-783話 姫巫女降し 58-
「火の車?!」
イングヴルムから素っ頓狂な声が漏れた。
王宮の食事が質素なのは、そういう時代背景だと思っていた。
ラインベルクも、この国に来て最初に思ったことは、帝国だという割になんとも貧しさを感じたものである。これが、かつての宰相から『実は、もう何年も前から戦費が嵩み過ぎて、広げた直轄領から運び込まれる財だけでは』という状況を知ったために、贅沢の素となる者たちを排除してきた。
政敵であったことも、拍車をかけた。
「この国は、他国に攻め込むことで、必要以上に大きな兵力を抱え込まないようにしてきた。戦争そのものが口減らしとしての意味も持っていたが、魔法大国としての自負が過度な浪費につながってしまった...これを臣下である我々は、先帝にお伝え出来なかったという負い目がある」
伯爵の無念が、ひしひしと伝わる。
が、胡坐をかき内股の柔らかいところを掻く幼帝は――。
「踏み倒しちまえよ」
掻いた指の腹を匂っている。
「もしや、」
「性病でも...」
匂う癖があると幼帝は言うが、怪しくも股を掻く手が止まらない。
◇
「踏み倒せるものなら、踏み倒しもするが。こと、教会を敵に回してもいい事はない。今のところはレンタル費用を償却できないから、教会の最新兵器“MPエナジードリンク”を優先的に試飲し、レビューを添えることで見逃してもらっている状態なのだ」
せこいと、ラインベルクから声が上がった。
国庫の金策計画も長期で新領地開拓や、短期では速やかなる拡大路線の方針転換であったというわけだ。これが摂政の計画であったから、各将軍たちの独断をそのまま引き込めば、短期の方はめどが立つ。
だが、問題は嵩んだ借金がゼロにならないことだ。
社会不安はまだ残る。
街道の整備も、治安維持も――「六皇子の案件も」
軍務大臣となったガラハット卿も、話に加わることになる。
馬術の稽古だというのに、イングヴルムの姿が見えないので探しに来て、捕まったクチだ。
「国内史の勉強が終わっていないのなら、早く言え!」
やや、憤慨しているものの大臣も、国庫の状況を知っている。
「もはや、戦争を終わらすだけでも金がかかる状況で...」
「だから、あちらから戦争を吹っかけて貰うほかない」
伯爵のは絵空事だ。
ただ待っているだけで、破綻する帝国の事情に、好き好んで突っ込んでくれる輩は居ない。
「待てばくたばるのこちらだろう...が、このまま何もしなければ――という条件付きだ。で、大前提のその破綻だが好転する可能性があると、言われたらどう考えるかね?」
イングヴルムは、俄かに信じがたいと、口を尖らせている。
「今、お前たちの口で申したじゃないか! 深刻な財政難だと。であれば、一朝一夕で解決できようもないものだと、私でも理解できる。だからこそ深刻というのであろう?!」
「ええ、そうですね。でも、それらの情報は私たちで、幾らでも操作可能なのでは?」
内務大臣を兼任する伯爵であれば、現状の把握は、摂政時代から秘匿されてきた。と、すればその人材も、摂政が自ら推挙した役人で、口は堅く信頼を寄せるに値する人物だと分かる。下手をすればとんだ傑物である可能性だってあった。
そういう官僚たちとでタッグを組むのだ。
「恐らくは、国難の度合いは分からぬとしても、レンタル費の滞納くらいは把握されていることでしょう。そこから推測と、予想だけで帝国の財政難を予見していると、考えるのは妥当かと」
「教会は顧客のデータを漏らすのか...厄介な連中だな」
幼帝の言葉を無視し、
「魔法士のレンタルを一手に引き受けている独占販売だからな。競合店でもあれば、もう少しレンタル費用も抑えられたのだろうが...」
国内育成も考えられた。
王宮魔導士というのがそれに当たる。
だが、いざ、自分たちで魔法使いを育成するとなると、特別な兵士を手探りで作ることになるため、費用はレンタルの5倍以上もかかってしまった。順調に量産できる気がしないために、計画はお蔵入りになった。
もう少し長期的な目で計画を実行できていれば、自前の魔法士部隊も夢ではなかったのかもしれない。
「“深刻”な財政難から、財政難だけになっただけで何が変わるというのだ?!」
幼帝は爪の間の匂いを嗅いでいる。
そうとう掻いているみたいで、股の方が心配だ。
皮膚が隆起して、水疱が破れたりしていないものかと。
「数年後に破綻する国庫が、数年後に“Vの字”に回復すると聞かされたらどう反応しますか?」
例えば、真偽を確かめられない飯屋での噂話で持ち上がったりする――帝国の好景気を促すようなプロジェクトの話でもいい。市場は水ものであるから、旨い水、甘い水の方へ金が集まる仕組みである。
実質的に投資するのは、三皇子領と辺境伯領となる。
が、焼け石に水なのでどぶに捨てる覚悟の投資だ。
投資先は――
「第一皇子領“シャフル”。手つかずの鉱山が眠るとされる州だが、現時点ではイス州を守るための軍事的用地という意味しかない。平地も少なく、人口の増産も見込めないが、仮に金鉱床や銀鉱などが見つかりでもすれば」
「タラれば過ぎるだろう。一応、配下にコボルト族を飼っているのがあるから、これらに一度下見させるとしてだが、鉱石産業をどこまで推し進める? 掘るだけか、加工までするか?!」
ラインベルクのいう配下とは、マルだ。
まあ、そのマルが『イエッサー!』と返答してくれるとは限らない。
恐らくは、お腹こちょこちょくらいのスキンシップが必要になるだろう。
「乗り気で助かる」
「乗ってないし」
「と、まあ、こういう感じで国家事業が実際に稼働寸前であることを吹聴するわけです...」




