-54話 エイジスさん? ①-
傭兵団一向は、第二王都を後にした。
その道すがらで、困った体の猟師2名を相乗りで迎えた頃は、このパーティも随分とプレイヤー偏重の一行になっていた。ヒッチハイクに成功した猟師は、親子ほどに歳の離れた娘を、難しい表情で看病する。娘の傷は、左肩を筋肉ごと抉ったように削がれていて、傷跡が痛々しく見えた。
「その娘の傷をみようか?」
中隊長が、魔女を介して尋ねてみた。
猟師の男はやや不審がっていたが、エイジスの診察を邪魔することは無かった。
「ハイポーションを使っても宜しいですか?」
と、エイジスは尋ねてきた。
例の赤い色の高級ポーションだ。一体なんの血で、出来ているのか不明瞭な超高価な水剤だが、その効き目は瀕死の半分死人さえ回復させる力を持つ。ただ、金貨を数百枚投じても買えるどうか不明なほど、高価と言うだけのアイテムだった。
「ああ、構わんよ」
その即答には、大隊長も驚きの表情を浮かべた。
「いいのか!」
まず、猟師が声をあげた。
続いてやや不機嫌そうに大隊長が彼の横を素通りする溶剤の行方を追った。
「この娘の傷は、深く調べなくても障害が残る傷だ。ならば夢かあるいは、就くべき仕事を捨てて不自由に暮らしていくことを、選択ではなく強制されて納得できない人生を歩むことになる――そんな、生き方を私は彼女に歩ませたくはない、それだけですよ...」
中隊長の不器用な愛情表現だ。
魔女はくすっと微笑んだ。
「まったく...お前と言う奴は」
大隊長もやや呆れた風に魅せているが、娘の手が職人っぽい後を観察していて納得している。
「いや、高価な薬を恵まれる謂れは...」
「ならば働いて返せばいい。貸しや借りだと考えて気が済むと言うのなら、我々はそれでも構わない。もっとも、職場だがこちらで勝手に決めさせて貰うが宜しいかな?」
猟師が項垂れたまま、
「よしよし、この娘には悪いがエイジスから魔法を学んでもらうぞ! そして猟師だが、遊撃中隊の斥候班に所属してくれるなら、目も届いて安心なのだがな」
猟師の肩を軽く叩いている。
「溶剤なんて、使わなければ消費期限が切れて使い物にならなくなる。金貨何枚なんて関係ないのさ、使えるときに使うってのが大事なんだよ」
と、締めている。
その中隊長の言葉にエイジスが感動のあまり震えていたのは内緒だ。
◆
第一王都に差し掛かる前に、三賢者がひとり、エイジス・アナトミアという大魔法使いが、地表で女王討伐に意欲的だという噂を耳にすることになる。その話を市場で果物を買いに来ていた魔女と、糧食班ついで買い食いしているラージュ一行が耳にする。
「エイジスって...お前?」
ラージュは、魔女を指したが彼女は不機嫌そうに見えた。
伝説の大賢者を、人としてひとり多く見積もっても、二百年以上の年寄りであろうし、三人とも人間出身だ。うち、長兄であるバルドー・アナトミアは当時でも4百歳を越えていた。仮に生きていたとしても、もう6百数十歳とかになる。
そろそろ痺れをきらした、死神から執拗に追われているような存在になっている筈だ。
長女のメドーサ・アナトミアの方は、三百歳の誕生日にキリ番だと言って、ハイエルフの優男と結婚してしまった。
三賢者では唯一の既婚者となる。
エイジスは、三賢者にして兄弟の末妹にあたる。
兄と姉に挟まれて賢者と崇められたが、その日々は男っ気のない退屈な日々だった。
そこで隠れることにした。
所謂、転生だ――できれば、魔法を極められるような体質で、歳の取り難い種族が好ましい。
候補はいくつかあった。
そこで第二の人生となったのが、ダークエルフの娘だ。
かつての知識と魔法のスキルは、転生によるユニークスキルとして置き換えられ、取得可能上限から全く別の独立した体系として記録された。
これが、90年前の出来事だ。
エルフ族の外見年齢は、人の約十代後半に見える。
これが数百単位でほぼずっと、続くのだ。エルフ族の間では、数十年ぶりに再会して、皺の数や髪の話をするも、人間には、その違いが分からない。一緒の時間を過ごせるのは、彼らにとっての瞬き同然のひと時だけだからだ。
それでも、魔女として生きて漸く、理想的な伴侶を探し得る。
――中隊長だ。
彼は真面目で頼り甲斐のある殿方だった。
それでも、長く居られて50年といったところか。
魔女の小さなお願いは、彼と一緒にいたい――それだけだ。
「知らない、知らない」
今更、転生までした彼女にとっては、大賢者なんて呼ばれるつもりはない。
旦那様の為に、魔法を奮うのを生き甲斐にしたいと思っているエルフの少女だ。
いずれ、この戦いが終れば、婚儀を誓い合ったふたりである。
王都に入ったその足で、聖堂に滑り込み、仮婚まで致したふたりである。
「トカゲの塩焼き?」
「そそ、塩焼き」
ラージュの差し出した串をエイジスが受け取る。
「これ、どこの屋台?」
「ああ、さっきの角を2つ前に戻ったとこだと思う」
頭からボリボリ食している。
他愛もない会話で、三賢者の話から遠ざかろうともしている。
魔王の娘・ラージュは、すっかりダークエルフの魔女と意気投合しているし、糧食班にもトカゲの串焼きを渡して『食べて、食べて』と薦めるほどだ。買い出しの傭兵らが、引きつっているアイコンを浮かべているも、ふたりはくすくす頬んで傭兵団を困らせている。
「大丈夫だから、ちゃんと食べれるよ」
「そうそう、えっと...! そう、スズメを食べる感じと一緒!!」
ぱんっと柏手を打ったような仕草のエイジスが応えている。
ただ、買い出しの傭兵らは『スズメも、喰わねえよ』と呟いていた。




