩の傷を癒す猟師弟子の女の子や、ダークエルフの魔女、意気消沈ぎみのエルフもいるけど、一番騒々しいのはグエンさんだろう。脱衣所の中を素っ裸ではしゃぎ回っている。
そもそも、子供の頃がすっ飛んで抜けているらしく、子供らしく生きてこれなかった反動だと彼女は言った。けども、グエンは落ち着きがない。
マルが脱衣所の戸を開けた瞬間、誰かの下着が飛んできた。
頭に乗ったショーツを拾うと、
「んー。誰のです?」
傭兵団で調理担当をしている、ふくよかな女性が『すみませーん、それ、私のです』なんて肉を揺らしながらすっ飛んできた。彼女は額の汗を受け取ったショーツで拭いながら『恐縮です、恐縮です』と謝り倒す。
マルも『それ、ショーツですよ?』と真面目に切り込んでいる。
そして、彼女は『重ね重ね、ご丁寧に』なんてショーツを一瞥すると、再度、ハンカチのように汗を拭って脱衣所の奥へ消えていった。
マルが思ったのは――『パパと混浴の方が楽かも』である。
「出来上がったの?」
お風呂に来た、マルを見て湯船の遠いところからすーっと、耳長いエルフが声を掛けてきた。
「まあまあ、だね」
「過去最高の自信作といってもいいかもなー」
マルが湯船にぷかっと浮いた。
上向きの小ぶりな乳房が湯面に突き出し、仰向けで湯けむり漂う天上を見上げている。
「そう、なんだ」
「アッシュ君だっけ?」
「あ、うん」
「彼、戻ってくるよ」
自身があっての発言じゃない。
でも、そんな気がした。
マルが作ったゴーレムなら魂を封じれば、最高の器になるだろう。
いや、NPC最強の勇者が降臨する可能性もある。
「ありがとう」
「うん、彼が戻ってきたら、あなた達の仲を祝福させてよ」
ってマルが微笑んだ。
耳長いエルフの目に涙が零れたことを記録しておこう。
◆
その頃、メグミさんも大浴場の端にいらした。
湯煙の向こう側にあって、マルやエルフの娘、グエンに乳房をまさぐられるエイジスさんという面々をじぃーっと観察している状態だった。不可視化というスキルは、感知されないと隠蔽率は100%になる。
ハンター職業にとっては取得した後、鍛えておきたいスキルでもある。
カウンター系や危機管理系のアンチスキルに不可視化の隠蔽率を下げる効果がいくつかあるのだが、下げ幅が低いので、気象や環境効果・条件ではやはり発見性が芳しくない場合がある。
不可視化は、その意味で最強のかくれんぼ技なのだ。
メグミ(仮称)さんは、マルだけをずっと見ていた。
あの光景を思い出して、両太腿の間がじんわりと熱くなった。
「やばい、やばい」
こんなところでと思った。
ただ、幸い周りには見えないと思って、息を殺して所作にと――視線を感じる。
俯いていた彼女は、恐る恐るに顔を上げてみた。
「お姉さん、見ない顔だね?」
不可視化を看破されている事実。
マルが不思議そうに覗き込んでいた。
声も出ないほど驚くと、息を飲みこんで咳き込みそうになる。
「うーん、誰かに似てる」
うわー、思い出さないでと必死に念じた。
マルへの密かな思いが彼女を惹きつけたと、その時、彼女はそう思っていた。




