-838話 ウォルフ・スノー攻防戦 12 -
魔王軍の鉄壁な守りを衝いて、皇帝を襲撃した者たちの撃退は成功した。
これを教訓としてとらえると、甲蛾衆だけではない、暗殺専門の部隊が存在することが分かった。
釣果でもあり、面倒な話でもある。
守備できる範囲を小さくコンパクトに再構築し直さなくてはならない。
帝国の強化兵はタフで、恐れを知らない。
人外を相手に戦争するとは夢にも思わなかった。
これが、魔王軍の正直な感想だ。
三席マンディアンは自分の天幕の中で、ホットミルクをすすりながら後悔していた。
人間の平均的な職業レベルはせいぜい20から25止まりである。
冒険者のように、卓越した生存能力を磨いている者でも、30が平均だという。
これを基に部隊の抽出を行えば、自ずとキメラを主力とする魔物、22個師団という計算だ。
眉間に皺が深く刻まれる。
《何を間違った? いや、そもそもどこで...》
すする。
ホットミルクは、未だ強烈な熱さを湯気の立ち具合で主張している。
「閣下」
天幕の外からの声だ。
伝令の両脇、天幕の入り口の柱みたいに兵士が立っている。
「なに?」
やや不満げに問い返す。
「お父上が獣王らと連絡を交わされた模様です」
こういう情報は、主人を同じくする使用人同士の間で連絡は、間密に行われている。
だから、箱入り娘のマンディアンが何処そこの街に立ち寄って、何の店のデザートを食ったのかというのを父親の耳に入るのも瞬時であったし、その逆も同じだった。
箱入り娘は、お父さんっ子なのである。
で、自分と素性が同じであるエサ子に対しても、激しい嫉妬を抱いていた。
マンディアンも獲物としての戦斧を遣う。
だが、エサ子のように身の丈と同じような大きさは無理だ。
そんなに筋力がないから、腰帯に突っ込んでいる手斧クラスの戦斧を持ち、実のところは槍か二刀の剣を遣うのだ。いうなれば、エサ子の下にある“槍遣い”であり“剣士”であるわけだ。
ひとりで三役をこなすマルチプレイヤー。
「で、父上は?」
「はあ、お詫びと称して都市殲滅戦牛王が遣わされるとのことです」
これは内緒話のようなものだが。
入口際の兵士がたじろぐ。
当然、住人であるマンディアンも素っ頓狂な声を挙げながら、飛び出してきた。
寝間着みたいな感じの軽装だ。
「え、ちょっと待って...ベヒモスが来るの?!」
「――っ数は!!!!」
首を絞めている。
魔物でも首を絞めて頸動脈を圧迫すれば、血が止まるし瞳孔が開いて白目になりそうになる。
襟の際をもってクロスで締めているから堕とす気満々だ。
「...」
「閣下!」
入口の兵士になだめられた。
襟から手を離すと、すぐさま息継ぎで咳き込んでいた。
「数はおよそ3ないし4体で、線牛遣いを送り込むとの事で――恐らくは成獣だと思われます」
第一形態の“仔羊”などを送り込んでも、命令を無視するようなら意味がない。
とはいえ、過剰過ぎる戦力であることは彼女もよくわかっている。
「それほどまでに帝国の...“強化兵”というのは実力差があると?」
「お隣の兵団より強さの指標を尋ねたところ、英雄に準じるとのこと...」
マンディアンとしてはあまり面白くはない。
ただ、自身を基準にしても強過ぎたために、本当のところはよくわからなかったというのが、本音だった――22の師団は逆に相手が強過ぎて、分からなかったというのだ。
で、獣王兵団は互角に渡り合っていた。
これが正体だ。
「英雄か、正直パッとしないものだな。基準が掴みにくい――戦士レベルで如何ほどあれば、その...英雄と呼ばれるような人外の戦力になるのだ?」
◇
「基本職という括りでいうのなら、カンストした60だよ。二次職業なら70で、三次(上位)職業なら75まで上げることが出来た者を総じて、英雄級と呼ぶ。とはいえ、伝説の13血脈の英雄たちは、総合評価レベルは100だと言われているから、測れるものなどはこの“世界”でもいないとされている」
と、小さいの小さいのを見下ろしている。
腕を組み、背中に巨大な戦斧を担いで、パンツを被る少女がそこにいた。
まだ、マルにパンツを返していないようだ。
「っちぃ、な、何でお前が!!」
「悲しいなあ、お姉ちゃんのボクが目安を分かり易く説いてあげたのに」
しゃがみこんでいるが、膝を立てて不動となれば、エサ子とは身長が同じになる。
まあ、それは当然である。
“世界”が違うだけで、元は同じ娘であるからだ。
または、NPCであるか、PCであるかの違いだけである。
「誰があたしのお姉ちゃんだ! 元は...いや、鬱陶しいなあ」
咳ばらいを一つ吐き、
「で、殿はどうしたのよ? まさか敵前逃亡...じゃ、無いんでしょ」
エサ子は首を振りつつも、積み上げられた土嚢と腰の高さの塹壕を見る。
「これじゃあ、浅いし土嚢は低すぎる!」
「何でよ?! 人間相手なんだからこれで」
人差し指で口をふさがれた。
マンディアンの視線が鋭くなってが、エサ子は動じることなく――「デュイエスブルクが反旗を翻した! 今、中欧諸国軍と交戦に入ったとの連絡を受けて、南欧に参加してた“緋色”が戦線から外されちゃってね...こっちに合流するって」
「はぁ?! えっと、そいつらの...」
「うん、“世界”ない故郷だけど関係者ではある。だから、南欧が警戒して彼らを放逐したんでボクが面倒を見ることにしたんだ」
勝手すぎるという声を出す。
確かにエサ子は相談するべきだったが、それはマンディアンが聞く耳を持っている場合に限る。
結果的に事後報告でこんなものだ。