-50話 黒い剣士と魔王の娘 ①-
教会の中に入った一行は、拍子が抜けるほど簡単に聖堂の奥の院。
魂の解放という名を持つ“水晶の間”に入いることが来た。
そこで待っていたのは、元冒険者だった年老いた王だけだ。
ただし、彼は鬼のような強張った形相で彼ら勇者一行を捉え、抜刀していた。
「よもや、我が国の精強なる騎士団を抜けるとは...やはり勇者には、人の身では抗えなぬか」
落胆したような体にも聞き取れたセリフだったが、彼の意志はすでに決まっていた。
この身が裂かれようとも、水晶を破壊すると。
冒険者だった王は、肉体強化スキルのいくつかを習得している。
筋力強化、体感強化、超感覚、敏捷強化と次々に盛っていく。
強化幅は、NPCだから冒険者のスキル熟練度と比較して漸く50と半分に達する程度しかない。それでも、スキルを100まで到達させているプレイヤーが少ないことを考えれば、NPCであるはずの王でも中堅冒険者の足止めだって可能だという話になる。
ただし、王は死ぬ気で臨むことが条件だが。
異常な肉体強化となった王の姿は化け物にちかい。
上半身はひと回り大きくなり、凡そ現役の頃のような体格になった。
下半身の太腿などは競輪選手のような太さになって、恐るべき踏み込みができるだろう。
これが肉体強化。
強化部位は、より細部に調整できる。
例えば、“目”とする。
視力強化は、遠眼鏡を使用しなくても、スキルの強化次第と熟練具合で遠くを見渡せる。
飛行魔術を利用すれば、偵察機みたいな使い方もできる。
ただし、これらはスタミナの消費が非常に激しいというデメリットがある。
スタミナの回復は、自然治癒でしか存在しない。
ゲーム的に総量は1000という値で定められ、強化スキルではこのスタミナを一時的に圧縮して2000にするものもある。しかし、それらの代償は、スタミナの大量消費による昏倒で幕を閉じることだ。対象者は白目を向き、口から泡を吹く。
肉体的にも致命的なダメージを受けることもあって、即時、蘇生術を施さないとそのまま、絶命する恐れがある。
これは、魔法少女マルが拡張・超位魔法を詠唱し終えて、豪快に吐血後絶命したのと同じパターンだ。
彼女もスタミナの超圧縮を呪いとして、その身に受けた上で、術式の発動と同時に生命を起爆剤代わりに展開させたわけだ。
“スタミナの消費はご計画的に”と、初心者支援プログラムの黒板に注意書きされてある。
◆
鍛え上げられた王の身体、一振りで風を生み出す凄まじき剣技をもっていた。この渾身の一撃をもってしても勇者が差し出したブロード・ソードごと水晶を叩き割ることは出来なかった。彼は、全身の穴から血を吹き出させて床に転がった。
既に人と呼べるような姿ではなく、皺くちゃなミイラみたいなものになっている。
「何をするんですか!」
応えられるはずもない。
王だったそれは、絶命しているのだから。
ただし、王の行動に疑問を持ってしまった分隊長と傭兵らは、彼らから少し距離をとるように下がっている。
「何かが変だ、勇者がひと...いや、ふたりか?」
耳長いエルフの横に少年。
更にその前に一歩踏み込んでドワーフの老師。
彼は利き腕に金槌、左腕に杖を持っている――どうやら僧侶にも見えた。
「やはり、何かが変だ」
「分隊長?」
「俺たちは勇者が4人だと思っていた...」
分隊長を見ている他の傭兵の表情に今、はじめて気が付いた。
「何を言ってるんです、元から3人でしたよ」
「ん?」
「私たちが勇者殿を支援して、教会まで護衛した人たちの数です」
「そそ、3人です」
分隊長は再び、水晶側の方へ視線を戻す。
少年剣士は水晶に導かれるまま、歩いている。
耳長いエルフの娘は、ドワーフの老師と共に立って彼を見上げているという場面になっていた。
4人目と思い込んでいた獣人の姿がない。
「獣人? そんな奴、最初から居ませんでしたよ」
と、『怖いなー』盾を身構えながら傭兵のひとりが呟いている。
「ああ、確かに怖いな」
分隊長も事態に納得しがたい。
中隊長の命令で“4人だけでも教会へ”と指示された。
だから、4人だと思い込んだかもしれない。
水晶に手をかざし、少年の身体が光に包まれる。
ここまでは演出上とてもきれいな光景だった。
どこかの光の戦士みたいな雰囲気もある――水晶という演出がベターなのだとプレイヤーらは感じている。
公式も演出は、分かり易いのがベストだとアナウンスしていた。
要するに記号なのだ、見てる知ってる記号で説明の手間を省く。
そうやって、シナリオを進めやすくしているのだと語ったが、難易度はもう少し改善点が必要だ。
