-52話 黒い剣士と魔王の娘 ③-
「あれが飛行魔術を使っている状態のままでは、お前たちも仕事が出来ないだろう」
彼女が傭兵団の魔法使いを集める。
「魔法城壁を唱え、属性強化魔法を加えて全属性を一律30%まで高めておくんだ。別の弓兵と私が奴に遠距離から、攻撃を与えて地上に落とす」
なかなかイメージ可能な策だった。
上空の剣士が天上宮の方に視線を向けている。
「くれぐれも殺気を乗せて攻撃するな」
「それは?」
「感知範囲が高いことは先刻の矢で分かった。死角からでも飛翔物を察知できるなら、感知は、獣並みに高いことを意味する。分かるか?」
彼女の問いに中隊長は頷いた。
大隊長はもうっすらと認識する。
「移り気ある今は、絶好ということか」
この場にいる傭兵団全員が見上げた。
「飛行できるって、ズルいよな」
大隊長が呟くと、憤怒が共感する。
「飛べる私でも、そう思う」
◆
地上の傭兵団の殆どでMP残量を気にせず、魔法城壁を掛け合う。
属性強化は、高位魔法だった為でラージュ自身がひと通り回りながら掛けて行く。
ある一定に達した時点で、剣士が二本の剣を納刀した瞬間に動き出す。
複合弓と石弓による第一波、ラージュと機械式石弓の第二波が剣士を襲った。
彼女が見抜いた通りに死角からの攻撃に反応が遅れた剣士は、咄嗟に地上へ向けて瞬間移動による回避を行った。
それを予測していた彼女が顕現した彼に強烈な一撃を見舞っている。
踏み込んだ一瞬の間合いというより顕現先を読んでの瞬間移動だと思われる。
「ぐぅ!」
剣士は背中の一刀が間に合わず、腰にもともと用意してあった短剣で受け止めた。
しかし、彼女の剣は重い一撃だったため、弾かれた上にさらにひと回転による二撃目で吹き飛ばされていた。剣技ではないただの踏み込みだけの一撃だった。
当然、黒衣の剣士が持っていた優越感やプライドはズタズタになった。
「あれがスキルじゃない、ぶん回しってだけなのか?」
中隊長の影から見ていた魔女が、彼女はスキルを使ってないみたい――と告げられた時の衝撃は驚きを通り越していた。
この傭兵団にラージュを推し量れる物差しを持った者はいない。
せめて総長代理が居れば、彼女の強さというのが片鱗でも分かったかも知れないのだが。
彼女は、振り回した長剣を肩に担ぐ。
視線の先は、教会の瓦礫の中だ。
「そろそろ起き上がれ、手首をひねっても剣は握れるだろ?」
と、挑発した。
確かに短剣で受け止めた瞬間に逆手の手首に電気が走った。
二撃目は、短剣を弾かれて空いた胴へなで斬りされる恐怖から、思わず利き腕で剣を受け止めてしまった。これにより辛うじて長剣を握れるのは、左腕しかない。
「うむ、やる気があるようだな!」
「俺を追い詰めた、お前の名を聞こう!」
瓦礫から出てきた剣士を見て、彼女の落胆ぶりは計り知れない。
何か鈍いものを斬った感触が確かにあったが、まさか傷を癒さずに? いや、癒せないのか――満身創痍の剣士に深く重い溜息を吐いた。
「お、おい」
「興も削がれた、演出ばかり目立つ奴だと思ったが。これなら王都の天使を相手にした方がまだ、面白そうだ...時間をくれてやる。傷を治せ、無理ならばポーションをくれてやろう」
彼女にとって、魔王とその配下以外で剣を交えるはじめての相手だったが、期待外れというなんとも言えない喪失感があった。せめて、この満身創痍から復帰した折に剣士の戦闘力が飛躍的に高まってくれたら、どんなに面白いだろうとさえ、考えていた。
「お、俺も...舐められたものだ」
剣士の治癒魔法が発動すると、徐々に重大な傷が塞がっていくのだがこれも非常に遅かった。
魔王の娘が直立のまま、随分と遠くの方を眺めている。
「スキルが貧弱だ――」
中隊長の呟きだ。
そういえば、勇者が率先して前に出て戦う、姿勢はあまり見られなかった。
少年剣士という雰囲気だったから多めに見てた節がある。
では、教会を吹き飛ばしたのは――。
「固有の剣技ではないでしょうか? 例えば、日に数回の制限付きとか」
魔女が中隊長の影から回答。
彼女はすっかり彼の背中が気に入った節がある。
「そういえば、魔女殿の名は?」
聞きそびれてたので、改め問う。
「エイジスと言います、旦那様」
少々、恥ずかしそうに答えていた。