-833話 ウォルフ・スノー攻防戦 7 -
各戦場のわちゃわちゃ感は祭りのソレに似ている。
高空での戦闘は、グリフォンに騎乗しているモテリアール卿とその配下たる装甲騎兵たちの独断場と化していた。騎獣兵との接点はなかったが、不思議と、訓練用に魔王軍で借りたグリフォンとの相性は抜群だった。
まさか、僅かな時間で乗りこなすとは誰も思っていなかっただろう。
これは本人も驚きだ。
出会った最初こそは、どちらも初心な反応を示していた。
が、モテリアールがグリフォンのブラッシングで話しかける時間が長くなると、自然と距離が縮んだようである。
今では、相棒と呼び合っている。
いや、グリフォンは甘い声で啼いているだけだが。
これを彼に向ける愛情表現だととらえれば――ふたりの間に入れるものは誰一人いないのだろう。
愛娘でさえ妬くほどに仲睦ましい風景だ。
◇
ペガサスナイトの騎獣兵1個中隊が、帝国領レグニツァから強襲を仕掛ける。
上空高く舞い上がり、弧を描いて振り下ろされる刃のような、挙動を見せたところまではいい。
ただ、目標とするモテりアールのグリフォン大隊の姿がない。
真下から上がってくるまでの間では確かに“魔法円盤”にて捉えていたはずの光点が消えているのだ。いや、高度と方向は間違っていないから、彼らの頭上に出た「!」と思っても間違いではない。
帝国がエネミーサーチで、索敵を仕掛けたことはモテリアールらもわかっている。
だから“魔法円盤”を持っている老騎士は全軍を散会させて、雲の中に潜り込ませたのだ。
耐水属性魔法によるデバフを施したうえでだ。
空中戦はド素人だか、戦争は玄人である。
「我らを強襲など、百年は早いわ!!」
いや、相手はエルフなので百年前でも彼らが大人である。
が、モテリアールは「全軍突撃!」と、叫んでいた。
空の上での局地戦では、モテリアールの前に敵なしだ。
制空権もどんどんウォルフ・スノー王国側へと塗り替えられる逆転現象が起きている。
問題は地上戦なのだ――。
◆
拳を突き出し、四股立ちで微動だにしないのが“雷帝”のコピーだ。
相対するのはパンツを被った少女である。
準備運動でもするかのように、身長ほどにある大戦斧を器用に、くるくるとまわしている。
身体に這わせるような、ねちっこい動きだ。
「さあ、遠慮しないでいいからさあ、おいでよ! ボクと遊ぼうよ!!!」
手招きさえできるのは、どこから沸く余裕なのだろうか。
ピィィィィー
甲高い音色が響く。
モスキートホーンと呼ばれる、高周波音を奏でる角笛。
“雷帝”が一斉にエサ子を目指して爆心地へと向かう。
いや、いくつかのコピーが豪快に吹き飛んだ。
四方八方から飛び込んだうちの、2ないし3人だが。
「サンキュー! 兄うえ~」
爆心地の中のエサ子がクレーターの外にいるいち兵士に手を振っている。
いまや、猛攻中の中を右に反ったり、前かがみにお辞儀したり、後ろに反って半歩下がったりと――まるでダンスでも踊っているかのような雰囲気だ。エサ子にしてみれば、この格闘家たちの攻撃は、目で追わなくても勘で分かるものだという。
「いやさ、ここまで来たんだしさ...マルちゃんにも良いとこ見せたいんだから、本気で殴ってくれないと!」
と、彼女はその一つを腹で受け止めた。
当然、雷撃が迸り爆発に近い衝撃が奔る。
戦場の誰もが、少女の落命を気にした――いや、帝国兵だけだ。
対峙する獣王兵団の化け物たちはニヤニヤと小気味の悪い笑みを浮かべている。
長剣を二刀で構える剣士も「あいつが怒ると怖いんだぞ!」という。
「っぺぺぺ、砂が口に入った」
エサ子はボディブローかましてきた人形を掴むと、頭を粉々に粉砕してみせた。
これは槍使いでも、ゲロゲロなグロいシーンだ。
「こんな相手に魔王軍は苦戦してるの?」
と、エサ子はちょっと口が過ぎてしまった。
◇
第三席がビーチパラソルを立て、乳白色のカルピスソーダをすする戦場の後方では、バカンスいやバーベキュー大会が開催されていた。肉は、どさくさ紛れに近くの村を襲って回収した豚や牛である。
村人たちが領主に「困ったことに――」と告げ口される前に、彼らはすべて排除もしているという念の入れようである。帝国の流れ者が、村を襲撃してきたと見せかけるよう工作まで施してだ。
そんな快適かつダメダメなキメラ師団の最前線から、伝令が奔ってくる。
「マンディアン様に...」
と、通された使者は彼女に伝令内容を伝えた――“第三席に兵なし”と。
正鵠には“魔王軍には、腰抜けは居ないと良いのですがね”という内容なもので、三席だけでなく魔王本人にも送られたというのだ。
発信者は、エサ子である。
『危なくなったら、逃げてもいいからね』――の真意が、ここに集約される。
「っあんの、変態娘が!!!!」
パンツを被った小娘だと侮っていた。
同じ武器を操り、素性も似通った背景を持つ。
父、獣王から溺愛されて育った箱入りにも、心のうちはドロドロとした欲がある。
父では成しえなかった次代の魔王への渇望だ。
そのための点数稼ぎが今である。
楽して勝つ!
これは信条である。
が、否定されたような気分になった。
初めての感情だ――似たもの通しだから生まれる憎悪なのだろうか。
「ぶっ殺す!」
思わずかぶってたペルソナが落ちた瞬間だ。