演出と言えば、水晶を爆発させて飛び出した少年の話をしよう。
勇者と呼ばれたアッシュという少年だ。
黒衣の剣士然として顕現し、2対の黒い翼を広げている彼はついにクラスアップを成し遂げた。
その禍々しいオーラの持ち主は、数日を掛けて寝食を共にした相手とは思えない代わり様だった。
エルフの娘は腰が抜けたように座り込んでいる。
老師が彼女を担いで、傭兵らの下へ走ってきた。
「こいつを頼む!」
老師に託された娘の意識は無い。
「治癒士を早く!」
「はい...」
傭兵2名が娘を担いで、護衛として仲間の下へ走った。
「お前さん方も!」
逃げろと言いたかったが、分隊長が老師の肩に手を乗せた。
「ここは凌ぐしかなさそうです」
「分隊長、くじ運悪そうですもんね」
と、隊員らの失笑が響く。
天井画に描かれた、3対の翼をもつ悪魔と似た黒衣の少年は、まるで堕天使だ。
「こりゃ、皆揃って退場かな?」
「では、あの安くてケチな教会で再開ですかね」
ポータルにしてある小さな教会を思い出す。
確か、どこかの冒険者が“ヤスクニ”なんて名前を刻んだ、安い宿を経営している。
分隊長以下の隊員は、『縁起でもないが、面白い』と言ってポータル設定した。
ただ、蘇生に必要な“世界樹の葉っぱ”というのが1枚あたり金5枚という設定だったのを思い出す。
「っふ、“ヤスクニ”で会おう!」
「だから、っもう」
◆
第二王都の大聖堂が花火工場の火災現場みたいに豪快かつ盛大に吹き飛んだのは、エルフを担いで教会から飛び出してきた傭兵たちの後だ。間一髪ではあったが、建物が吹き飛んだのだから、衝撃波でふたりもいや、3人も尻から火でも噴いたかのような勢いで、宙を飛んだ。
飛行魔術以外で宙を飛んだプレイヤーは少ないだろう。
着地には失敗して、ひとりは不本意な退場で“ヤスクニ”へ。
エルフの娘を庇って石畳に叩きつけられた方も重症だ。
「よ、よし君は無事だね」
と、彼は娘の身体に外傷が無いことを確認した後、気絶している。
頭上に盾を掲げて、仲間がふたりを馬車の影まで引きずっていった。
「ふん、こやつどさくさ紛れで娘の乳房をしっかり掴んでおるわ!」
大隊長が『けしかん奴だ』と指摘しているが、顔は優しく頬んでいた。
「分隊長は、逝ったか」
「あの爆発で平気だったら、別の意味で怖いですけどね」
中隊長が炎のあがる教会を見ている。
その宙に人影が見えた気がした。
◆
一方、後方で、おにぎりを握っている糧食班の傍に女剣士が立っていた。
エプロンを着用し、せっせとコメを握る隊員の背を突き、可愛らしい手を差し出して催促する。
「出来立てだから、熱いぞ?」
差し出された手の上に、パリッとした海苔を巻いたおにぎりを載せる。
「ふむ、確かに熱い」
やや涙目になりつつ、握り飯を口の中へ誘導する。
一口、二口。
「なんと絶妙な塩加減!」
「美味いか! ならもう一つオマケな」
と、米粒のついた先ほどの手の上にもう一つ載せられた。
「しかし、お前はどこの――」
糧食の班員が振り返ると、剣士の姿は無く、握り飯を詰めた箱から2個ほどコメが消えていた。
彼女は、そのままプレイヤーが展開している陣地の中を教会めざして歩いていく。
その都度、何をしているのか冒険者の行動を興味深く覗いていった。
「指揮官か? それならもっと前の方だ」
なんて気軽に話しかけては、不思議がられる。
剣士が前線に到着した頃、黒衣の剣士が人類の反逆児だと彼の口から語られていた。
「あれが、女王の息子か?!」
中隊長の顔色は苦悶に満ちる。
女剣士が馬車の影まで来て、
「とりあえず加勢に来た」
彼女は、太めの男ではなく、中肉中背で如何にも苦労してそうな男を前に声を掛けている。
「いや、申し出は有難いが」
「お前が指揮官だろ?」
「確かに、だが単なる現場監督に過ぎない。本来ならば、こちらの――」
大隊長へ視線を向け、彼に話が通るよう促したが。
女剣士は彼を直視したまま。
「おい、魔女...ったく隠れるな! 私は怖くない、今はな。...だから、こいつは信用できる指揮官なのだろう?」
と、彼の影に隠れているダークエルフの魔女に問うている。
目だけ見える程度でコクコクと頷いているようだ。
「だ、そうだ。だから...私は、お前を指揮官として認める!」
「認めるは良いんですが、あなたは?」
彼女は『なんだ知らなかったか』と、不思議なことを告げ。
「私は、魔王が嫡子・憤怒と言う。お前たちの胸に、この名を刻むがよい!!」
とてつもなく明るく微笑む女の子が其処に居た。




