-839話 ウォルフ・スノー攻防戦 13 -
さすがに八方手塞がりという訳ではないが、防衛に専念しなくてはならない状況に陥ったのは、おそらく初めての経験となる。エサ子が率いる獣王兵団としても、今までのような機動力を駆使して、敵の集団を端から削るといった戦い方が封じられると、何もできないことが露見する。
剣士はフレズベルグ譲りの集団戦にスキルの再振りしてきた。
しかし、帝国が投入した個の力“雷帝”のコピーによって、振り回されている。
槍使いも同様だ。
国境南部の均衡は、辛うじて保たれている。
それは、モテリアールがもぎ取った、制空権のおかげかもしれない。
◇
「個体ごとのハチャメチャな動きで、こちらは対処に追われて――」
エサ子の目の前に懐かしのメロンパンが出される。
こんな忙しい合間の中でも、ニーズヘッグは簡易窯を持ってきてパンを焼いていた。
「例えば、それぞれが別々に動いている個体を誘導してかち合わせたらどうだろうか?」
豹のような頭をもつ獣人がつぶやく。
これは作戦会議だ。
現在までに。
“雷帝”は、個体で戦線の広くに分布している。
ただし、そのどれもが僅かに重なる戦場を避けるように動いている節があった。
これが本能なのか、偶々なのかは未知数だ。
ただ、この穴には帝国の兵も突入してこない。
「強化兵を半包囲しようとすると、その背後に帝国兵が集まるところから...」
「彼らも完全には操作できていないのか?」
ニーズヘッグは左腕にナプキンを提げてある。
エサ子が粗相(=食べカスを鎧の上に落とすような)すると、執事然のニーズヘッグが世話を焼くのである。それを羨ましそうに三席のマンディアンが眺めていた。
「ほら、子供みたいですよ」
世話焼きの好々爺。
視線を感じて、エサ子がマンディアンにメロンパンを勧めた。
「ニーズヘッグの焼いたパンは絶品なのだ!」
「あたしも、あれが欲しい!!」
と、指さしたモノはニーズヘッグである。
彼は、竜王で逃げだしたエサ子の父親代わりだ。
兵団メンバーらが固まったのは言うまでもない。
◆
グリフォン騎獣兵を率いるモテリアールは、デュイエスブルクの空にあった。
長距離航空偵察の一環であるが、公国の南“ハイレルブラウン”城付近で小競り合いが起きているように見える。この辺りは、戦前なら美しい麦畑が、陽を受けて金色の絨毯に見えていた平地であった。
地殻変動後に唯一の平地なので貴重な耕作地域でもある。
現在は、踏み荒らされて見る影もない。
形状的にはなだらかなすり鉢、お椀の底のような感覚だ。
約2万エーカーで、3~4000人近い人々の食糧庫だった。
「あの旗は?」
初老の騎士は腕を上げ、
さらに上空にある怪鳥ゴーレムへ高高度偵察の継続を促す。
もう少し見える高度まで降下しても、差し支えはないかもしれない。
ただ、小競り合いに見えるのが本格的な侵攻だとすれば、地上から矢を射かけられるかもしれない、リスクは負いたくないというのが本音だ。
で、あれば――情報のすべてが長姉に集まる、怪鳥ゴーレムの方がメリットがある。
人の顔ほどにもある大きなレンズで、地表を撮影している偵察機。
わずかに5分間だけ、ショートムービーで撮影できる機能がある。
「隊長?」
「もう、いいだろう...あの旗が“緋色”だとすれば、早々にコメ家へ援軍要請が入る。その時まで、航路の維持を保つだけだ!」
眼下の小競り合いを気にしつつも、元の戦場へ戻る。
旗の数、土煙と金属の煌めき具合からすると、攻め手がやや不利な状況だった。
◆
北極海に小さな流氷がある。
魔法によってカモフラージュされた島であるが、二足歩行のシロクマが、飛竜ゴーレムに向かって手? 前足を振っているのが見て取れた。
しばらく、シロクマの上空でホバリングしている。
「えっと、降りてきても大丈夫ですが...」
聞こえ難いのでは思って大きな声で吠えていた。
亜人に見えて、ただの猛獣にしか見えない吠えっぷりだ。
「噛みついたりしませんよ!」
そういって噛みつくやつは多々ある。
ホバリングのまま、留まる――「魔法の一部解除で、陸地があらわれシロクマ以外の獣人たちが出迎えに来ている。ドラゴンを見るのは久しぶりな連中であるから、封印された“魔界”の入り口際に村を持つすべての好奇心さんが集まっていた。
総勢200匹くらいだろうか。
「人や亜人、二足で立って高さ、2メートルまで。重さは200kgまでなら押し込んで、1000人くらい命の保証無視して運びますが...ご依頼は何でしょうか?」
数人の技師ら降りてくる。
ドラゴンの尻のハッチが開くと、さらに数名の技師が顔を出す。
飛竜ゴーレム1体につき、引っ越し業者っぽい技師は6人もいた。
これは、メグミさんによる手配だ。
『なんか重たいもの運ぶらしいよ』――である。
「えっと...」
シロクマがゴーレムの腹の中を覗きに行く。
そして戻ってくると、
「やっぱり無理っぽい!」
村人たちに吠えてた。
まあ、獣人だしなあと、技師もやや慣れ始めている。
「...失礼ながら、どんな物を運ぶので?」
「ベヒモスの成獣、4体です」
変な空気が流れる。
北極海だから涼しいというか寒い風がだ。