-785話 姫巫女降し 60-
エスカリオテにも、シャフル州の鉱床開拓という話が流れてきた。
意図的に流されたことは理解できる。
が、事実無根なのか否かという真贋は確かめようがない。
摂政時代の時も、そういう噂はあった――確かに手つかずの鉱床話は、一兄から聞かされてもいた。
いつかは州を挙げての一大事業にしてみたいと、希望に瞳を輝かせていた第一皇子の顔が懐かしく感じられる。
その鉱床であることは間違いない。
信憑性といえば、一兄の言葉で十分であるが、軌道に乗られると不味くなる。
「最初は乗り気の退位話でしたが、その後は進展が見られませんね」
王を前にした、内輪の会議だ。
幼帝を抱き込み、外交という静かなる戦争でカタを点ける予定だった。
「ふむ、知恵をつけさせられたか」
「と、なると...財政難も?」
誘い水ではないかと疑ってみる。
送り込んでいる密偵たちが、間違った情報に踊らされている可能性も否定できない。
「だが、こちらもホイホイと兵を出せない理由くらいならある。手詰まりといいたくはないが、あわよくばの外交だったがこれもうまくいかないとなると」
少し甘かったという感じだろう。
見積もりもだが、地盤的にだ。
もう少しじっくりと攻めておけばよかったのだ、焦って国を興したせいで相手を屈服させなくては終いにならなくなった。幼帝から禅譲を受けるだけでいいのだが、はっきりと国民の意識の中にも、ブルーメルよりも豊かでいい国を作ってくれるに違いないという考えが生まれ始めている。
結局、ブルーメル帝が退位しても何の意味もなくなったのだ。
ま、禅譲の調印が降伏宣言に変更されるだけではあるが。
「そうだ、甘いと言えば...」
「第九皇子が幼帝側に対して、忠誠を誓われたとか? 予想外でしたが、これもリフル伯爵夫人の影響ということでしょうか」
ドーナツ状の円卓にそれぞれの大臣が雁首を並べている。
もっとも、身内である元皇子たちは誰も出席していない。
第七皇子は、牢に繋がれていて反省文を書かされている――私は、先走って第二皇子領の穀物庫に火をかけてしまいました。申し訳ありません――という文章を延々とだ。かれこれ72時間目に突入した頃だろう。
また、元第四皇子は離反したので、その弟の元八皇子が兵を率いて探し回っている。
これによって、先ず兵を動かせる将軍となる指揮官が不足していることが、践祚に踏み切れない理由の一つだ。
だが、それも単なる言い訳に過ぎないのだ。
要するに、六皇子からも自らの手でかつての祖国に弓を引きたくないという負い目があった。
自分の国を興し、皇帝を詐称していてもそんな勇気がなかったのだ。
そういう面は、部下でも見せていない。
まして話せる妻もいないのだ。
「しかし、帝国が四方に散らしている遠征軍を、国内に戻す前に王都を占拠しなくてはなりません。実際に今が好機であることも確かにございます」
煮え切らないなあという印象は、元から幕臣の部下たちがよく知っている。
誰かに良く見せようとする、人気取りのセンスだけはとにかく手の付けられないほど機微に良く動く。しかし、その一方では古くから慎重に慎重を期すような采配を見せることがある。
優柔不断なのだ。
ここぞという処で、神頼みみたいなことで決めてしまっていた。
ただ、今までは一度も、これで外れていなかったのが不思議失くr対強運だった。
「ふぅ~ まあ、これの事は巫女に聞く」
と言い残して、会議を終えた――が、臣下たちはさらに深いため息を吐いて『七皇子が逃走するのも分かる。それを追った、八皇子も示し合わせての脱走だったかもしれんな...それで3千の兵は少し痛手かもしれんな』――と、つぶやくのだった。
◆
シャフル州の市庁舎前には、多くの役人と、士族が列を作っている。
その数は、1万人にちかい数だ。
観衆の面前にさらされる形で引き出され、断頭台の後ろに整然と立たされてある。
守備兵は2千人前後で、丸腰の元第一皇子府の子弟を、監視するよう挟んで立っていた。
「これらの者たちは、帝国直轄領に差し戻された州領の財産を私物化し、私腹を肥やさんとしたことは明白である。よって、ここに王府の関係者すべての死刑執行を執り行う」
市民からのざわつきが起こる。
当然だ。
王府といえば、かつては皇太子とも呼ばれることもあった皇子の宮殿とその使用人たちだ。
ただ、子がなく継ぐものがなくなった、公爵家はすでに爵位と共に帝国に帰属していたはずだ。
これは、市民でも知っていたが、確かに王府は存在を続けて州の重要ポストに残留し続けていた。
「お、横暴だ! 我らは、領内経営を円滑に...」
「黙れ、知れ者が! 罪人の分際で執行官を侮辱するのか?!」
と、列のどこかで騒いだ者をしっ責した。
口を噤むよりも、反発するのが群れの特徴だ。
王府と、行政の役人たちは口々に吠え始める――
「この執行には帝国皇帝イングヴルム陛下より一任されし、シヴァ・コメ=リーゼ伯と遠征第4方面軍が執り行う。よって、陛下にはすでに、刑罰は執行済みであると報告もされてある! 故に今、ここで駄々を捏ねたところで貴様たちは死人であるから、我らの耳にはなんら聞こえないものである」
物凄いことがアナウンスされた。
執行官は、命令書なるものを集まった市民たちに見せた。
よはいっても、近寄って見せられるものではないから、今、彼が持っている紙片が本物であるかは誰も分からないと言ったところだ。
ただし、シャフル州都マルナスだけで起きている刑罰ではなく、州内にある各都市で同じように王府に連なる人々が集められて、同じ刑に服すよう強いられている最中だった。
これは、マルとシヴァがコバルド族と共に、鉱床の実地検分をしている最中に執り行われている。
犠牲となった王府の兵、士族、関係者は数万人に上ったようだ。
その代わりに、第4方面軍総勢12万人が屯田兵として入植することが決まっていた。
そのためのスペースを空けるためのものでもあった。




