-780話 姫巫女降し 56-
「...まあ、そういう事でおめでとう、ラインベルク=ドメル辺境伯」
“遠見の鏡”の向こう側で、物凄く呆れられた表情のラインベルクがある。
昨日の今日、舌の根も乾かぬ間に取ってつけたような爵位と、リフルの復籍が認められた。
しかもこれで、実質的にエセクター伯爵よりも、ラインベルクが高位の貴族という立場になったことを意味する。
盗賊や、無法者を束ねるマスター・ラサにも恩恵が入り、辺境伯領内に盗賊ギルドを持つ町が与えられた。
とは言っても、規模は村に少し毛が生えたような雰囲気だ。
これから村を街にしなければならない。
また、マルの立場も少し変わる。
少女の形だが、騎士爵を得た――あまり意味はないのだが、これで辺境伯の軍師という肩書に箔が付くのだというのだ――が、あくまでもこれは爵位を推挙した者の方便なので、本当に箔が付いたのかまでは誰もわからないという。
ただし、マル曰く『面倒だなあ』という意見が挙がっている。
その傍にいるシヴァ卿も『...っ食えないもん渡してどうすんだ』であったというのだ。
◇
「シヴァ卿が文句を言うとは思わなかったが、彼女とマル殿の間柄は?」
ラインベルクは帝都に呼びつけられた。
さすがに辺境伯へ推挙されたのだから、これのお礼を王宮の主に伝えねばならない。
これが面倒この上ないのだ。
で、上屋敷に行く序に、“はちみつと熊手亭”に顔を出したところだ。
少し遠巻きに3人のかわいらしい娘らが、ラインベルクを見つめている。
ひとりは怖い顔だった。
「あれ? 見ないうちに新しい子を...」
「うんな訳ありますかい、看板娘たちですよ」
マル1号~3号まで。
2号がすごい形相で睨んでいるのは、彼女のお腹の匂いを嗅ぎまくった男だとロックオンしたからだ。まあ、あれは疲れていて、誰でもよかったという失礼な話が冠につく所業で、マル2号は近くにあって犠牲になっただけだ。
だが、あれからもう、1年になろうとしている。
ラインベルクの方ではもう、終わった話であった。
「随分と都合のいい時計を持ってますね?」
宿屋の主人の方は、2号の心のケアを献身的に付き合ったクチだ。
もう、愛娘くらいに思っているくらいだ。
「そうか? いや、ぷにっとしたお腹の感触は...まあ、忘れがたい感じだが、俺の趣味ではリフルのような野性味のある蜜の香りと、締まった尻肉が好きなんでな」
厨房の奥で何かが壊れた音がした。
「ま、気に留めてねえのは分かりやしたが、あの子のことはそれくらいで終わりにしておいてくだせい。それ以上、うちの看板娘をいたずらに抉るってんなら、俺っちも親としての意地ってのを通させてもらいます」
店主の怒りが目に現れる。
一応、冒険者から選抜して迎えた、人物であるから腕っぷしでは、リフルと大差なく強い。
マル1号も三姉妹のお姉ちゃんとして、この親から剣の手解きを受けていた。
店主曰く『獲物を捌くのも、盗賊や魔物を捌くのも基本は一緒だ。一撃の下で、相手の動きを封じ、そして一気に血抜きする。例えば、血抜きに失敗して体内で噴出した場合は、肉も腸も食えたもんじゃないからな...ここは気合を――』
「なんちゅう事、教えてんだ?!」
その捌き方を知ると、ラインベルクは憤慨する。
「いいか、1号ちゃんのいいとこは、本体(=マル本人)に似合わず天使のような微笑みと、可憐さがだな、えっと、ほら...メレンゲのようなふわっとした雰囲気が特徴なんだ! それに腑分けとか、店主...お前、罪作りなことをしてくれたな?!」
どの口が言う――と、3人娘の胸中。
カウンターから見ている、ジト目でずっと見ている。
「そ、それにな。2号ちゃん...あれは、マシュマロだ! 好みは置いとくが――」
とりあえず甘酸っぱい何かをずっと話している。
2号と3号の耳が赤くなるような、恥ずかしい話を延々とだ。
◇
「ま、落ち着け...そんな腫れた顔では本日の出仕は難しかろう」
ラインベルクの顔が2倍はおろか3倍ちかく大きく腫れている。
原因はカウンターにあった三姉妹が飛び出してきて、フルボッコにしていったためだ。
「お前も、幼帝に似合わず、女の子に嫌われる鬼畜だと分かっただけでも...俺としては複雑な心境だが、これは類友という現象だったと思って諦めるとしよう」
「あきらめずに、指導を」
「何を指導するんだ?」
「えっと、なんでしょう?」
知るか――なんて声が出た。
結局、シヴァ卿とマルが参内することとなった。
マルは自分の爵位推挙と、その礼であるが、主人のラインベルク辺境伯の代理も兼ねた。
しかし、一緒についてきたシヴァ卿の立場は意味不明である。
「あ、えっと気にしないで」
シヴァといえば、奇抜かつ大胆な服装が多いと噂の絶えない人物だったが、王宮内での彼女からは“倫理観ゼロ”なんて言葉が見当たらない、完璧な貴族男性風ドレスコードでの参内だ。
ただし、性別逆転な着こなし方は特筆すべきところだった。
マルは、ベルベットローブにガーネットをふんだんにあしらった、留め具を用いており深々とフードをかぶっている。さらに入念にだが、顔の半分を仮面で覆っていた。
実は他意はない。
シヴァ曰く「これが絶対、怪しくてかわいいから!」という鶴の一声だ。
案の定、怪しくてが今、独り歩きしている。
「えっと、その方が...ラインベルク辺境伯のぐ、軍師か?」
幼帝に促された侍従長が問う。
マルは頷くだけに留めた。
声を発するのは、シヴァ将軍だけである――彼女は前もって、耳打ちし合うように話すことを強要していた。それが怪しくて謎めいているからだといったからだ。
これらのやり取りが、謎深き状況へと発展している。
《ラインベルクめ、よもやこんな手札を持っていようとは...》
侍従長を通して、幼帝イングヴルムの舌打ちが聞こえそうだった。




