-53話 黒い剣士と魔王の娘 ④-
「エイジス...なるほど。いや、はて?どこかで...」
中隊長が小首を傾げ始める。
気を揉んだ大隊長が咳を払うと、
「思い出せ、この国の英雄譚に一度は登場する高名な三賢者と同じ名前じゃないか!!」
「おお!」
っと彼は、応じて振り返る。
恥ずかしそうに頬を赤らめる少女の耳はぴくぴくと跳ねていた。
「エイジス?」
「エイジス、エイジス...」
呼ばれるたびに、彼女は耳を動かしもじもじ、くねくね動き。
「ああ、旦那様! もっと私を呼んでください」
彼女のデレっぷりは異常なものだった。
大隊長は瞼を硬く閉じて、宙を仰ぐ『いい加減にしろ、いちゃつくならこの緊迫した事態から脱した後にやれ!!』と中隊長の胸をグーで小突いた。
「あ。そ、そうでした!」
我を失っていた彼が覚醒すると、魔女は口を尖らして不機嫌になる。
折角の甘いひと時を楽しんでいたのにと、言わんばかりの視線が小太りの大隊長に向けられたが、彼は手でハエでも払うような仕草で対抗した。
◆
魔王の娘、憤怒が、黒衣の剣士が回復する様をみていると、違和感に気がつく。
周りを細めで見渡すと、ゆらっと動く半透明な物体の姿を認識した。
肩に担いでいた長剣を剣士のそれと同じようにひと振りする。
魔女曰く、これこそ剣技だと告げた――下段から、横一線の薙ぎ払う――ホライズン・スラッシュ!!
古い技で、習える師は地上に居ないとされた剣技だ。
下段は溜めに用いられ、スタミナを2割圧縮して剣に魔力を流して瞬時に横一閃に薙ぎ払う技だ。属性魔法は何でもいいが、残された記録では主に風属性が用いられた。
空間を切りつけたような雰囲気にも見えることから、次元斬という渾名までつけられた。
「手ごたえあり」
ラージュの長剣は再び肩に担がれた。
黒衣の剣士は、自分と同じ同系の本物をみせられ唖然とした後、切り付けられた空を仰いでいる。
ごばっと降り注ぐ赤い滝のような液体に飲み込まれる。
1対の翼を持った天使たちが、断末魔とともに不可視化の術を剥がされ顕現する。
女王の息子を迎えに顕れたのだ。
「天使と言えども、血は流すか」
風に漂う血の匂いは生臭くてかなわない。
傭兵団は、この流れがどこへ行き着くか見守るしかなかった。
血まみれの中から、怒りに満ちた目で剣士が這い出てきた。
「確かに聊か技のキレが違うようだが」
背中に背負っていた二刀を抜剣した状態でいる。
剣は、切っ先の地に這わせた状態にあった。
初手動作のないノーアクションからの鋭い踏み込み――下段から二刀が横一閃を襲撃、加えてやや横向きに身体を捻りながらの逆横一閃で振りぬく――ホライズン・フォーストライク!
剣技の書でいくつかの派生が生まれているなかのひとつ。
四連撃亜種という類にあって、二刀専用の重攻撃である。
隙が生まれるのは、打ち込んだ後のクールタイムだ。正面の攻撃カバー範囲が扇状に広いので、撃ち漏らしが少ない上にそつなく攻撃できる分、倒し切れなかった場合の反撃が怖い武技。熟練の剣士であれば、飛び込む前にひとつ、武技クールタイム短縮術を挟み込んで置くくらいの慎重さが欲しい。
黒衣の剣士は、ラージュの懐を狙って斬撃を投じる。
正面からみれば、いや上から見ればだ。
ハサミのように中心に向かって絞られるような雰囲気だ。挟み込む前に向きをかえて、剣の裏刃で横に引き裂くまでの一連を4連撃といった。これを至極、まじめに付き合った、ラージュは横に切り込んだ左右の剣を――垂直振り下ろしと、下段から上段へ打ち上げる動作――バーティカル及び、ハードスラッシュで対抗し、これらを初手で撃ち返している。
黒衣の剣士はバランスを崩しながら、三撃目が変則な入射角の軌道で判定成功し、漸くラージュの回避した左肩の鎧を傷つけた。
それでも、彼女は眉根ひとつ動かすことなく。
飛び込んできた、剣士の腹を抉るような強烈な蹴りを行う。
まともに食らった剣士は、瓦礫の中に舞い戻る形で吹き飛ばされた。
「もっと鍛えろ、これでは女王の力が計れんではないか!!」
ラージュにとっては、対女王への前哨戦のつもりだった。
がとにかく興ざめだった。
「指揮官殿、悪いが私でなくてもこやつは倒せたかもな...」
と、余裕さえ見せている。
――ソニック・ヘビーストライカー!!
片手剣の単発重突攻撃である剣技を発動させた剣士だったが、それもラージュから血を流させるしか出来なかった。彼の持つ技の中でもっとも単純かつ、ダメージ総量の高い技であっても彼女は、その剣を素手で握って止めた。
両刃剣だったために握った瞬間、切ってしまっただけだ。
「だが、その執念は賞賛に値する」
と、彼女は称えはした。
しかし、スタミナを使い切った剣士は気絶している。
「さて、どうしたものか」
ラージュの困った表情に答えられるプレイヤーは居なかった。