-56話 エイジスさん? ③-
気恥ずかしい面様で、彼女はちらちらとマルを上目遣いに見ている。
エイジスなりの反省という姿勢が、正座して肩を落として、口を尖らせ『ごめんなさい、調子に乗りました』という言葉をつぶやくものだ。そうやって今まで見せたことの無い新たなエイジスさんが開花している訳だが、どれもこれもと中隊長には、新鮮なエイジスさんだった。
で、エイジスが兄と呼んだ爺もマルの後をついて、傭兵団が借り上げている宿屋に上がり込んでいる。
まあ、図々しいというか。
この妹にして、この兄ありとでもいうべきか。
「お義兄さん!!」
と、爺を前にして中隊長が『妹さんは、必ず幸せにします!』と宣言していたりする。
当の本人にしてみると、確かに雰囲気は妹のエイジスではあるのだが、姿かたちが違うし、そもそも耳長い褐色のエルフが実は、妹ですよ――言われてもピンと来るはずもなく。彼の情熱的な宣言はその意気込みを買うとして、実感のない話に『うん、そう...そうなのか...ね?』と上ずった解答しかできなかった。
ま、これが普通の反応だ。
で、老師は長椅子に腰を下ろすと、
「どこまで話したかな?」
なんて、脈絡もない会話の続きを語り始めようとした。
「ちょっと待て」
「なんじゃ? 坊主」
爺は白い尾をひく眉毛の奥からベックを睨んでいる。
「その前に、お前は誰だ?」
「――ん?」
「マルちゃんの知り合い?」
別の長椅子に寛ぎ過ぎているグエンが内太腿をガシガシ掻きながら、問うた。
「あれ、グエンさん性病ですか?」
部屋を横断するお調子者の魔法使いが『いやー、無いなー、無いっすよ...性病は不味いなー』とか腫れものを見る目で遠ざかる。
「おい! 私は、まだ処女だ!! これは...アレだ!汗疹、そう発疹でいや、虫刺されだよ!!」
「うわー」
「...」
◆
「改めての挨拶だ。儂は、三賢者が長兄のバルドー・アナトミアと言う」
一同から、静かに感嘆する声が漏れた。
借り上げているから宿屋内でそこそこ大声を出してもさしたる問題は無い。
ただ、その場の雰囲気では、それが一番最善だと思えた。
地下の貯蔵庫には、気絶している勇者(反逆児)が眠っている。
ラージュの一撃は、それだけ重いという事だ。
「爺さんは何しにここへ?」
ベックが腕を組み、獣人らしい巨躯を利用して賢者を睨んでいた。
「導かれたといった方が正確かも知れんな。かつて勇者と呼ばれた少年に細やかながら、期待を持って居ったんじゃ。正しき心で黒衣の剣士の呪縛を解き放てると」
「それは今でも有効であると信じておる」
三賢者は、物語を紡いでいた英雄でもあった。
勇者の少年は、天上宮で母の名乗りを行った女王の前に膝を折った。
そして、彼は己を見失い、かつての仲間に刃を向けたのだ。
反逆児はそうやって生まれた。
寧ろ、幸薄い少年の心に入り込んだ女王の心理戦だったのかもしれない。
それでも三賢者は、少年の正しき心に一縷の望みを持っていた。
要するにだが、女王と反逆児を封印させたのは、少年の心と賢者御業だったという話だ。
魔王軍、いや、魔王としては面白くない第二幕だった。
そこで、第三幕に期待した。
それがラージュを人間界に置いている意味だ。
「じゃ、下で伸びてる奴は?」
ラージュが床下の意味を込めて指さしている。
爺の視線は娘の乳房に向けられていた。
「なんと立派な! 今時の娘の発育は信じられんな?!」
と、驚いた、これは見事だとか、感激し『伸びてるなんてあり得んだろ? その張り具合からすると、乳首は上向きではないか?』セクハラを通り越して、『殺していいか?』ラージュを激高させている。
「怖いなー カルシウムが」
「茶化すな、爺!」
殺気に満ちているのはベックだけじゃない雰囲気を賢者は、鼻で笑った。
「余裕のない連中だな」
「余裕ならあるさ、ただあんたが乱してる」
「ふむ、黒衣の剣士と勇者は今一度、分ける必要がある」
賢者が依り代の人形を懐から取り出すと、机の上に置いた。
皆の視線がそこへ集まる中、マルはじっと賢者を見ている。
「お前さんは、見ないのかい?」
「それは、ただの人形。人のAIを入れられる訳がない」
賢者の瞳が光る。
「それが分かっているなら、話が早い」