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ハイファンタジー・オンライン  作者: さんぜん円ねこ
ある場所、ある世界の原風景、さあ開演です
9/2325

- 西欧と帝国 -

 弾殻は魔法が掛かり易いオリハルコンとウーツ鋼の混合で出来上がっていた。

 少し矢を大型化すれば、バリスタ投射による攻城兵器にもなっていただろうという逸品である。

 ただし量産性はよろしくない。


「職人曰く、混合の割合が目分量で殆ど奇跡に近い。いや、レシピ通りにもう一度作れるか不安になるくらいの...そんな、シビアさらしい。私の“女神の祝福”と同じような雰囲気だよね」

 と、マーガレットの舌ぺろちょい、微笑みが可愛らしい。

 凛とした緊張が身体から抜けると、20歳を少し越えた年頃の娘らしさがある。

 この可愛らしさを貴族の子弟たちが見れば、必ずや求婚が殺到するに違いない。

 だが、彼女は頑なに拒む――私には、たとえ生涯独身でも、やるべきことがある――と。


「量産性の利かぬ鋼材を基に、もう一つ...恐らくは()()金剛石アダマンタイトと見ましたが? それを覆うという発想は...」

 馬上の騎士たちが魔女に注目している。

 彼女との歓談は楽しいという趣があった。

「説明は難しいけど...いうなればトロイの木馬」


「トロイ?!」


「そう...壁にはドラゴンブレスに耐えられるよう設計されているから、竜種を倒すレベルの効果が必然的になる。竜種以上の生物なんてそうそう居ないしね。でも、導師せんせい()()()()を知らない。重ねるなら、13英雄という新しいシステムも無知()()()...あの2千年前では」

 時々、突拍子もない昔話めいたものが紡がれる。

 まるでその場にあったような、そんな口調で囁きだす。

 不思議な女性ひとであった。

「竜種を薙ぎ倒した異界の神。異星の神...まあ、どっちでもいいんだけど、人側の13英雄と魔族側の13人の魔人とで鎮めたというあの騒動で...魔法はついに超究極攻撃エクス・アルティメットという扉を開かせた。...だっけ?」

 マーガレットも其処までの知識は、本や昔話からの受け売りだ。

 彼女の不思議な記憶には、魔神大戦は記録されていない。

「ええ、究極魔法...所謂、アルティメット・マジックと呼ばれる複数の或いは、同一の属性魔法をふたつ以上組み合わせる事で創作される...神話級の究極攻撃、エクステンド・アルティメット・マジック。いや、これはあくまでも、んーなんと言いましょうか伝説。伝説ですよ、伝説...数ある賢人でも、この領域に達した者は今の時代でも居りません。恐らくは諸侯の中で...はです」

 最後、語尾を濁したのは、マーガレットのドヤ顔が見えたからだ。

 ああ、この子また、何かやらかしたな――と、周囲が感じ取った。

 これも悪い癖だ。


 時々、こういう顔をする。

 根は悪い子じゃない。

 いや、ドジっ子で負けず嫌いで、喜怒哀楽の激しい多感さがある。

 忙しい子だ。

「ははは...」

 グラスノザルツ帝国とその国家を取り巻く環境は複雑だ。

 世界平和を謳い、各国の暗部から強制介入してくる“世界評議会”と冒険者ギルドという組織あたり除外すると、もう少し単純な世界観が見えてくる――グラスノザルツは、例の()()()()以前は、もっと北方の小さな、諸侯連合からなる共同体だった。


 各地が人類の敵と、()()()()()()()()()間に勢力を拡大したというのが大半の見方だ。

 だが、その以前から統一王シグルドによって諸侯は纏まり、最北の地で帝国の前身が生まれたのだ。連邦制を敷いたのはもっと後の話であるが、紆余曲折があってグラスノザルツが形成された――突然、現れたわけではないが、かつての大国同士の鍔迫り合いで済むような相手出ないこと、恐らくは人々の間で恐怖が増したのだろう。

 大小さまざまな国々を併呑してきた()()を相手にして、西欧、或いは中欧や南欧の強国ひとつでは、太刀打ちできない規模がそこにある。これに恐れなかったらそれは、鈍感ではなくただの狂信者に他ならない。

 滅亡を望む――だ。


 故に恐怖の伝搬によって、世界規模の巨大な包囲網を組んだ。

 有史以来はじめての大連合であろう。

 だから、綻びも分かり易い。


 いや、盟主はその分かり易い綻びも範疇と考えている。

 もともと締め付けて()()()という鎖ではないからだろう。

 西欧諸国連合の暴走は目に余った。

 ただし、実態や実績としては十二分に効果が期待できている。

 魔王という人類共通の敵を招き入れる。

 標的の帝国に、制限を与えるというものだ。

「世界平和を標榜する“評議会”の連中は、人類の救済と守護が一種の教義のようなところがある...アレのバックに、セーライム教と法国があることは既に探りを入れているから直に明らかになる処だろう」

