-781話 北天の明日へ ④-
南洋同盟は、南洋王国と魔王軍との間で結ばれた、インド洋から南・北太平洋にかかる広大な海を舞台にした、地域支配の軍事同盟だ。
西欧や南欧における魔王軍の規模なんてのは、南洋同盟の前では氷山の一角程度に過ぎない。
それほどまでに驚異的なスケールの話なのだ。
蘇王国のひとつではとても、五王国と戦争できるものではない。
密偵として送り込んでいる者から、魔王軍の名が出たことで、北上を諦めたほどだ。
「反帝国同盟の一角に確かに、魔王軍の助力はあった。国としてではなくあくまでも、イチ支援者という弱い立場だった事は、議事録を読み返してもわかる。だが、この度の黄天の件はやりすぎだろう?! いや、まさか...こうなる事を予測して」
推測に推測を重ねると、ループにしかならない。
知の迷宮で枯れ果ててしまわないうちに、抜け出さなくてはならない。
「陛下?」
「いや、このままでは我らは...先ずは、あれだ...見舞いを行うぞ」
怪訝そうな表情の大臣らが数人ある。
父王から禅譲された若き王は、それまでの忠臣をすべて屠った。
これはすべて、理由なき父の独断であると知らしめる為と、その父を諫められなかった者たちへの罰である。綱紀粛正として、日和見の士族らはすべて若き王に降った。
効果てきめんだったが、それは国内での問題だ。
「対外的には、やはり混乱を招いた側としての...」
「それもあるが、カモフラージュだ。結局のところ、あれらの輪の中に入れてもらえなかった時点で、北天七王国という連合形態の組織は、崩れたとみていいだろう。で、あれば此れからは生き残りの道を探すほかない!」
「それが...反南洋同盟ですか」
「ああ」
自信があるわけじゃない。
だが、生き残らないとついてくる臣下の行く末が不安である。
市民に危害を加えるような、新しき国は作らないだろうと予測はできる――そこに自分の子孫は加わらないと思えば抗うだけ抗うのが人であると、彼は認識している。
おそらくその必要はなかったとしてもだ。
◆
グラスノザルツ帝国でも、一応の進展はあった。
ふたりの皇帝の力関係が微妙にだが変化したのである。
ただし、依然として衛星国の支持は、ルイトガルト女帝の方になびいていて予断を許さないという状況にある。そして、ここに来てもう一つ、暗雲の晴れた事象が確認された。
スカイトバーク王国の端“ザアナトル”という街に“国境なき傭兵団”の人質すべてが本隊と合流できたという吉報があった。
魔王ウナ・クールの母と同じ名と属性を有する堕天使“ラージュ”を魔王軍に引き込むためにコトを起こした作戦だったが、ようやく実を結んだというわけだ。
ドニエプル要塞からの追撃らしい追撃がなかったのも不安だったが、念のために遠回りをした甲斐があったと言えるのかもしれない。
傭兵団総長にして、ラージュが自称する夫、カーマイケルは魔王軍の人狼族を自分の宿屋に招き入れていた――今後の協力について話し合うためである。
「で、貴兄らは...」
カーマイケルは、自分の傍を片時も離れない女性に目を向ける。
少し前の話であれば、彼女の行動からはそんなしおらしい一面なんて見えなかっただろう。
堕天使ラージュのステータスは、カーマイケルでも見ることは可能だ。
彼女が『わたくしは、夫に隠し事をしない女ですから』と言って、解放しているからだ。
が、最近のステータスはパラメータでも、性能でも異常なほど好戦的な雰囲気だ。
しかも、称号に“魔王の母”なんてのがある。
物騒すぎて、これらの称号について問いただす気力もない。
「ラージュを魔王軍に迎え入れたいと、そういう訳なのだろう?」
彼女が拒むように、カーマイケルの腕を強く握ってきた。
もう一つは、自分の胸の谷間に引き寄せるような雰囲気もあるのだろうか。
「ええ、出来ればですが。現状は閣下のお気持ちを尊重したいと考えています。――で、可能であればなのですが」
上目使いに彼らはカーマイケルを見る。
彼が実質的に『Yes』と、返事をしない限りは何も始まらないということを知っている。
いや、知らされたと思っていい。
「なるほど、このド段場で、勧誘する相手を変えてきたってわけか...わりとあざといな。いや、目的達成のために臨機に動こうとする姿勢は嫌いじゃない。長とする者の思考も分かり易くてありがたいよ」
「で、あれば?」
「ああ、根無し草な傭兵団も、生き抜くのが難しいというのであれば...長いものに巻かれて生きるのは世の常だろうさ。ただ、俺たちは大所帯だが、その辺りは...魔王軍の方はどうなんだ? 特に人間種の方が多いというのもあって」
カーマイケルの懸念をラージュがが払う。
こうなる雰囲気は少し前から感じていたので、根回しは済ませてあった。
ただ、そういう決断をした夫に少しだけ惚れ直していた。
「御心配には及びませぬが...」
人狼の長の視線がカーマイケル本人に向けられたままだ。
「ん?」
「あなたご自身の素性はそのまま伏せられるのでしょうか?」
気づかれているという目だ。
人間種で黒騎士に到達した者はいない。
職業的には、聖騎士も取得しているのだが、このふたつの職業はアライメント属性で真逆に当たる。どちらか一方が偽装職業であるということだ。
そして、カーマイケルは帝国の言いなりのまま、各地を転戦した折に使用したすべての魔法、武技が黒よりの闇属性魔法だったのである。
「ま、そうか...だが、それがそんなに大きく関係するものか?」
「魔王陛下におかれましては、戦場でより良き将軍候補をスカウトする旨。これを、一任されておりますので、いずれもカーマイケル総長殿はこれに該当するまごうことなき優秀な人材であると評価いたします。御身でよろしければ、魔王軍の末席に軍を率いられ――」
ラージュがこれを止める。
夫に向ける眼差しには妖艶さがある。
「お受けなさいますか?」
「そうだな、くれるというのであれば貰わない理由などもないな。で、あれば、ラージュならば何を率いて戦いたい?」
少し意地悪っぽく揶揄ってみた。
彼女の趣味だから、肉弾戦が大好きな巨人種や、或いは戦闘狂の黒犬種などかと思われた。
「わたくしは、旦那様の雄姿を傍でみとうございますから、人馬種などが」
と、ちょっと意外な答えだった。




