-790話 姫巫女降し 65-
密林内部の丘陵地には、誘い水のような堀切があってその細くて怪しい道を後ろから突くように兵がどんどん供給されていく。
密林に入れば、勝手に次の兵、次の兵へと番われるのだ。
戻ろうと思って引き返すにも、細くて狭い道のせいで身動きが取れなくなる。
壁を登るという発想を妨害するのが、高く聳える両脇の絶壁だ。
仲間を足蹴に登った奴が、袋小路に叩き落されて初めて気が付くのである――敵兵の存在にだ。
「迷路の壁を登るのはルール違反だ!」
と、言って再び登っている兵を突き飛ばした。
魔法士たちが一斉に火炎球を唱えるも、誰かの悲鳴に似た声が轟く。
たぶん『やめろ! 火が付く!!』だっただろうか。
どこかの一角で、大爆発が起きた。
魔法士に100名近い戦死者がでて、一般兵士はぐちゃぐちゃになっている。
「おっと、オイルが引火しちゃったか」
◆
「は?! 貴殿らは何を言っておるのだ」
5千人将を前にして、幕僚たちが“即時撤退”を告げてきた。
開戦は序の刻の段階で趨勢は決していない。
にも、関わらずに兵を引いて安全圏まで下がるよう進言してきたのである。
殴り倒した副官もその幕僚の輪の中にあった。
「キサマか? キサマが皆を」
「何を言っておられるのですか」
幕僚たちの言い分は単純明快だ。
城塞を守る構造が、今までの平山城のとそれとは違うという点。
飛びかう伝令たちの報告から、敵の城には十分な兵力があるという推測から、これ以上の力押しはいたずらに兵を失うものだと言ってのである。が、彼の耳にはその言葉が届かない。
「むしろ、なぜわかってもらえないのですか?!」
「わかる? 何をだ、今、目の前ではおよそ帝国では指折りの難攻不落が聳えている。これを落としたとすれば、私の指揮官としての箔が付くだけではない。今後の戦争が有利になる事は間違い用無い。だからこそ、是が非でも落とす必要があるのだ!!」
「で、あれば持久戦を」
俄かに不機嫌な色合いで、周囲の人々を見渡す。
「帝国軍人は常に、真っ向勝負である! 策を弄するなど...あってはならんのだ!!!!」
硬すぎた。
四皇子が面白くない男という意味がここにある。
「これは小癪な策ではなく、ひとりでも兵の損失を減らすための」
「煩いぞ、お前は! よいか、兵とは歩兵とはだな、我らの功績の為に死ぬものだ! なぜいちいち数を気にせねばならんのだ。エスカリオテ軍の大半は、四皇子領や七と八皇子領を吸収し、そこで職に困った守備兵を再編成した者ばかりであろう!で、あれば王は、労せずして数万もの兵を手に入れたのだ...その者に何の遠慮が必要か?!」
ちょっと、本音が出たようだ。
彼は嫉妬していた。
もっと大きな兵の士気もできるという自負もあった。
が、評価はそれほど高くはなかった。
いや、そもそもの論でいえば、将軍という職を任せられる人材の不足から、急遽抜擢された兵である。
だからこそ、そこにコンプレックスの原因を持っていたのだ。
「引かないぞ! 退くものか!!」
「ダメだ...」
幕僚たちの中から諦めムードの言葉が漏れた。
副官は、他の部下の肩を借りて――『では、私は軍規に則り、あなたの指揮権を剝奪して兵権を奪うほかありません。そして、この場であなたの逮捕を命じなくてはならないのです!』
「そうか、お前は...殴られたことを根に持って...」
悲しい事を告げる男だ。
諫言というのは、忠勤に励む部下だからできるものだ。
副官は、言って聞き届けてもらえるならば、帝国随一の将軍に成れるよう助力するつもりであった。彼の方が、2千や5千の将兵を率いて戦う経験が長い。そして、兵の信頼も厚い人物なのだが――『副将として新任の将軍を支えることが我が生き甲斐。私自身が陣頭指揮なんて、ありえません』と断った経緯がある。
だが、結果的に無能な将軍によって1000人近い兵を死傷させてしまった。
いや、恐らくはもう少し多くの兵士を失っている可能性がある。
◆
決断が遅れた丘陵の攻防戦は、1日を終える。
夜戦も考えられたが、デモンズレイク城から火矢が撃ち込まれ、丘より周辺が赤々と燃え盛り、これを消化するのに人でも気苦労もそがれてしまった。
「第四方面軍が、2千の騎兵隊だが...見事な築城技術に感服いたした!」
迷路の上から、人をけり落とすだけの簡単な仕事しかしていない。
が、彼らの到着は守備兵10人を大いに勇気づけた。
「いやいや、こうして1日...生きながらえただけでも十分にござる」
城主も果実酒に舌鼓を打ちながら、大いに感嘆した。
想定では、1日が限界だと思っていた。
すぐさまにも、攻略法を見つけ出して遠巻きにでも迂回して城の背後に回り込むのではないかと思われたからだ。
いくら暗愚な将軍であっても、一応の戦経験はある。
その貴重で数少ない経験から、回り込んで城の背後を強襲しようとた企図した――が、行動に移した途端にそのコースに騎馬隊が出現して、主要構成の中で貴重な、騎馬部隊が失われていったのである。
今では、敵の兵は歩兵ばかりだ。
僅かに弓兵があるが、副将が用意した投石機の守備と操作には人手が取られ過ぎの状態となっている。
「城を守ることについては考えを巡らせてきたが...」
「この後ですか? セオリーであれば一旦距離を取り...いや、それも十分に兵があれば、でしょうか」
迷路内で踏まれたり、圧されたりして落命した兵の数は2~300人くらいだったが、彼らの躯があった土は真っ黒に染まっていた。
それが“血”であることは容易に理解できる。
その状況から、4軍の将校たちは、自ら考える――撤退できた兵の数は、それほど多くはないと。
5千のうち、騎馬は500だ。
これを2部隊に分けて、それぞれ丘陵側には死角になるような、ルートで放ったはずだがどちらにも、兵が配置されてあったのだ。結局、これで司令部には多くの情報が錯綜し、真実は見えなくなっていたわけだ。




