-771話 北天の明日へ ③-
「で、巫女さんとこの王宮はどうするのかな?」
槍使い(女の子)は問うた。
状況からすれば、もう保留とするしかない。
保留で棚に上げるとしても、空白地のままにしておけるものでもない。
いずれかは、この地を制しなければならない。
メグミさんは天井を仰ぎ見る――王宮ともなると、天井への装飾も手の込んだいい仕事をしている。
《贅をつくしてこのありさまか...》
黄天王には、六人までの皇子がいたのではと、思いふける。
「ああ、今、この場で名乗りを上げないんだとすれば」
と、クロネコは顔を背けた。
彼女にしてみれば、母の違う兄たちではある。
その誰もが会議に召集されていない――文官たちは幾らか残っているから、彼らが手配してくれたのに違いないので、これで顔も出せないのならそういうことなのだ。
◇
「結局、血統でいえば――」
そうだ、腑抜けになっている全裸で、粗相をしている赤子同然の姫巫女しかいない。
いや、彼女はこのままでは生きていけないのでは――と、メグミさんは思い悩む。
「誰か...」
クラゲの魔人がすっくと立ちあがりメグミさんをまっすぐ見ている。
ただし、表情は分からない、
そのゼラチン質の傘が顔なのかもわかりようもない。
いや、本当にこりらを見ているのだろうか。
「何か?」
「えっと...どこを...」
「私は閣下を見ております」
やっぱり見ていた。
真剣そうにじっと見つめていると、話はしてくれたが――『どうだ、我が配下は、どこを見ているかわからんだろう!!』どこか他所に移されたはずの魔王ウナ・クールが湧いて出てきた。と、いうか小さな翼をばたつかせながら、窓の外に御身をさらしていた。
メグミさんは、窓をそっと開けて彼女を手招きする。
「なんだ?! ボクは小鳥じゃないぞ」
「いいから降りてこい...見えてるから」
「見え、何が?!」
「パンツがだ。みっともないから歳相応のを履け! なんだ、そのレースのような丸見え感は、スジがきれいに見えとるではないか?! ...っまったく、魔王には未だ、クマさんとかパンダさんのが似合いである」
膝を閉じながら降りてくると、そのまま抱きかかえられる。
ネコでも抱えるような雰囲気だ。
「なあ、時にウナちゃん」
「ハイ、お姉さま」
「誰か怖くて、信用できる将軍と兵を黄天に入れられないかなあ?」
皆の顔が硬直する。
会議に参加するすべての高官、領主、王侯の目が開かれた。
恐らく、メグミさんの事は軍師という立場くらいしか知らない。
魔王が頭の上がらない人物という存在までだ――この人が何者で、何であるかを知らない。
だから、思い付きのような発言に対して殺気を向けてきた。
「その反応は自然だよ」
遼公国公王代理、曺桓将軍のも目を細めていた。
敵意ではないが、不審がっている。
「ハティ殿やエサ子殿のお味方ということで、一応の義ある方とお見受けしておりましたが...今の発言で」
言葉に詰まった。
その先をいう口を閉じざる得ない殺気を喉元に感じる。
振り返れば、確実に頭を落とされるような雰囲気が背後にある。
「どうしたの将軍? 何か言いたいことがあるなら言っておいた方が良いよ」
メグミさんの重圧から解放されると、曺桓は『領国の統治に邁進させて頂く』と、残して席を立った。
以後、彼は通信を絶った。
「何かしたのですか?!」
槍遣い(女の子)が問う。
問わざる得ない感じにかられた。
「さあ、あ...でも、みんなも少し考えても分かるよね? 姫巫女には巫女としての能力はもうない。でも彼女はこの後も人として生を全うする必要があるんだよ。誰かに嫁ぐという選択肢もあるけど、赤ん坊のような子に赤ん坊を産ませるのは、酷い事じゃないんだろうか」
クロネコも深くうなづいた。
誰かの世話にならないと、彼女は生きていくことがつらい存在なのだ。
――じゃ、殺す?
唐突にメグミさんは真顔で、残っているすべてに声を掛けた。
当然、槍遣いや剣士は首を横に振っている。
「そんな、あんまりだ!!」
「そこで、彼女のいままでの功労を労うために、私は、南洋同盟に助力を得ようと思ってる。ひとつ、彼女の生涯を看取ることができる種族であること。ふとつ、黄天を北天から独立させる武力を持つこと。みっつめは、ドラゴン保護区にすること」
クロネコから変な声が上がった。
メグミさんの頭の上で鳴いていた。
◆
一方、蘇王国でも慌ただしく外交戦の真っただ中にあった。
ひとつは対北天への心象回復という行為だ。
もうひとつが、反南洋同盟への単独参加である。
これら二つの政策は、新王に即位した皇子によって採用され、秘密裏に動いていた。
帝国きっての甲蛾衆だけでなく、魔王軍とマルの人狼、魔狼族の目さえも盗んだ狡猾なやり口で動いていたのだ。
その原動力は、新王の抱く覇道であるのだ。
彼の父は、財とは溜めこむものだと考えていた。
国が富めば、己も潤うと考えていた――間違いではない。
ただし、その息子は、うまく使うことだと説いている。
財は生き物だという。
うっ血した手足はいずれ切り落とさねばならない。それは死を意味する――死んだ金には何の価値があるだろうか。国は富まぬし、人はその地から離れてしまう。財をうまく流して、国隅々までうるおせば、必ず戻ってくる。
いや、もっと大きく肥えて戻ってくると、説いた。
「余は父にできなかったことをする」
彼の決意。
「...っそのために金を使うぞ!」




