-837話 ウォルフ・スノー攻防戦 11 -
戦線の縮小は、この状況下では仕方のない事態だ。
ウォルフ・スノーだけの戦争ではない。
が、皇帝ラインベルクがかの地にある事で、王国に戦力が集中されてしまっている。
これが現実だ。
もっとも、西欧、中欧、南欧との三方から帝国の包囲網を崩さんと努力はしている。
ただ、それが効果的に、働いていないことが挙げられる。
二つ目の懸念は“デュイエスブルク”の動向だ。
魔王軍のアサシンらが方々で、甲蛾衆と表裏で激突を繰り返している。
これが執拗なので、アサシン側も微妙に不信感を感じ始めていた。
多分、そういうきな臭さには敏感だったのだろう――妨害電波による雑音の荒しで、付近に敵がいると分かるような現代戦のようなものと同じで、ちかく軍事行動が策定されるような状況になると、陽動と称して別動隊が動きだすものである。
アサシンの情報はすべてメグミさんの下に届けられている。
魔王ウナ・クールの仕事は、かつてのクロネコと同じくメグミさんの哀願だ。
膝の上に乗せ、ウナのお腹を触ったり、胸を揉んだり、髪や首筋の匂いを嗅いだりすることで、メグミさんの気を紛らす重要な役目だ。
おそらく、この百合な風景を“ザボンの騎士”のベックが目撃したら発狂したに違いない。
かつては手をつなぎ、チューをしあって――ベッドに入りかけたこともある、恋人見習いだったふたりだから、音信不通になってもう数年は経ってしまっている。
これは、こちらの“世界”時間でだ。
体内時間が正確とは言わないまでも、およそリアル時間では1週間もたっていないと思う。
ベックとしては、一日千秋のような思いであるから。
誰かほかの男に、NTRたと勘違いもして夜な夜な枕を涙で濡らしたものである。
そのたびに、クラン員から「いい歳こいてるんだから、寝小便する前にトイレに行けよ」と揶揄われた。
「ねえ、メグミお姉さま」
ウナには、ひとつ大きな条件が課せられてある。
これは純粋に、魔王よりもチートな力を持つ彼女の前だから成立した条件だ。
ウナは、メグミさんに“お姉さま”と敬称を用いらなければならない。
「なに?」
盤面の様相は、南の防衛線が拡大しそうな雰囲気にある。
それは“デュイエスブルク”のきな臭さがある。
南から目を反らせるために、わざと北方――いわゆる、甲蛾衆による暗殺騒ぎが絶えない。
現時点では未遂に終わっているのが、彼らは本気なのか、否かの分かれ道なのだ。
「マルちゃんは?」
少しメグミさんの目が泳いだ。
別段、内緒というわけではない。
彼女自らが戦力外に置いてほしいと懇願してきた――アサシンの魔狼族20名と共に皇帝ラインベルクの警護についている。
もちろん、秘密裏にだ。
「別働だよ」
ふーんという声が漏れ「ヨネちゃんは?」
再び、メグミさんの目が点になっている。
「コメ家で長姉だけが、最前線の差配を?」
「いや、ヨネの得意分野を伸ばしてるよ。あの子は更に最前線でスライムヒーラー部隊を率いて、大規模な野戦病院の構築を行ってる。そこを起点に兵力を逐次投入していく予定なのさ。帝国の無尽蔵な“強化兵”に対する治癒工場で量的暴力を凌ぐのが目下の課題かな」
南の押され具合は、国境の一部が侵入不可による立地的な課題にある。
帝国の補給線を、制圧した制空権で圧迫することができているが、帝国の強化兵は水だけでも数日は稼働可能な使い捨てのゴーレムのようなものである。ただ、食い繋ぐために一部の一般歩兵らは撤退している状況でもあった。
この強化兵を攻略できれば、飛竜ゴーレムによる絨毯爆撃がもう少し、戦果として生きて来る筈なのだ。
◇
マルの予測通りにラインベルクの襲撃があった。
ハイエルフの放った土蜘蛛衆の投げ縄に足を取られ、マルは、ラインベルク顔を股で挟み込むという恥ずかしい行為に失意のどん底にある。エサ子にパンツを剥がされたり、長姉に胸を揉まれたり、キスを強要されることは多々ある。
聖女エリアスも性癖では似た者同士だし、聖水によりヤク漬けにしようと画策すこともある。
が、さすがに男性の顔にソレを押し付けたりしたことはない。
まして鼻息が当たる距離までとは。
天井裏に戻ると、皇帝の警護はそれまで通りアサシンが行っている。
マルは、名を呼ばれても返事もしないでいる。
「義兄上さま...」
鼻頭に等しさ指を当て、手のひらで口元を隠している。
自信を人間だとは一度も思ったことはないが、不覚にも股間が生理的に反応したことは考え物だ。
そもそも、あの温かさと湿っぽさ、いや潮気は――「マーガレットもまさか...あんな感じなのだろうか」主人へ向ける感情ではない。が、近くに女性といえば、年頃で適当なのと思えば彼女しか思い足らない。
マルに対して「もう一度」というのは聊か失礼な気もする。
城の外、国の境目では戦争まっしぐらである。
「うむ、なかなかに新鮮な体験であるな」
天井裏にマルが居るとは思っていない。
やや、義弟も心配そうに義兄をみつめている――何を言い出すのかという注視だ。
「...っ、されるがままというのも」
天井裏で物音。
マルが恥ずかしさのあまり丸まってしまった。
恐らくは、スライムになっている筈だ。
ここに「姉上、ドンマイ」と声を掛けるヨネはいない。