 暗室の中に何人の貴族が居るかは不明だ。

 ただ、無駄に広く、無駄に息遣いが耳障りだった。


 視覚情報が遮断されると、それ以外の部分が増すというのは自明で。

 見えないのであれば触覚、味覚、嗅覚、聴覚といった部分が伸びる。

「冒険者ギルドを各地に派遣し、教義よろしく人々が他の職業よりも冒険者なんて不確かな身分に落とし込めるのは...アレか?! 我ら貴族に対する当てつけか何かか???」


「当てつけではない。それは国力を削ぎ落しに掛かっている。考えてみろ、小作人は地頭、地主の使用人という考え方だ。村ひとつの約100人前後だとすると、休耕地と徴税用としてまあ、平均1600エーカーくらいは必要だよな? 1農家が4人暮らしという...いささかごく稀なケースではあるが、納める税の為に耕作地16エーカーくらいは必要になる。それぞれの国の事情があるから、この数字の前後にはなるだろう...が、一家総出で働くには広かろうなあ?」


「だが3割あたりは...」


「ああ、休耕地。寝かせて肥沃に努める...まあ、それでも12エーカーを男手で1年。農奴たちの弱みに付け込んで土地に縛りを加えて、我らはただ消費する...これのサイクルが循環しているのは、小作人たちが常にそこにあるからだ! だが、冒険者に登録した者たちは途端にその身柄がギルドに移る...」


「所有権の譲渡か!!」


「譲渡? 違うな、帝国は俺たちから財を奪っているんだ!!!!!」

 冒険者ギルド、その上に評議会があり、その後ろにグラスノザルツ帝国という構図を反帝国同盟は描いてきた。

 単に絵空事ではないが、真実でもない。

 帝国も同様に“ギルド”によって、国内の小作人たちが土地に縛られない存在へと変わってしまっている。

 国力は生産力に直結していた。

「帝国が、西欧との間で会談を持つという話がある」

 場の空気ががらりと変化する。

 ピリピリとした異質さがあった。


 天井裏の這いまわるネズミたちも、騒がしくなってきた頃合いで――

「あの帝国からは想像もつかない皇帝だという話だが...まことにあれは帝国の王なのか?!」

 ざわつく以上のつぶやきは聞こえない。

 それぞれに好き放題、語り合っているような雰囲気がある。

 帝国に対して一国で挑む度胸は無いが、徒党を組めばワンチャンスという日和見が多い。

 いや、もっともそんなやからが同盟としての実態だ。


「聡明なのか愚鈍なのか...知見のある者たちでは図りようがないという。まあ、ひとつ共通しているのは、対峙してて心、穏やかになれるという点であろうな」

 帝国の皇帝に謁見するという機会は、実は非常に少なかった。

 よほどの数寄者であるか、命知らずか。

 或いは朝貢という形で臣従するくらいの手段しかない。

「西欧は跳ね除けた時点で、宣戦布告の大義を彼らに与える...しかし、のこのこと会談に応じれば要件に関わらず、人類共通の敵と対峙しているはずの立場が危うくなるだろうな...」

 と、一層深い暗がりにある一団を見つめる目がある。

 あの一角に西欧の貴族たちが集まっていた。

「そ、その帝国からの打診...どこから情報ですか?」

 上ずった声があがった。

「なに、ギルドの瓦版だが? 貴殿らは目にしなかったのか」

 引き攣った表情が見られずにラッキーだ。

「我らは復員船の手配で忙しかったのですよ、まあ、こちらの準備も未だだというのに勝手に始めた戦...それに合せる身にも...いや、まったく。なって貰いたいものですなあ」

 歩調を合わせなかったのは、同盟内でも明白である。

 ビジネス重視だという点だ。

 反帝国同盟でも、魔王討伐に兵を出した国は多い。

 その国々からも西欧の行動は容認しづらい。


 西欧もやや肩身が狭い思いである。

「会談、如何なされるのです?」

 鋼鉄の元団長は緋色と分かれて、その歩を“ダンケルク”へ向けた。

 まだ、帝国と西欧の間では()()()()()が続いている。

 ジェノバ軍と獅子の軍団が(刃を交えて)戦うという、状態になることは避けられた。


 だが、帝国の魔女から遠ざけただけで解決したわけではない。

 何れにせよ帝国からは、新しい巧者が帝国兵を引き連れて参戦するだろう。

 願わくば、騎士道を重んじる指揮官であることだけだ。

「グエンの情報だと“ダンケルク”に復員船が入っていると言うが...」


「西欧が用意した帰還者の、でしたか?」

 老騎士が訪ね、元団長の大男がうなづく。

 若い剣士は股の内太ももをしきりに搔いている。

「あいつ」


「気遣いは無用です。町の外れの宿で感染うつされたらしくヒールやポーションだけでは...蟲もなかなか」

 老騎士の肩を叩き、掻いた指、爪の間を嗅いでいる剣士の姿を指さした。

「あれは性病だ。適切な治療をせんと、落ちるぞあれの息子がな」

 老騎士の腫物を見るような視線が彼に刺さっている。

 空のため息を吐き、元団長の視線は“ダンケルク”へ向いていた。

《戦が始まる前に皆と、息子アレと合流できればいいのだが...》

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