-830話 ウォルフ・スノー攻防戦 4 -
絶賛、防衛戦の真っ最中だ。
どこからか「案外、口ほどでもないな」なんて皮肉ぶった言葉を耳にすることが青くなった、今日この頃――戦争なんてものは始めて見ないと、分からない――なんてことがある。いや、戦争を肯定しているわけではない。
カタログスペックだけでいえば、間違いなく魔王軍は人外である。
だが、それはあくまでも仕様書を見比べての話だ。
同じようなスペックを持つ者通しをそれぞれに合ったテスト環境で比較したら、どう転ぶか分からないと言えば少し咀嚼できるだろうか。
開戦当初までは一方的な戦場が多く見られたが、徐々にその差が埋められていった。
帝国が逐次投下していったのは、なまちっろい人間のようなモノだ。
ここでモノというのは、得体が知れないからである。
例えば、マル配下のスライムナイトと互角に渡り歩く妙な戦士たちがある。
一見すると、人間のように見えるものの一騎当千のスライムナイトから獲物を奪うような連中である。
100名の勇者たちが投入されて、10数名が戦死するという戦場になった。
「とうとう、実戦投入されたか」
皇帝がぽつりとつぶやく。
「義兄上さま?」
「ああ、イズーガルドに伝わりし禁忌の技術だ。“聖櫃”らが一部を解明して、ハイエルフどもが術式の設計に関わったという話だが。俺もその全容が知りたくて、方々で動いたものだが――」
首を横に振り、
「しっぽを掴む前に...これだ」
◇
帝国が最前線のみに投入しているのは、未だ試験段階のものだ。
言い換えるなら、1.5世代モデルとでもいうか。
第一世代は、肉体強化に成功したものの短命だったのが問題となった。
ベースとなったのは、ラインベルクが解放したはずの奴隷市民であり、彼らは自らの足で培養水槽の中に飛び込まされた。
その数は恐らくは数千万人であろう。
発狂せずに実験に耐えられたのは、その3割で他は、培養水槽に戻された後に培養液となって、次の世代の為の糧となったと記録されてある。
科学者の癖でメモ書き程度の記録が残されてある。
ハイエルフたちが注目したのは、溶液内で新しい身体を作り出すという行為である。
すでに生殖機能の低下と、出生率の緩やかな減少によって極めてゼロに近くなっているハイエルフにとっては、この技術の完成こそが、種を絶滅から救う一縷の希望だと考えていた。
技術的には中らずと雖も遠からずだ。
目的はあくまでも医療行為で使われた遺産である。
と、いうのも欠損部位の再生技術の応用であり、最悪、類似した生物の模倣生命体を組成させて、生体間移植を可能にするというものである。
例えば、クローニングさせた肉体に意識をアップロードさせるといった技術には聊か向いていないものである。
しかし、帝国はこれを軍事転用し“強化人間組成システム”と名付けた。
名付け親が“聖櫃の騎士団”というのが皮肉たっぷりだ。
転用が可能になってから、ハイエルフ族の健康な女性が試験的に生み出されている。
とはいえ、希望者のみとする月ベース10数体までのようだ。
◆
デュイエスブルク大公国がウォルフ・スノーの南側で孤軍奮闘踏ん張っている。
南欧に参加しているグワィネズからしてみると、半ば他人でありながらもどこか元の世界の父に似た公王の奮闘ぶりを吟遊詩人の奏でる唄で知るのはもどかしい思いだ。出来れば、父の下に赴いてその傍らで槍を振るえれば、親孝行にでもなっただろうと考えた。
――吟遊詩人は更にその嫡子、ベネディクト殿下を讃える。
「ベネディクト?」
傭兵上がりの冒険者たちが、グワィネズを見る。
「俺の弟さ、末っ子だから...今は15ってところか」
少し間が空く。
それから唐突に身の上を語る。
「俺の直近にはふたりの弟があって、その末弟にベネディクト。あいつは俺にない王の器があったな...その場にあるだけで自然と人が集まるというか、カリスマっていう魅力か」
皆が思う、自分を棚に上げ過ぎだと。
グワィネズこそ、カリスマの塊である――彼が馬上から剣を振り上げるだけで、男たちは奮い立ち十全に能力を引き出される将器の大人物である。こういう人物を敵に回すと、兵の心はなかなか折れないものだ。その彼が、末弟には敵わないと卑下する――「いつまでも言ってろ」と、ややヤケクソ気味になる。
「伝令!」
グワィネズの下に文が届く。
雷帝エルネストの群れをデュイエスブルク国境付近で目撃する――という、内容だ。
斥候を務めているのが、魔王軍であるから南欧の横やりが引いた瞬間を狙って突きこんできたものだろう。が、グワィネズは動かない。
「おい?!」
「罠だと思ってるのか?」
「いや、このタイミングで報せが来たのを考えている。迎撃なら、あの長身でバカみたいに大きなおっぱいの姉ちゃんが、寄越すかなと思ってな。もっと深く考えろ...あの姉ちゃんなら俺たちに何をさせたいんだ?」
メグミさんは、顔のパーツが飛びそうなくらいくしゃみをしているころ。
グワィネズの下に、もう一つの伝令が飛び込んできた。
「ブランデフ大峡谷上空で、騎獣兵による空中戦が開始されました!!」
なんとなくだが「よしっ、でかした!!」と、叫んでいた。
思わず叫んでしまっただけで、思い返してもなぜそうしたのかは分からない。
ただ、何となく好機と、思えたというのだ。
「全軍! 出陣ッ!!!!」




