-828話 ウォルフ・スノー攻防戦 2 -
ウォルフ・スノーの南には険しい峡谷“ブランデフ大峡谷”というのが拡がっている。
国境線に沿って長さのある、深い谷になっているというのが特徴だ。
地殻変動による作用の一つで、プレートが衝突し伸ばされ、引き剥がされて再び、大接近しあった名残であるという。
その結果だろうか、周辺大地は標高が高く、ピレネー大山脈に次ぐとも言われている。
ただし、陸路での踏破が難しいだけで、侵攻が出来ないわけではない。
帝国の衛星国には、他の国々との大きな違いがある。
いずれの衛星国には、騎獣兵があるという事だ。
まあ、当然、帝国と国境線を接している国だけの話だ。
すべての衛星国にこの精鋭部隊は居ない。
ただ、ウォルフ・スノーだけが特別ではないという話だ。
◆
「まあ、それは空中戦が発生するという事か?」
パレスーは顎髭を弄りながら、麦酒を煽る。
昼間からの過ごし方ではない様子に、やや周りが引いている感じだ。
パレスーの風貌は、スポーティなおっさんという雰囲気だ。
側頭部を刈り上げて、ブッシュみたいな頭頂部を持つ。
生え方の違う髭をこさえて、それが不精だと分かると本人の素性もどことなく理解できてしまうところ。
「おう、そんなに見つめても...俺は男を抱く趣味はねえ。まあ、アリス(カフェイン)のような、こうちっこくて中性的で尻の穴が緩そうなガキなら、うむ、悪くはねえな」
「同感だ、あれは実に華奢なつくりだ」
「おお、分かってるねえ。そりゃあ、抱いたクチか...」
ラインベルクの反応を見て楽しそうにしている。
「如何にも」
「あれはな、首の後るからこう、押さえつけて尻を上げさせた時に良く泣いたもんよ。それによぉ、耳が弱くてなあ――」
ラインベルクはその会話から、アリスが背を向ける事を嫌っていたのを思い出している。
およそ彼の居た世界と、ここでは違うことは、身の上を語らせたときに何となく察したところだが。されていたことの違いはない、といった当たりなのだろう。
で、あれば。
彼女は、この化け物たちの慰み物だったという事だ。
「そういう話は止せ」
老人が割って入る。
八席と渡り合えるような力は持っていないが、物怖じもしない。
場数による経験か、或いは猛者としての自信からか。
「爺さんも少しは乗ってくれよ、興が覚めちまう」
「昼から酒なんぞ飲みおって、魔王軍本隊が来るのに、その顔で出迎えをするのか?」
ラインベルクは、耳を疑った。
「今、なんと?!」
「魔王陛下が来られると...」
老人は、マル配下のモテリアール卿である。
ウォルフ・スノー王国までの道が開いたと、報告した後に第一軍も動員するという旨が返信されたばかりだ。
およそ半刻前の話だから、そろそろ兆しがある頃だろう。
◇
「陛下!!!! た、大変で、です!」
空を――と、指差す兵士がある。
義弟とラインベルクがバルコニーへ赴き、空を仰ぎ見る。
“竜”が飛んでいる。
絶滅したはずの飛竜だ。
この光景は、ゴーレム2号を通して見知っている。
「あれは、竜です、よね...義兄上さま...」
「ああ、間違いないだろう」
パレスーも覗いて驚愕しているクチだ。
モテリアール卿は部屋の中でしれっとしている。
この比較からしても、魔王軍の陣容ではないことが分かる。
だが、もう一度、空を仰ぎ見てしまう。
飛竜タイプが10体以上はいる。ひと際大きなタイプのも含めると、大空を獲られたような感覚に襲われる。
「ふむ、いつ、いや何度見ても“空を獲られた”気分で落ち着かないものだなあ、パレスーよ?!」
亀島で寛いでいた魔王軍筆頭、脳筋戦士“アロガンス”は、脇の下の匂いを確かめながら登場する。
時折「いかんな、酸っぱくなっておる」などと口にする。
「身体を洗わないのが良くないんですよ」
と、パレスーは返答する。
「ったく何しに来たんですか? ここは守りの将である俺が、きっちり守って見せますって」
「あ、いや...それは引き続き任せるよ。ボクらがここに来たのは、帝国に侵攻するためだ」
城の転移門から続々と怪しさ満点の人々が出てくる。
基本、城に施された魔法陣は、召喚門で招待されないと、開かないセキュリティがある。
この理を破って、珍客万来になっている。
塔にある魔法士たちが、喚きながら応接間へ飛び込んできた――「陛下、門が壊れました!!!」
「いや、壊れたのではなく...ピッキングで抉じ開けただけだよ」
と、魔王ウナに続いて現れたのがマルである。
◆
ウォルフ・スノー王国から、戻ってきた斥候たちは口々に“竜”を見たという報告を告げる。
イズーガルドの一件でも飛竜の姿は目撃されている。
また、ドニエプル城塞を壊滅させたのも“巨竜”の仕業というのが専らの噂だ。
帝国でも真贋に関わらず、そういう話を収集してきた――が、いずれも局地的な話だ
魔王軍のあるところに飛竜ありと。
「こちらの世界で死滅したとしても、あちらの世界のドラゴンが死に絶えたわけではないと思えばまあ、合点は逝く。魔界の竜まで動員するとは、魔王陛下も必死と見える...」
女帝ルイトガルトは、バルコニーから夜の風を全身で感じている。
グラスの中の氷が、カロンと奏でて転がった。




